「そのくらい臭いでわかるわバカ!」

 村の座敷牢にライカンがいた。


 ライカンというか、リューリアだ。


「お前は村に降りてきたタヌキか。人狼ならもっと賢くあれよバカ。あと、お前のパーティーメンバー心配していたぞ」


 流石にライカンであるリューリアということ知らないフリでいることはできない。民間の前にあらわれるタヌキになっている。


 リューリアにキッチリ言ってやるんだよ!


「スカーレットがイレーヌに説明してるんだぞ! あのスカーレットがだ! お前のパーティーの仲間だからな!」


 座敷牢のなかでライカンがシュンとする。


 耳はしょんぼりして、尻尾は股の中だ。


 だがライカンはすぐにハッと顔をあげた。


「ど、ど、ど、どういう意味だ!?」


「リューリアだろお前? お前のパーティーがお前を心配している話だ!」


「なんで知ってんのォ!?」


「そのくらい臭いでわかるわバカ!」


 本当はギルヴァンの知識だがな。


 だがギルヴァンの知識抜きでも丸わかりだ!


「え? やっぱりリドリーもライカンスロープの血がちょっとあったりするの? だと思ったよ。同族だったからこんなに気になってたのか! 先に言えよ! 早く座敷牢から出せ! 仲間だろ!」


「誰がライカンの雑種だ!?」


 このアホ人狼は!!


 だが、俺の中で気が抜けた。


「ルーネは無事だ。あのエルフ娘が話していたぞ。ルーネは、魔人になった一族を仕留めるまで帰れない。その使命のために来たとな。うちの村を襲撃した魔人がそうだ」


「よかった……」


「ルーネは、リューリアがライカンだと知っていたんだな。魔人の病を嗅ぎ分けるとは驚きだが」


「リドリーは魔人の臭いがわからないのか?」


「俺はライカンじゃないと言ってんだろうに」


 と、俺はリューリアの誤解を一刀両断した。


 俺はライカンの血は入っていない、と思う。


 少なくとも今生の両親は人狼じゃないのだ。


「トロルはどうした?」


「きみへの贈り物みたいな?」


 と、リューリアは甘く鳴く。


 やめろ。俺はホモじゃねぇ。


「それと」


 俺は、リューリアの座敷牢仲間を見た。


 隠していた長い耳と左腕が見えていた。


 騎士団のイレーヌが言っていた、人外で、左腕に特徴のある連続誘拐犯を一致するケルメスが不適に笑う。


「リドリー。“そっちの”から魔人の臭いがする」


 とリューリアが鼻に皺を作り毛が逆立つ。


 リューリアは魔人を嗅ぎ分けられるしな。


 俺はリューリアの隣にいる人物を見た。


「ケルメスさんだ。寺院の僧侶だってしていた、リューリアと同じ学園の生徒だぞ。彼女もエルフで、ルーネの同志でもある。エルフというわけだな。正確には血の濃さが少し違うらしいが」


 リューリアがライカンらしくうなる。


「仲良くしてくれ。魔人だが、て、やつだ」


 座敷牢のなかでケルメスがふてきに笑う。


 ケルメスも受難だな。


 見張っていたらリューリアのアホに捕獲されるし、逃げたら、寺院を騎士団に襲撃だ。踏んだり蹴ったり。


 だが魔人の臭いは聞き捨てできない。


 ライカンの鼻だ。


 前世では、イヌがガン患者の臭いを嗅ぎわけるとかいうのを、教育チャンネルで見たことがある。


 ケルメスは堪忍したようだ。


 ケルメスは袖をまくった。


……何があるのか暗くて全然見えん……。


「そう、『私ら』は魔人さ。より正確には魔人になる宿命の途中経過、魔人になる日に怯えながら、治療法を探す同士の集まりだよ」


「魔人は魔人だろ。良いも悪いもない! 滅ぼすべき敵でしかないだろ!!」


 と、リューリアが一般認識を言う。


「自分たちが魔人の病理に犯されるまでは、同じことを思っていたよ。魔人になるくらいなら自害すると」


 と、ケルメスは諦めた、疲れた声で続けた。


「同胞に追われて、騎士団に追われて、魔法を向けられれば生きる苦しみから逃げることより、生きたいと願ってしまうこともある」


「……」


 リューリアがすっかり黙ってしまう。


 リューリアは……人外寄りだものな。


 三人いて二人はエルフとライカンだ。


 純粋な人間種になるのは俺だけだな。



「あんた、リドリーと付き合ってんの?」


 と、ラグナが、くすねた干し肉を頬張りながら言う。私はラグナの干し肉を没収して、代わりにすごーく大きなナメクジを詰めこむとおどした。


 スカーレットは顔を赤くしてる。


 はぁ……好きなのね、本気でね。


 大きなスカーレット、変わったのね。


「ルーネには話しておかないと、かな」


 と、スカーレットは真面目な顔つき。


 私は使い魔のナメクジでラグナを涙目に失神させたのを確認して、机の上で頬杖する。


「私、レッドナイト家では落ちこぼれなんだ。家では無能なスカーレットと呼ばれてる。訓練はしてるよ。でも、大勢が見ていると上手く体が動かなくなるんだ」


 風の噂、それと、情報で聞いてる。


 スカーレット・レッドナイト。


 レッドナイトの本家筋の次女。次女だが、長女が行方不明になってから期待される次期当主だった女だ。蓋を開ければ、レッドナイト家にあるまじき無能としてレッドナイトの一族も扱いに苦労しているともね。


「でも……リドリーと一緒だと、いつもなら緊張して動けなくなるのに動けた。村が魔人に襲われた事件のとき、もうダメだ、と、私は呆然としていたのに、リドリーに呼ばれて魔人を討てた。槍を持っていたのは私だけど、槍を刺したのはリドリーなんだよ!」


「続けて」


 私は、スカーレットの続きを聞きたい。


「私は体は大きいけど、すぐに動けない。一度に色々考えられない。でも、考えることを預けたら?」


「貴族にあるまじき転換ねぇ……」


「わかってる。指導する立場ならダメ。でも私は『主人に仕えることで力を出せる』と知ったんだ」


「主人というのがリドリー・バルカ、と」


 貴族が農民にかしずく。


 あってはいけないことだ。


 貴族、引いては王族は特別なんだから。


 スカーレットの言葉はとんでもない爆弾で、絶対に秘密にしておかなければならない弱点ね。


 私がスカーレットを告発すれば、スカーレットはレッドナイト家で内々に処分されるほどの『事件』よ。


 だけど私は言えない。


 これは言えないわよ。


 エルフの追討部隊が、ドラグヘイムの人間領の奥深くまで侵入していて、魔人を取り逃していること、軍事活動をしていること、ライカンスロープを利用していること。


 人間領で活動する個人の範疇を超えていることが知られれば、私だけでなく姉妹が危ない。


 秘密の共有ね。


 受けてたとうじゃないの。


 手札をほとんど失った今じゃ、リドリーに、そしてスカーレットを利用しなければ魔人は討てない。


 私たちの故郷のために優先順位は決まった。


「どうして私に? わかってると思うけど──」


「──スカーレット家の歴史に残せない告白だとはわかっているかな、一応。でも同じパーティーの仲間としてルーネには知っていてもらいたいて信頼してる」


 信頼。


 人は気楽にその言葉を使う。


 羽毛より軽く扱うそれが、信頼の重みが、ダイアモンドよりも意固地で気難しい言葉だとは知らないがゆえね。


「明日の演習の気が重くなるわ。リューリアもいないし」と、私はライカンのまま村の座敷牢にいるリューリアを思いだす。


 出せないわね、アレ。


 演習場所の鉱山はOSETの遺跡。


『治療』のためにケルメスの一派がようやく見つけた拠点を、騎士イレーヌは破壊するつもりなのよね。


 ケルメスには流したけど……過ぎた魔人がいるのも事実だし、ケルメスは仕留め損なったからこその事態。


 私は巻きこまれないように──


「リドリーが、リューリアは演習には参加できそうだって言ってたかな。見つけたと言ってたよ」


──リドリーて魔法使いなのかしら?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る