√もうお腹いっぱいかな
◆√もうお腹いっぱいかな
俺はえらいしぼられていた。
OSET遺跡から引き上げた。
魔人は全滅したのを確認した、と、騎士団とは別に、OSETの深淵に行った俺も話を纏めたのだ。
ケルメスらが逃げる時間を稼ぐわけだな。
一つ、計算外だったことがある。
ケルメスら自身がすでにいたことだ。
つまりケルメスの魔人は首を出した。
台無しだよ!
「人払いをしろ」
と、イレーヌは、人種には見える魔人を残して密談に入る。俺はその密談の内容を知らない。
だが悪いことではないのだろう。
少なくとも魔人を全員切り刻むことはない。
なぜならばイレーヌはこう言っていた。
「長命種の魔人化のせいで我々が血を流すのは不公平と考えていただけだ。エルフの問題は、エルフが片づけるというなら『支援』だってしよう。秘密裏にだがな」
と、イレーヌは頰のない笑顔を見せてくれた。
魔人も騎士もいない部屋だ。
いるのは俺とイレーヌだ。
ケルメスらは人知れず消えていた。
ケルメスなら力強く生きるだろう。
「ケルメスは、元は騎士団の仲間だった」
「初耳です、騎士イレーヌ」
「そうだろうな。アレは歳を偽るだけでなきエルフらしく身体も騙せる。私がまだ従士だったころ、ケルメスは騎士で、私は彼女の従士だった。まだこんな顔になる前の美少女だった時代だな」
と、騎士イレーヌから哀愁が見えた。
俺の知らないイレーヌの過去もある。
◇
「平和だ……」
変わらない日常が戻ってきた。
村の入り口にカカシとして座る。
出入りの狩人や行商人を見送る。
魔人と命懸けで戦ったなんて嘘みたいだ。
だが、どうもカリンらが話してまわっていて、村の伝説にするだなんて画策しているらしい。
したたかなのはカリンら村の勇者隊は、勇者リドリー・バルカの正統な後継者だとストーリーセットだ。抜け目がない。
カリンの旦那は絶対キツいだろうな。
俺はそんな下世話なことを考えていた。
森の木々が風に揺れる音が聞こえる。
土の匂いが少し濃くなっているな。
雨が、降ろうとしているのだろう。
「スカーレット、もう出発か?」
と、俺は村を出ていく彼女に声をかけた。
学園祭演習も終わり、学生と騎士団は王都へと帰っている。その中にはスカーレット・レッドナイトも当然いる。
当然ではあるのだが……。
「……スカーレットだけ?」
と、俺の肩に手が乗る。
「い……いやぁ? リューリアやルーネも勿論名残惜しくて仕方がないだとも!」
色々あったが、リューリア班のパーティーとは親しくなった。本心で村からいなくなるのは寂しくなる。
スカーレット・レッドナイト。
リューリア。
ルーネ・ドラゴンジュール。
魔人と一緒に戦い、伝説した名前たちだ。
俺は生涯決して忘れることはないだろう。
──月日が経てば。
魔人討伐の一大事件は、遠い物語になる。
行商人のオドシに頼まれて王都に足を運ぶこともあった。そこでは学園を卒業した古い友人たちが活躍しているのだ。
遠い過去は、思い出としてしまわれる。
遠目に見た彼女らは、勇者なのだ。
だが俺は自分を卑下なんかしない。
「おう、どうした?」
王都の片隅。
華やかな凱旋の影で、スリ目的なのか迷子なのか……女の子が泣いているじゃあないのよ。
何度、痛い目を見たのやら。
俺は女の子に手を伸ばした。
「ヴァンパイアさん。人らしく生きられるなら手助けするけど、どうしたの?」
鋭い牙をもつ人外。
俺よりもずっと強い種族。
それでも困っているなら。
「……迷子」と幼女はいう。
俺の差し出した手にすがられた。
√もうお腹いっぱいかな 〈終〉
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