「うちのポチです!」

 森のなかから激しい音が響いてきた。


 ライカンが森に入ってから物の数分。


 ライカンは誰かを咥えて帰ってきた。


 それは、人型で、長耳で、赤い髪だ。


 ライカンは全身に矢を受けてハリネズミのようになっていたが、そのほとんどは。ライカンの分厚い何層もの毛を貫けておらず、深い矢も肉に深くは刺さっていない。


 そしてライカンは怪我を気にしない。


 ライカンは激しく尻尾を振っていた。


 ネコが飼い主に獲物をお土産するように。


「け、ケルメス」


 ライカンが咥えていたのはケルメスだ!


「……リドリー?」


 と、ルーネが物音を聞いたのか出てきた。


 ルーネの手には弓と矢は揃っていた。


 ルーネとライカンの目があう。


 ライカンがエルフを捨てて逃げた。


 ライカンは全速力で闇へ飛びこむ。


「ルーネ!」


 俺が呼んでもルーネは飛びだした。


 ルーネは弓だけを持って行った。


 俺は暇そうに寝ているオオガマイタチを叩き起こした。オオガマイタチの背中に毛皮の防寒具を敷いて、その上にまたがる。


 鞍なんて用意している時間はない。


 オオガマイタチが四本の鎌腕を震わせながら、ゆっくりと起きあがる。


「リドリー!」


 と、スカーレットが跳ぶ。


 どすんッとオオガマイタチの足が沈んだ。


 スカーレットがオオガマイタチにすわる。


 ちょうど俺の後ろがスカーレットだ。


「ラグナ! レギーナさまにお願いして追ってこい! それと騎士イレーヌにも連絡を!」


「な、なんて!?」


「人攫いだよ」


 と、俺はオオガマイタチを走らせた。


 バタバタとオオガマイタチは手足を振り回すように動かして駆け抜ける。


「ライカンと一緒にいたのは!?」


 と、スカーレットがオオガマイタチの上で騎乗用の長いハルバードを構える。


 ライカンスロープが両断されちまうよ。


「たぶんケルメスだ」


「わかるの?」


「赤毛だった」


 リューリアはそう遠くまで逃げていない。


 リューリアはケルメスを咥えて寺院に入った。……ケルメスが縄張りにしていた寺院か。


「リドリー、人がいない」


「あぁ。前はいたのにな」


 俺はオオガマイタチを止めた。


 オオガマイタチの爪が石畳を引っ掻く。


「スカーレットは夜目とか聞効くか?」


「今晩は月が大きいよ」


 ほぼ満月だ。


 月光に照らされた寺院が影を伸ばした。


 グラディウスとラスピストルを抜いた。


「静かすぎる……」


 いや、足音が聞こえる。


 石畳を引っ掻く音だ。


 四本足の爪じゃない。


 人間などの靴とも違う。


『六本以上の鋭い鉤の足』だ。


 咄嗟だ。


 少なくとも人間とは違いすぎる足音が、背後にあっという間にまわりジャンプしてきた!


 俺はラスピストルの銃口を振る。


 俺はやみくもに数発ぶん絞った。


 三本の赤い熱線が闇を裂いて飛ぶ。


「外したッ」


 動く影が俺の顔に来る。


 俺はグラディウスを反射的に跳ね上げるが、とても間に合いそうに──スカーレットのハルバードの肉厚な斧刃部分が壁になった。


「大丈夫?」


 と、スカーレットはなんでもないかのように、その影を石畳に叩きつけ、さらに彼女の大きな靴底で踏み潰した。


「うへぇ、かな」


 と、スカーレットは気持ち悪がる。


 俺はさっきの一瞬から遅れて、心臓が大きく鳴っていることに気がついた。


 スカーレットがいなければ俺は死んでたな。


「なにかな?」


「使い魔だ」


 俺は月光の下に染みだす影を見る。


 人間の頭ほどある大きなクモだ。


 クモの大きな腹部には円頭十字の刻印があり、刻印には高度な雷子回路が組みこまれている。


「騎士団の攻撃型使い魔だ」


 リューリアとルーネはどこだ。


 想定外に寺院はやばい場所だ。


「騎士団が寺院を覗いていた。何かあるぞ。スカーレット、ルーネを早く見つけて引きあげよう。騎士団が使い魔を無闇に使うようなことはない」


「どういうこと?」


「騎士団の部隊が来ているてこと!」


 何が起きているんだ?


 ケルメスと怪しげな仲間が寺院にいたのは、確かにおかしなことだ。だが、騎士団が使い魔を出して攻撃するほどなのか?


 知らない何かが裏にあるんじゃないのか?


 イレーヌが俺に話した、王都での人攫いの犯人の特徴はケルメスと重なるところがあった。


 正しい情報なのか。


 それともケルメスを疑わせるためか。


 騎士団め……きな臭くなってきたぞ。


「リドリー、騎士団に襲撃された後とか?」


「わからん、スカーレット。戦いの痕跡はないか? 矢や弾が当たった痕とか、魔法の残照、今まさに魔力を逆探とか」


 月明かりがあるとはいえ暗い。


 俺の目では、よく見えない!!


 さっさと引き上げるべきか?


「うぅ、苦手なんだけど……リドリー!」


 と、スカーレットが俺の服を引っ張る。


「動かないで。魔力波を走査する」


 スカーレットは石畳に膝を落とす。


 俺は慌ててスカーレットを抱きかかえた。


 どこでやるにしても広場のどまんなかは不味い! 丸見えなんだから。物陰で走査をお願いした。


 警戒するのは俺の役目だ。


 俺は、月光で浮かぶ寺院の影が動かないか、注意深く見張った。


 突然──。


 視界が全て白く跳んだ。


 肌に。熱も感じる光だ。


「動くな!」


 何も見えないなか、声だけが聞こえた。


 俺は手をかざして影を作る。


 僅かに抑えられた押し寄せる光のなかで、ぼんやりと巨人らしきものを見た。


 ウォーキャスターだ。


 つまりは騎士団だった。


 光はすぐに抑えられた。


「なんだ、リドリーじゃないか」

 

 と、その声はイレーヌ・ヴィンケルマンだ。


 イレーヌの頰が無く、歯が剥きだしの顔が、友だちに会ったときの気楽さで笑っていた。


「オオカミを生け捕りにしたんだ!」


 イレーヌ、それにウォーキャスター。


 騎士と従士の一団が寺院を占拠していた。


 そして従士に引きずられる、縄付きの銛を打ちこまれたライカン……リューリアの姿があった。


「オオカミじゃありません!」


 と、俺はイレーヌに大嘘を放った。


「うちのポチです!」

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