「──私のお願いを一つ聞いて」
「気のせいか? 俺の名前が読めるんだが」
トロルの死体の背中だ。
岩の鱗のごとく甲羅じみたトロルの背中は、鋭く傷つけられていた。それは文字を書いていた。
頭おかしい狂気の殺人鬼かよ……。
てことはなんだ、宛名なのか!?
トロルの死骸は俺に送られたのか!?
気持ち悪ッ!
「スカーレット。あれなに?」
「わからない。ただ近くのトロルじゃないて、トロルと戦ったことのある騎士や、学園の先輩は言ってた」
俺はトロル博士じゃないので違いはさっぱり。
「東のほうの荒地のトロルだって。村に比較的近いほうのトロルは別だから東からやってきたみたい」
イレーヌが言っていたやつか?
「……スカーレット。さっきイレーヌと話していたんだが王都で人攫いが多発していて、その犯人がこっちに流れたらしい」
「このトロルが?」
「わからない。少なくともコイツは東から来て『誰かが』俺の名前を彫ったわけだ」
トロルの死骸はもう騎士の管轄だ。
時期に、標本にでもされるだろう。
名前を彫られる心当たりは全然ない。
気にしていても解決しそうにないな。
「リューリアのパーティー全員を探しているんだが全然見つからないんだ。スカーレット、知らないか?」
トロルの物見を終えた。
俺は当初の目的、スカーレットに協力のお願いをした。スカーレットに関しては問題はなかった。
問題なのはリューリアとルーネか。
ルーネも、学生に聞きこんで居場所が宿だということも判明している。最近は部屋から出ないという不穏な話もあるが……いるなら後でいいか。学生にお駄賃を出して、ルーネに伝言した。
さて、リューリアがわからないぞ。
その日は陽が暮れて、リューリア探しをいったん諦めて、取り敢えず確保した、スカーレット、ルーネ、ラグナの三人の英気を養う料理屋を振る舞ったのだ。
村の定番料理だ。
魚を蒸した物だ。
俺の得意な料理で、村一番の自信がある。
野菜を入れ、熱した落花生油で洗ったり。
魚から身を外して小皿に取り分けるんだ。
「うめェ!」
と、ラグナがガツガツと両立をかきこむ。
ラグナは美味いというがたぶん味はわかっていないと思うのだ。香りつけの香草をサラダみたいにもしゃもしゃ食べているのだ。
「……」
「……」
スカーレットとルーネは、隣あった席なのだが、お互い寡黙な性格なためか特に会話はない。
ただ、ラグナが行儀悪く、あるいは意地汚く食指を他人の皿につけたら、フォークが手の甲 に刺されていた。
「あらためて。リューリアのパーティーにラグナを編入して村の外で一仕事してもらいたい依頼がある。ちなみにこの料理代は依頼料から引かれないから安心して食え」
一瞬、ラグナの手が止まった。
だが次のラグナは両手を交互に、カニのハサミみたく動かしては食事を口に運んでいく。
「難しい依頼じゃない。森の中で張って、犯人が通りかかったら伝書竜をあげて報告する。それだけだ。簡単だろう?」
スカーレットが口元をナプキンで拭きながら、お手を小さくテーブルより上にあげる。
「スカーレット」
「警戒線を張るのはいいけど、人間の知覚じゃないとダメなのかな?」
「制限はされていないな、スカーレット」
「リドリー。それなら、ルーネが得意な能力を知ってる。ルーネは雷子技術の天才少女。彼女の使い魔で監視網を構築するだけで済むかな」
「ルーネ、本当なのか?」
「個人的な趣味の道楽てやつだけど」
と、ルーネは何かポケットから出す。
それを見たラグナが絶叫していた。
まあ普通のムカデだ。
食事時に見るよなんだか嫌な気持ちになるかもしれない、足が沢山あって、細長い体の構造をした肉食の虫だ。
ムカデは机の上を滑るように走る。
ムカデはラグナの体を這っている。
ラグナは絶叫しながら暴れていた。
「使い魔の映像は共有できるのか」
「簡単だよ。再生する道具もある」
「完璧だ。ルーネ、協力してくれ。今晩の料理みたいなのをしばらくつける。報酬とは別に」
「いいんだけど──」
と、ルーネは、ムカデを回収しながら言う。
「──私のお願いを一つ聞いて」
「行方不明のリューリアか?」
ルーネはうなずいた。
「使い魔をたくさん作って飛ばしているのだけど、リューリアがどこにもいない」
主人公リューリアだからな。
きっと何かしらのイベントだろう。
ギルヴァンでそんなイベントなど記憶にないが、サイドストーリーではちょくちょく、おせっかいに首を突っこむのも主人公の特権というものだ。
切り倒されそうな木の引っ越しから、大きなものでは歩く城の討伐依頼まで、主人公リューリアはなんだって人助けをする。
何が楽しいのやらだ。
そういえば……。
リューリアには、俺の家に来いと言っちまったよ。いつ来ていてもおかしくはないのか?
リューリアの夕飯……残飯でいいか。
リューリアはライカンだからイヌみたいなもんだ。野良犬も腹を空かせていることだろう。
「人探しなら狩人や山菜取りの連中にもお願いしておく。獣の残した跡ならすぐにわかるだろうよ」
「感謝するよ、リドリー」
「そりゃどうもね、ルーネさん」
と、俺は、まだ食事中のラグナから皿を取りあげた。適当に料理を付け合わせる。
「おい、まだ食べてる!」
と、ラグナは両手にフォークを持ったままテーブルを叩いて抗議してきた。
「ルーネ、ラグナに食事を頼む」
「あーね。『食事』ね」
「な、なんだよ……」
と、ラグナは逃げようとした。
だがルーネがラグナを座らせた。
テーブルにはルーネの『友だち』だ。
ルーネの使い魔が、左右に開く顎、ヌメヌメとした足のない体、体の節と足が何十とある連中が、カチャカチャと、どこからか湧いてきた。
「見てられん」
と、俺はもっともな理由を言った。
俺は勝手口、家の裏から外に出た。
かすかに獣の臭いが林の合間を抜ける風に運ばれてきていた。村にいるニワトリやブタの臭いとは違う。
俺は小声で、こっそりと闇に話しかけた。
「ライカン、飯を持ってきたぞ」
そして来た。
家から漏れる灯りの死角。
影から影へと染みだしたようなそれは、息遣いの音もなく目の前にあらわれ立ちあがる。
「お腹空いた……」
「野ウサギでもなんでも狩れよ……」
「狩りなんてしたことがない」
と、ライカンは、俺の持つ夜食に手を伸ばして、左右の毛深く爪も長い手を、カニのように交互に動かしては口に運ぶ。
「あまり長くはいられないぞ」
俺は地面に置いた料理を、ライカンがイヌらしく頭だけで食べる光景を見ながら言う。
リューリア……せめて人間らしく食べてくれ。
「罠かと思ってた。トラバサミや、鋼の鎖、銀のボルトが狙っていると。リドリー、お前は実は優しいな?」
「俺はいつでも優しいぞ」
ライカンが声を殺して笑った。
ライカンは汚れた口元をひん曲げた笑顔で?腹まで抱えていた。しばくぞ。いや、しばかれて顔の皮を剥がれるのは俺のほうか?
「うめぇ、うめぇ」
「よく噛んで食べろよ、静かにな」
ライカンは少し以上に痩せていた。
ライカンは本当に食べていないらしい。
村で家畜が消えたとも聞かないしな。
しかし……なつきすぎだろ。
「こっち見んなよな」
と、ライカンがオオカミの顔で、たぶん、訝しんだとか不機嫌の表情をした気がする
オオカミの表情はわからん。
だが──
「掃除してるの?」
──尻尾がぶんまわされてる。
ライカンは尻尾を隠してしまった。
リューリアが俺と出会って嬉しい。
リューリアがそんな感情を抱くわけないか。
俺とリューリアは男同士だし嫌われてるし。
「今はどこで暮らしてるんだ」
「寺院ぽいとこ。エルフが大勢いるが、食べちゃいないぜ?」と、リューリアはうそぶいた。
寺院にいたのはやはりエルフか。
リューリアの鼻と目は信じるよ。
エルフが集団で人間の村の近くに引っ越し。
元エルフの魔人と関係は大ありなんだろう。
ギルヴァンでも、魔人を追撃する特別なチームを作る。村を襲った魔人を追ってきていただけ、と、思いたいものだが随分と長居していることになる。
魔人の遺体は回収された。
御殿での戦いもあったが……。
脱走したエルフというには数が多すぎる。
「寺院では他に何か見たか、ライカン」
「あぁ、もちろん!」
と、リューリアは胸を張る。
俺は汚くなったリューリアの口元をハンカチで拭く。ハンカチを常備するのは紳士だ。
「ライカンなら、イヌ鼻で追跡できたらな」
ギルヴァンだとストーカーてジョブがあったな。レンジャーもか。追跡能力の高いジョブで、クリティカル率が高いという特徴がある。
設定では弱点を見る目が良いて落とし所だ。
戦闘以外なら犯人の捜査とかできそうだな。
イレーヌから頼まれた、王都から逃げた奴なんてすぐに見つけるのだろう。オオカミみたいなもんだしな。
「鼻?」
「ん? あぁ、そうだ、王都から逃げた誘拐魔が近づいているとかでな。網を張って待ち伏せしてくれと言われてる」
「王都からきた『トロル』ならちゃんと仕留めた」
「……俺の名前が刻まれてたトロルはお前か」
「宛名は必要」
「まあいいや。一つ片付いた。ありがとう。イレーヌからの褒賞で、肉でも買ってやる。行商人のオドシにはうんと高級なのを仕入れるよう頼んでおくさ」
「ほんとう!? じゃあもっと頑張る!」
と、ライカンの目は輝いた。
ライカンは、だらんと力を抜いていた体に力を入れて、すぐさま闇のなかへと走る。
「夜だってのに……ウサギでも仕留めるのか?」
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