「勝てるわけねぇだろうがよ!」

「レッドナイト卿や村の皆を悪く言ってくれるな」


「気にさわったか雑兵──」


 踏みこんだ。


 滑るように。


 グラディウスを真っ直ぐに突く。


 肉厚で幅広、剣先鋭い刃渡り50cm。


 短い部類の剣で直線的に錐のごとく。


「──ぐゥッ!?」


 ラグナの跳ね上がった籠手が、グラディウスの剣先をそらした。火花が散り、腕ごと、跳ね除けられて開いてしまう。胸が丸見えだ。


 攻めるしかない!


 躊躇えば斬られるぞ!


「おらァ!」


 ラグナはロングソードを振るまでもなくタックルの姿勢を低くとり、俺の腰に組み付いてきた。


「はッ! 図星で怒りやがったか!?」


 くそッ。


 両足をとられた。


 倒されるッ!!


「ぐぬゥ!」


 ただでは倒れん!


 俺はグラディウスを捨てて、組み付いたラグナの浮いている腰に手を回した。ガッチリと固めて、俺と一緒にラグナも引き倒す。


「クソッ、クソッ、雑魚の分際で!」


 ラグナの悪態など聞いている暇はない。


 あとは泥試合だ。


 ナメクジみたいに絡み合い、殴ったり、殴られたり、醜い争いを続けた。だが鎧の差は、ラグナが鋼で受け止められる打撃を、俺は肉と骨で受け止めざるをえなかった。


「鎧に拳なんて効くかよ! バカが!」


 と、ラグナの籠手の一撃が脇に入った。


 パンチとは思えねぇナイフみたいな痛み。


「勇者気取りか? 死ねよ、死ね!」


 語録に貧弱なヤツめ!


 離れちゃダメだ。


 仕切り直しされたら負ける。


 俺は適当な石を掴めた。


 そのままラグナに兜に殴る。


 石は陶器みたく簡単に粉々になった。


 そしてラグナの兜は、変形していた。


 ラグナの兜の隙間から血がこぼれた。


「死ね」


 と、ラグナは兜から血を漏らしながら言う。


 ヤバイッ。


 そう思ったときにはすでに、遅かった。


 俺の腹に違和感が広がる。


 すぐにそれは耐え難い痛みに達した。


 いてぇ、いてぇよ!


 腹に溶けた鉄を流されたみてぇだ!


「があッ!?」


 俺はのたうちまわった。


 焼けた肉の臭いだ。


 だが火傷なんて痛みじゃあない。


 ハラワタから焼かれたみてぇだ。


 ラグナを見て何をされたかすぐわかった。


 奴は銃を持っていた。


 それはわかっていた。


 ギルティヴァンパイアオーバーロードは『SFファンタジー』だからだ。だが──“そいつ”は予想外だ。


「このボケが手こずらせやがって雑魚の分際で!」


 と、ラグナは、変形した兜を脱ぎ捨てた。


 ヤツは俺ほどじゃないがボコボコの顔だ。


 石の一撃がなぜか上手く決まったのか!!


「勝てるわけねぇだろうがよ!」


 ラグナは銃口を向けた。


 拳銃だ。


 正確には粒子拳銃。


 レーザーの頭三文字でLAS。


 ラスピストルだ。


 喰らったのは初めてだ。


 こんなに熱くて痛いとは考えもしなかった。


 ラグナは散々悪態をつきながら近づいてくる。


「遊んでやってるのがわからねぇのかよ」


 一歩、また一歩と。


 俺は下半身の感覚が無い。


 そして腕だけでは逃げられそうにない。


「萎えた。おまえ、面白くねぇよ」


 と、ラグナがラスピストルを向けた。


 直後だ。


 ラグナのセンスが働いたか。


 奴は慌てて振り返る。


 その顔面をタワーシールドが殴った。


「リドリー!」


 クリーム色のエアリーボブが篝火に浮かぶ。


 少しだけ大きな妖精でもあらわれたようだ。


 鋼鉄の縁をもつ大楯は、ラグナの顔面を完全に破壊して吹き飛ばした。


 やったのは、スカーレット・レッドナイトだ。


 スカーレットは無言でタワーシールドを持つ。


 それからは……血が滴っていた。


「あにしてあがうッ!」


 這いつくばるラグナは、騎士に助けを求める。


 だが騎士は動かない。


 静かに、仄暗いバシネット越しに見下ろす。


 篝火に照らされ深い影を刻むバシネットだ。


 恐ろしく、彫刻と同じく、そこにたたずむ。


「リドリー」


 と、スカーレットが助け起こしてくれた。


 悪いがこの足は立てそうにない。


 腹から下が、踏ん張れないんだ。


「スカーレット、俺はいい!」


 ハラワタから焼ける痛みが走り、言葉が続かない。意識しなければ息を永遠に止めて、窒息死するのではないかてほど痛い。


 スカーレットはタワーシールドを背に回す。


 空いた両手で、俺を抱き上げた。


 こいつァ……お姫さま抱っこだ。


「痛みだけでも止める」


 スカーレットが俺を抱きしめた。


 すると、不思議と痛みが引いた。


 ハラワタが炭になった痛みがだ。


 まさに…………魔法だった。


「魔法か、スカーレット。ありがとう」


「あくまでも痛みどめ。それと表面の傷を盛っただけ。応急だからすぐに医術の心得のある人に見てもらわないと──」


「──知ってる。だが今はこっちだ」


「この騎士崩れのデクどもがァ!」


 ラグナが、役立たずの征伐騎士にラスピストルの銃口を向けた。


 ラグナの言葉がわかるほど回復している。


 奴も魔法を使ったのだろう。


 そういえば、ギルティヴァンパイアオーバーロードでもラグナ・ゴジソンは、ポーションを使わずに回復して便利だった。治癒の魔法を使える腹なのだ。


 引き鉄は絞られる。


 騎士がそれを見て走る。


 赤い粒子弾の軌跡が夜を走る。


 そして騎士の鎧の前に砕け散った。


 岩礁に打ちつける波かのようにだ。


 鎧に蝋で付けられた護符の機能だ。


 征伐騎士の強烈な蹴りがラスピストルと腕の区別なく入ったのは、その直後のことだった。


 ラグナは意識を掴んでいられなかった。


 奴の腕は折れたなんてものではなく、肉が千切れかけていて、筋繊維が力任せに引っ張った布切れみたいに解けているのが見える。


 意識を無くしていたのはむしろ幸運だ。


「……」


 騎士はロングソードを抜き、くるりと回すと、自身に剣先を、柄を俺のほうへと向けて地面に置く。


 征伐騎士の四人は寝返った。


 ラグナ一人に、俺とスカーレットと騎士四人。


 ラグナの顔は体液でぐちゃぐちゃだ。


 地に伏したラグナが負けたのは明らかだった。


「リドリーの勝ちだ!」


 村の誰かがそう叫ぶ。


 叫んだのは、カリン。


 そして一斉に、俺の名前があがった。


 村の自称勇者隊、村長そしてもっと。


 戦いの勝者としてだ。


 気分が悪いということは無かった。


 むしろ誇らしさは少しくらいある。


 勝った──。


 それ以上に、認められた。


 今だけは誰もが俺を見た。


 誇っても良い成果だった。


 だがそれ以上に……何もかもが痛い。


「そこのガキを火にくべろ」


「はめろ! おあいら!」


「一〇〇年ぶりの人間だ」


「生贄じゃないからいいんだよな!?」


「負けた奴だぞ? いいに決まってる」


「あすへて! あすへてうれ!!」


「あぁ〜? 通じる言葉を喋りやがれ!」


「あすへて!」


 村の連中は、良い奴らだ。


 食べ物が無いときはわけてくれる。


 少し、関係にしこりがあっても、誰かしらが間に立って架け橋になってくれた。


 だが……人間なんだ。


 他人を傷めつけたいと思う、そんな暗い欲望は、普段は隠しているだけで、赦されたときには噴出する。


 人間は、人間を痛ぶるのだ。


 いや……あらゆる生き物がそうか?


 アリは一族を超えて大戦争を起こす。


 サルは遊び感覚で子猿を引き千切る。


 他にも色々な動物が、大なり小なり残虐だ。


 ギルティヴァンパイアオーバーロードの世界でも、変わりはない。むしろ、より露骨なのはギルヴァンを作ったのが人間だからだろうか?


「リドリー」


 スカーレットが、俺の手を掴む。


 恐ろしい光景に彼女は怖がっていた。


「大丈夫だ」


 と、俺はスカーレットを握りかえす。


 そっと俺は腹の傷を見る。


 血は流れていなかった。


 皮と肉はひび割れた黒い炭になっていて、割れた隙間からは桃色の組織が光っているようにさえ見えた。


 やめよう。


 グロいな。


「スカーレット、ありがとう。きみのおかげで助かった。本当に、きみは頼りになるな。また助けられた。あの魔人との戦いの夜みたいに」


 俺はスカーレットの肩を借りた。


 そしてもう一度、スカーレットに感謝だ。


 イレーヌと、ついでに村長のお願いはこれで果たされたぞ。ラグナは、もう征伐騎士に付きまとうことはなくなるだろう。


 征伐騎士の手は汚していない。


 いや……四騎士は誤差だろう。


 そんな四騎士だがラグナを冷たく見つめる。


「あすへて!」


「……手遅れだ」


 手遅れ?


 俺はなんて恐ろしいことを言った!?


 仕方がないと言えるわけないだろ!!


 ラグナが、家畜のように縄をかけられて引きずられる。そして……そうなったのだ。

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