「リューリアに臭いを追わせればいいんじゃね」

「仕留めてくれてたら楽ができたのだがな」


 と、イレーヌ・ヴィンケルマンに言われた。


 それを言う相手はリューリアにしてくれよ。


 俺に無茶言わんでくださいイレーヌさん。


 腹の縫合を解かれて洗浄されたり閉じなおされたりした。鼻血はすぐ止まったが、腹はどうにもな……。


「リドリー、大丈夫?」


 と、スカーレット・レッドナイトに心配されてしまった。俺から嫌な汗が出始めていたが、彼女がぬぐってくれた。


 ギルヴァンのキャラに看病させちまうとはな。


 その件もあるんだが村の強化陣地にしてしまう作業は進んでいるだろうか? 魔人は壁の内側まで来ていた。強化しても意味は無いのかもだ。


 どうやって入ったんだ?


 夜のうちは原則、外へは出られない。


 それは中にも入れないということだ。


「スカーレット。それは大丈夫だろ」


 と、リューリアがすごくこっちを気にして、チラチラ見ていた。なおリューリアが伝えたいスカーレットには無視されていた。


 気の毒すぎる。


 昨夜、リューリアのゲロを聞いたからな。


 ここはリドリーさんがカバーをしないと!


「りゅ、リューリアさん! 魔人、惜しかったですね。決まっていれば倒せた! さすがはリューリアさんでしたよ」


「と……当然ね! やっと見直したみたい!」


「リューリアは脳みそに知恵が無いバカかな」


 と、スカーレットが言うが凄い辛辣だ。


 スカーレットはそんなキャラだったか?


「騎士団の連中は総出で山狩り。学生は村の中に入れる。少し離れた家に住んでる村人もな。今や、この村は一個の城だ」


 俺は諦めて別の話題を出した。


 これならリューリアを巻きこめる。


「リューリアさん大活躍だったぞ。魔人を単騎撃退する人間なんてそうはいない」


 と、俺はリューリアに羨望に見つめた。


 けっこうガチなマジで憧れているのだ。


 俺には、あんな、大きな力はないのだ。


 リューリアは強い!マジそう思ってる。


 マリアナ姫もそうだそうだと言ってた。


「ルーネもそう思うよな!?」


 と、俺はルーネ・ドラゴンジュールならば、うなずくと信じて話題を投げた!


 そうはならなかったがな!



「リューリアさんはどうして、ツンツンしているのだ? いや俺嫌われすぎじゃね? 弱いからか?」


 と、俺は松葉杖を支えに、しゃがみこみながら考える。腹が痛すぎる。だが痛み止めを何錠も俺が貰い続けるわけにはいかない。


 今だって、征伐騎士やその従士が、坑道で戦っているかもしれないのだ。俺が薬を使い切っていたら、もし怪我をしていたときにどうする?


「はぁ……はぁ……」


 自分の肉体の弱さが恨めしくなるな。


 情けなさすぎて、自嘲に笑えてくる。


 今は、スカーレットが最近妙に俺に世話焼きだからこそ離れた場所で一人だ。


 鎌を片手に、ちんたらのんびり草刈りだ。


 嫌なこと思いだした。


 前世、役立たずすぎて部署変えのとき、延々と会社前の道路と花壇の草刈りしていたな。


 笑えるが……嫌いじゃなかった。


 アルバイトより安い時給でもな。


「うッ」


 視界が窄まる。


 目を閉じていないのにカメラのシャッターを切るかのようにあっという間に暗く光が消えていき、頭がバスケットボールみたいに地上に落ちた。


 しゃがんでいたから大した痛みはない。


 ただ……動けないだけだ。


 どうした俺、動け──動けよ!


「はぁ……」


 しばらくして、空が見えてきた。


 雲が多く、夏を感じる深い青だ。


「俺て弱いな」


 やめろ、考えるな。


 無力なのは今知ったわけじゃないだろ。


 その時だった。


 俺ではない誰かが泣いている声を聞く。


 えづいていて、しゃっくりまで出てた。


 声のもとに杖を突きながら近づく。


「おう、どうしたガキンチョ」


「わッ!?」


「野糞か? あいにく先客がいるぞ。一人でいるとオオガマイタチに喰われちまうぞ」


 冗談だった。


 いや、オオガマイタチは頭がおかしいので襲ってくるときも多いのだがな!


「なんだよ!」


「えらい反抗的だな。まあ俺の愚痴を聞いてくれ」


「なんでさ!」


「俺が弱いからに決まってんだろ、バカかお前?」


「バカじゃないもん!」


「じゃあ俺の話を聞いてくれ。小便は済んだか?」


 少しだけ俺の話を聞いてもらった。


 で、ちょっと鍛冶屋の娘の話もな。


 素直な娘だ。


 森に家出せずに村に帰っていった。


 俺を置いてだがな!


 小さい背中を見送る。


 ちょっと動けん。


「優しいんだね」


 と、俺が背もたれにする木の裏から声だ。


「リドリー、何を話してたの?」


「何も。大したことじゃあない」


 木の裏から出てきたのはスカーレットだ。


 他にいるだろう。


 そういう気配だ。


 リューリアと、ルーネだな。


 なんだなんだご一行さまで!


「痛み止めは?」


 と、スカーレットに言われた。


「いらん。我慢できる。我慢は得意だ」


「じゃあラグナにグラディウスを浴びせたのは、リドリーじゃあないかな」


「スカーレットが随分と言うようになったぞ」


 杖に載せていた腕にムカデが這った。


 杖から登ってきた虫だ。


 気色の悪い足の多い奴。


 俺はどんどん近づいてくるムカデを、逆の手の掌に載せて森に帰した。


「それでー? 魔人はどう探す?」


 と、ルーネに言われてしまった。


「おいおい。お前らでやるのかよ」


「もちろん。こう見えて強いんだ」


 と、ルーネがピースサインだ。


 人差し指と中指を立てた手を見せてくれた。


 全然ピース(平和)じゃないがな。


「リューリアに臭いを追わせればいいんじゃね」


 と、俺は思いついたことを口にした。


 確か、ギルヴァンでのリューリアは鼻がイヌ並み……いや、ゾウとかサメ並みだった気がする。魔人にまかれた場所でリューリアの鼻を頼れば追跡できるんじゃないかなー、と。


「は、はァ〜!?」


 俺の予想外だったのは、リューリアが想像以上に大きなリアクションをしたことだ。


 なんでだ?


 リューリアの血の四分の一はライカンだ。


 ライカン──人狼の一族だったはずだぞ?


 だからリューリアは鼻も効くし耳も良い。


 ワンコなので風呂が嫌々で臭うて設定だ。


 実際、リューリアはちょっと臭いのでわかる。


「リューリア、そうなの?」


 と、スカーレットが初めて知った顔だ。


「へぇ〜、まるでおイヌさんみたいねぇ」


 と、ルーネの口元だけがにんまり歪む。


「……確かに私は! 人よりちょっと臭いには敏感だよ。それは認める、認めるけど!! 私のことイヌか何かだと思ってない!?」


「リューリア、そんな怒らなくても……」


「リドリー! 怒ってるように見える!?」


 俺はリューリアが凄い怒ってるように見える。


 イヌの耳が生えてきているわけでなし、両腕や両脚に爪や鋼みたいな毛並みが揃ったわけでなし、ましてや尻尾もない。


 ライカンてのは間違いだったか。


 いやー、失敬、失敬。


「リューリア、イヌになれないかな?」


「スカーレット!? 無茶言うなよ!」


 リューリアとスカーレットが問答していた。


 俺は、会話相手のいないルーネに話を振る。


「意外とパーティーの仲良いじゃないか、ルーネ。もっと険悪なのかと思っていたぞ」


「合ってる。スカーレットはあまり話さないし、リューリアは……あんまり待つタイプじゃなかったから。でも……この村に来て、どんどん変わってる」


 と、ルーネ・ドラゴンジュールは、リューリアとスカーレットを見ていた。そして唐突に、俺の顔へ視線を移す。


「きみかな?」


 と、ルーネは俺の耳元で吐息混じりに言う。


……いや、なにが?


「ルーネは不思議な雰囲気だな」


「長耳とか気になる感じ?」


「そういえばエルフだった」


「ふふ……普通は気にするんだよ」


「学園だとエルフは少ない感じか?」


「スカーレットから聞いた? そうだよ。とーても珍しいの! この耳は!」


「ルーネは元気だなァ。その元気ついでに、リューリアとの間をとりもってくれよ。俺、嫌われてんだ」


「ダメー」


「けちー」


 さて、イヌ役の代わりは誰かな。


 魔人を追いかけるんだよな……。


 まッ! 勇者といえども単独で追跡なんて、な。

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