「リューリアァァァッ! 頼んだ!!」
「居心地が悪ッ」
と、俺はグリフォンの上から見ていた。
他の皆は大鎌を左右に、腰を回して振るっては雑草を薙ぎ倒している。
俺?
俺は見学。
腹の傷がということで止められた。
スカーレット・レッドナイトにだ。
あとレギーナさまが、重量馬のように切り株を引き抜けないマスコットなので、機嫌を見る役目もある。村の勇者隊の新参者が喰われかけていたからというのもある。
レギーナさまは騎士イレーヌのグリフォンなんだが……えらいご機嫌にレンタルさせてくれたのは気になるが……。腹の焦げた穴のせいで不便だろうと気遣ってくれたんだよな?
ともあれ、居心地が悪い。
高い目線、えらそうに見下ろしている。
主人公リューリアの額に浮かぶのは汗だけではないのだ。青筋の太い血管見えそうなのだ。
リューリアは怒っている。
俺の関わるもの全ても意固地になるんだ。
つまりは、俺が引っ張ってきた人間は嫌いだし、俺がお願いしたものがやりたくないし、俺がサボタージュみたいな立ち位置だとか、リーダーみたいな立ち位置など言語道断で許せないのだ。
なぜこんなことしなくちゃならない!!!
そんなリューリアの不満があふれていた。
仲良くしたいのにとんでもねぇ逆効果だ!
どうしたものかな……。
ルーネに頼るべきだな。
リューリアと仲が良さそうだし。
「ん?」
下草が不自然に揺れている。
俺はグリフォンの上からで見えた。
だが他の皆は気がついていない!!
下草の揺れは真っ直ぐにリューリアに近づく。
「逃げろリューリア! 何か来てる!!」
と、俺は警告に叫んだ。
リューリアが気づくほうが早い。
リューリアが大鎌を振りかぶる。
リューリアの魔法が、腹で練られた。
そして大鎌の一閃だ。
風の霜が幾つも空気を歪めて、一瞬、形を見せたそれは、下草を切り飛ばし、薙ぎ払った。
風に舞う刈られた草が吹かれていた。
ギルヴァンの魔法は無から生まれるわけじゃない。リューリアの使った風の霜は、もっとも小さくありきたりな水素を制御する魔法で、分子構造ごと崩壊させる『魔法』だ。
隠れ場所を失ってあらわれたのは、オオガマイタチだ。まったくこの脳みそ小さい凶獣はなんでも襲いたがる!
「きゃッ!?」
と、リューリアが倒れた。
なんだ?
オオガマイタチは逃げちまったぞ。
腹がいてぇ……。
俺はレギーナさまにお願いして、降ろしてもらい、リューリアに近づいた。
リューリアは次の魔法を放とうとする。
リューリアの手に炎が飛沫いていた。
水素が融合して重くなり熱を帯びた。
それは小さな──太陽だ。
「やめろバカヤロー!!」
リューリアの前には、ムカデだ。
リューリアはムカデに驚いたか。
だが、いくらなんでもやりすぎだぞ。
俺は飛びかかってムカデを救出する。
直後、リューリアから飛んだ炎の飛沫が、一帯に火の粉を撒き散らしあちこちに火をつけていた。
「あちぃなチクショウ! 火を消せ、急げ! スカーレット、ルーネ、土を被せるなり踏みつけろ! レギーナさまも頼みます! リューリア、水の魔法とか何か使えないのか!?」
ちょっとした騒動になった。
刈った雑草に火が付き森が燃えかけた。
まったく、気軽に炎を出すんじゃない。
煤まみれでもなんとか火が消せた……。
「急に魔法を使うんじゃない、まったく」
今日の仕事は終わりだ。
半分が消火活動だったな。
夕暮れの村を歩いていた。
リューリアはすっかり落ち込んでいて、言葉数は少ない。それにルーネも思うところがあったのだろう。リューリアは一人にされていた。落ちこむ時間というわけだ。
一人で気落ちするのも必要なんだろう。
そのはずだった。
「どうせボクは役立たずなんだァ〜!!」
と、リューリアは泣き崩れている。
村で唯一の酒場で果実酒を飲んだ結果だ。
ちなみにリューリア以外は酔っていない。
リューリア、今日は沢山働いて疲れたのだ。
「そうだな」
「おまえが言うなぁリドリー!」
リューリアは空のジョッキ で殴る。
見事に俺の後頭部に命中でポコンと鳴った。
「スカーレットをたぶらかせる悪漢め!」
「たぶらかしてない」
「嘘だ! スカーレットがパーティーに全然貢献してくれない! ボクが最初にスカーレットを見出したのになんでだよー!」
リューリアの不満も溜まっていたようだ。
そうだな、と、俺はリューリアの背をさする。
リューリア、全部吐いてしまえ。
リューリアの抱えているもの全部吐け。
「うッ!?」
リューリアの上機嫌で、血管にアルコールが入り赤い顔が、一瞬で青褪めた。
吐くな、こりゃ……。
「従士をはじめご一行! 俺のおごりだ、たっぷり飲んで食べてくれ!」
「おぉ! リドリーさま万歳!」
俺は、リューリアを連れだした。
俺がリューリアに肩をかさなければ歩けないほど酔っているな。そして木陰に着いた直後、びちゃびちゃと胃袋から逆こんにちはしていた。
ツンとした胃酸と消化物の臭いだ。
「水もあるぞ」
「……くれ」
夜空を見上げる。
雲量が多い夜だ。
それでも月光は地上に届く。
照らされた雲も透けていた。
「優しくすんなよバカヤロー」
「水飲め。酒は喉が渇く。飲みすぎるしな」
「僕は村から出て強くなって、特別なんだぞ、予言だってあるんだ、なんでみんな本気になってくれないんだよ……」
「わかるぞ、リューリア。温度差てあるよな」
自分は本気でやっていても他はそうとも限らない。なにそんな本気になってるんですか? とか、言われるよな。真面目で気持ち悪いとかさ。
前世を思いだしちまったぞ……。
「もういいのか?」
「……リドリー、お前の手は借りない」
「全部吐いたから疲れただろ。今日はもう寝ろ」
あー、あー。
せっかく奢ったもの全部吐いてる。
酒の肴がそのままゲロまみれだよ。
「おまえ! ぼ、ぼくのそれを見るな!」
「ゲロなんて気にするなよ。俺なんてカリンのウンチ漏らしたときだって気にしないぞ。寝ているときすね毛引き抜かれたときは怒ったが」
「そうじゃないだろ!?」
と、リューリアは叫ぶがふらついた。
「おっと」
俺はリューリアに胸を貸す。
酒も飲んだし、吐いたからな。
「大丈夫だ。体くらい貸すさ。歩けるか?」
「……平気だ」
まったく。
世話の焼ける主人公だ。
しっかし……軽いな。
頑張ってるんだろ。
頑張りすぎだな。
「──リドリー、待て、止まれ」
と、リューリアが言ってきた。
俺は素直に足を止める。
ゲロと漏らした物に混じる別の臭いだ。
獣とも人間とも違うが腐臭に似ていた。
俺は腰のグラディウスを確認した。
リューリアも金属環型の鞘に通したボアスピア──槍の穂先をしたエストックに似た剣と槍の中間の形、先端の膨らんだ木の葉型の刃の下にはストッパーが伸びている──に手を伸ばしていた。
悲鳴が聞こえた。
俺でも、リューリアでもない。
リューリアが声のもとに走ろうとした。
だが俺はリューリアを止める。
声は遠くない。
だが夜なのだ。
それにリューリアは万全ではない。
……マリアナ姫、仲間を呼ぶことが先決だな?
心の中のマリアナ姫は「合格!」と言った。
「魔物だ! 酔ってない奴らは助けてくれ!」
と、俺は声をあげた。
直後だ。
酒場からは全身を水で濡らし、籠手しか付けていない従士がショートスピアを片手に飛びだした。
「よし」
俺はリューリアの手を引く。
リューリアは目を丸くした。
何を驚いてるんだ。
一緒に助けるんだ。
俺は、主人公の酔ったデバフのマイナス分くらい、補えると自惚れてるんだぞ、知らなかったか?
「いたぞッ!」
魔物にせよ魔人にせよ捕捉した。
金属と金属がぶつかる音だ。
誰かが戦い、荒々しい息遣いとうめきだ。
夜目が効いていた。
「カリンか!」
交戦していたのは、村の勇者隊だ。
夜中にガキンチョが出歩くんじゃない!
「リドリー!?」
と、カリンが持つ、子供用の小さな剣が月光に反射する。直後──その剣が宙を舞っていた。
「クソッ」
いつぞやの戦いで拝借していたものを抜く。
相手が何にせよ俺の腕でグラディウスは不利。
俺はホルスターからラスピストルを抜いた。
カリンらに当たりさえしなければいい。
引き鉄を、連続で引いた。
赤い粒子弾が闇を裂いた。
赤い閃光が掠めたそれの姿が浮かんだ。
赤い影──人型をしている。
「たぶん、相手は魔人だ!!」
近くまで来ている従士に伝わるよう声を張る。ついでに誰かに助けられることを期待して叫んだ。
「リューリアァァァッ! 頼んだ!!」
甲高い風切り音──。
樹上で豪雷鳴り響き、天蓋を破る。
雷が落ちた。
いや、リューリアだ。
遥か上空から真っ逆さまの重力加速の一撃が、魔人らしき影へと突き刺さる!!
「おわァ!?」
俺は衝撃に吹き飛ばされた。
耳で鐘を鳴らされている気分だ。
鼻から血の味が流しこまれてきた。
「やったか!?」
と、俺は言えているはずだ。
リューリアがボアスピアを持つのが見えた。
しかし、倒れているべき魔人はいなかった。
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