√知らない明日を見る

◆√知らない明日を見る


「スカーレット!」


 村から騎士も学生も引き上げる。


 俺は、そんな一団を見送るのだ。


 引き留めるなんていこがましい。


 だから俺は、言わないでおこうとしたんだ。


 俺の、未練そのものを言ってしまうからだ。


 だが、言おうと俺が──決めたんだ。


「もう大丈夫か!?」


 何が、とは付けない。


 どうするかも聞かん。


 ただ大丈夫かと訊くのみだ。


 スカーレットは、変わった。


 俺の知るギルヴァンのスカーレットではない。


 スカーレットは強くなった。


 いや、強さを発揮できる自信をつけた。


 スカーレットは最弱などとおこがましい。


 スカーレットは周囲から封印されていた。


 ただそれだけで、強く、美しいのだ。


 だから訊いた。


 もう大丈夫か?


 答えなど決まっているが──


「無理ィー!」


──え?


 スカーレットが泣いていた。


 感動とか全部台無しの豪快泣きっぷり。


 静かに涙を流す?


 スカーレットは子供の駄々で、そう、バンジージャンプに落とされる直前の人間くらいは泣いていて、村の壁にしがみついて離れたくないと暴れる。


 他の学生らもウマの上から何事かと見ていた。


 学生らがウマの足を止めることは無いのだが。


 リューリアとルーネは呆れていた。


「はよ行けスカーレット!」


 もうー感動返せよな!


 学園への帰りを見送るシメのとこだぞ。


 なあにわがままいっとんじゃいこの子は。


「せっかく仲良くなったのに別れるの辛いぃ!」


「俺は学園には行けないんだぞ?」


 スカーレットがわんわんと無茶を言う。


……俺がこうも慕われている、とわなぁ。


 正直、感慨深くて胸が締め付けられる。


「リューリア、パーティーのリーダーとしてスカーレットを頼む。お前は頼りになるからな」


 リューリアが自慢気に鼻を鳴らすがそっぷ向く。


「ルーネもな。……ここだけの話、スカーレットは背が大きすぎて浮いてるだろ? 上手く人間やれるお前さんがサポートしてやってくれ。頼む、お姉ちゃん」


 ルーネにぼそりと「過保護」言われてしまった。


 仕方ないだろ。


 スカーレットは大切な妹くらい大切なんだ。


「もう! しかたねーな! 半年待て!」


 と、俺は今年の人生計画を組み立てた。


 冬までには川を遡上するシャケを塩引きする。それまでは村を離れられない。収穫後だしそうすれば一年は区切りだ。


 それまでに村長を説得する。


 間には村長の娘のカリンに立ってもらおう。


 なぁに村長には裏金の弱味だって準備ある。


 学生にふっかけて売っていたしな。


 儲けから少し出資してもらい村を一時的に出る許可をもらえば……学園まで融通はできるな。


 と、その時、イレーヌだ。


 イレーヌはレギーナさまに乗っていた。


 俺は道を開けて頭を下げておく。


 イレーヌがすれ違いざまに言う。


 イレーヌと見慣れない従士だ。


「学園の推薦枠に署名しておいたんだよ」


「珍しいですね。編入だなどと余程です」


「リドリー・バルカだから迷わないかな」


 従士の被るフードが揺れていた。


 そこには、赤い髪と、長い耳だ。


「婿でも嫁でも身を固める者は多いな」


 イレーヌと赤毛の長耳は過ぎ去った。


 しばし俺と他の諸賢は止まっていた。


「はぁ〜!? 結婚するのかお前!?」


 と、リューリアが素っ頓狂だ。


 リューリアはたかぶりすぎて四肢がオオカミ足とオオカミ手になってしまっていた。彼女の柔らかな空色の瞳が月のごとく丸くなる。


「私以外のやつと!」


「お前は男だろ……」


 ギルヴァンの勇者が何言ってんだか。


 リューリアが頭を抱えながらのたうつ。


「俺から迎えに行く。待っててくれるか?」


 今度の別れは──寂しくなかった。


「ほんとは寂しい? 助けてって言うかな?」


 と、スカーレットに言われた。


 まーったく、このお姫さまは……。


「絶対言わねェ!!」






√ 知らない明日を見る 〈終〉

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