「レッドナイトの息女はどうだ?」

「まったく。もう少し穏便にできないのかい?」


「……面目次第もありません、イレーヌさま」


「イレーヌと呼べ、リドリー。お前はその価値を示した……半人前の騎士四人を解放したしたしな」


「彼らの名誉にかけて口は閉じますけどね」


「ありがとう、リドリー・バルカ。イレーヌ・ヴィンケルマン、恩を忘れることはないこと覚えておいてくれ」


「光栄です」


「ところで例のレッドナイトの息女はどうだ?」


「スカーレット・レッドナイトさまですか?」


 重傷を負った俺は、征伐騎士と学園の人間から、医術に覚えがあるもの総出での治療を受けることになった。


 魔法の治療だ。


 おかげで、尻の穴に器具を突っ込まれた。


 もう婿にいけないぞ……。


 ギルティヴァンパイアオーバーロードの設定では、回復アイテムの食糧で魔法の数値が制限時間付きで上下する。腸の細菌、腸内細菌に必要な栄養素が、魔法にも作用しているのだ。


 魔法は、神秘なようで半分くらいは違う。


 魔法は腹の虫、というか、腸に定着している細菌が発するエネルギーを回収して利用するものなのだ。


 あんまり神秘性が無いのがギルヴァンだ。


……腹にラスを喰らって焼かれた俺は、魔法を作る腸内細菌を糞ごと、少なからず焼かれたわけだ。


 ギルヴァン世界はとんでもないな。


 腹が不調だと凄まじく体調を崩す。


 たぶん魔法に頼る肉体なのだろう。


 なのでまあ……そういうときには、尻の穴から直接、生きた細菌を注入されるわけだ。


「確か……スカーレットの菌株だね」


「いいですって騎士イレーヌ!!」


 灰色の髪をかきあげて結ぶイレーヌが、歯をのぞかせて笑う。口からも頰からも満面の笑みだ。


 そうだね、スカーレットのウンコだよ!


 正確には処理されてスカーレットの細菌を最大化したものを、俺の尻から入れられたのだ。


 経過は順調。


 相性も良いのか、腹の傷は表面的には完全に塞がり抜糸済み。まだ深いところは回復していないので安静だがな。


 ギルヴァン人は回復するのだ。


 両生類かよ驚きじゃあないの。


「お前のおかげでラグナ・ゴジソンの件には決着を付けられた。あらためて感謝の印を送ろう」


「別にもう良いですよ。腹を塞げば充分です」


「謙虚も美徳だな」


 そういうんじゃない。


 良い人でいられるままのラインを守っているだけだ。過ぎたお願いをしたら、どうなるかわからない。望まず、望み以上をするサービス精神を持ちたいよ、俺は。


 そのほうが、上手くいくんだろ?


 俺は目だけで探した。


 スカーレットはいない。


 おっかないイレーヌだけだ。


「騎士団に希望を出してみないか、イレーヌ。王からの任命がいるが、まずは従士、そしてこの私からの推薦だって、喜んで書こう。騎士団でイレーヌ派を増やしたいのでな!」


「村での仕事があります、騎士イレーヌ」


「否定はしないのだな」


「外の世界に興味が無いとは言えません」


 ギルヴァンの世界だ。


 恐ろしいところだな。


 だが、山の外も気になる。


 両親とまだ一緒に暮らしていたとき、すごく怒られたことがあった。転生して、それなり大人の精神も持ち合わせているが、すごく、怒られた。


「いや──」


 泥だらけ傷だらけで帰った日を思いだす。


 冒険で満足した、自信のついた、そんな慢心は一瞬で吹き飛ばすような、すっかり心配させてしまった人たちの顔だ。


 俺は、なんだかんだで愛されていた。


 愛される価値は無いのだ、偽物なのに。


「──やっぱり村が一番落ち着きます」


 イレーヌは「そうか」とだけ返す。


 無理に騎士団への勧誘はしなかった。


「ところでイレーヌはどうだ?」


「傷を癒やしてくれてますよ?」


 肛門からウンコ入れられたけどな。


 だが……間違いなく、命の恩人だ。


 ギルヴァン最弱のスカーレット・レッドナイト。


 彼女に俺は助けられたのだ。


 ラグナ・ゴジソンは、弱い相手じゃない。


 ラグナは強くも無いが、ギルヴァンのシステム的に、重装のスカーレットには特攻で効きが抜群だ。


 そして俺は相打ちにも望めなかった。


 おかげで、今の重傷患者だしな……。


「今度、喧嘩するときはもっと強い人を、スカーレットと一緒に勧誘します。もうこんなボコボコはこりごりですから」


「そうすると良い、リドリー・バルカ」


 額に汗がわきだすのがわかった。


 柔らかなイレーヌに照れたわけじゃあない。


 また、熱が出てくる。


「すみません、もう少し、寝ておきます」


 その他多勢が無茶をした、打倒なコストだ。

 


 魔人の解体作業が進んでいる。


 騎士の護衛を受けながら、学園の学生で作業しているのだけれど、タダ働きかな。


 団扇みたいな包丁、身の丈ほどある包丁、寸胴でハンマーみたいにいびつな包丁や、あるいは数人で引く巨大な鋸の刃は、どれも血をしたたらせる。


「外れた!」


 血まみれの手ですくったのは、巨大な足。


 先輩たちはタコて生き物の足に似ているて言ってたかな。八本も足があるけど、それは頭から生えてると聞いた。


 変な生き物。


 私は足を何人かと一緒に天幕に運ぶ。


 天幕では学園の学者らが調べるんだ。


 記録をとったり。塩漬けの標本とか。


「リューリア班は今の作業が終わり次第、今日の仕事は終わりだ」と、監督の人に言われた。


 一日働いて、二日休み。


 つまりは明日と明後日は休日かな。


「……リドリー、大丈夫かな……」


 陽が落ちてしばらくだ。


 魔人の死骸のある炭小屋からは、村は見えない。少し離れてるから心配かな。一緒に二回も戦った友人は、もう私の半身も同然!


 明日になれば会えるかな。


「スカーレット」


 血を洗っていたら、リューリアに呼ばれた。


 リューリア……私のパーティのリーダーだけど、よくわからない。なんで私を誘ったのか、私を見上げる瞳は、単純なリドリーとは違うかな。


「なにかな、リューリア」


「大したことじゃない。パーティの親睦を深めるために、もう少し、心を開いてはくれないかというお願いだ」


「努力するかな」


「言いたくはないのだが、リューリア」


 と、リューリアの非難する声色。


「協調性を深めるには時間がかかる。僕は、それを理解しているが、他のメンバーはそうじゃない」


「私をパーティから追放しろと言われているのは知っているかな。そうしてもいいよ」


「スカーレット! そんなことを言うな!」


 リューリアの中性的な声が、響く。


 リューリアが真面目なのはわかる。


 でも、リューリアは知らないのだ。


 いや、知っていても大した問題じゃないと考えているのかな?


 学園、向いてなかったのかも。


 スカーレット家の一員ならば、か……。


 母さまに入学を決められたとく言われた。


 私はスカーレットのできそこないなのに。


「魔人の調査も大切らしいけど、騎士団や学園の探してる『OSET』てもう発掘されたのかな?」


「ッ。鉱山のほうは難航してる、らしい。土着の話じゃモンスターとの遭遇が増えだして手に余っていたそうだ」


「坑道での戦いだね」


「そうだ。僕たちも行くかも」


「戦いは──」


 嫌。


 そう言い終わる前に、リューリアにかぶせられた。リューリアは話を聞かずに言ったんだということが、わかった。


「──スカーレットのタワーシールドを頼りにしてる。狭くて何が飛び出してくるかわからないなら『大きい壁』が活躍するはずだ!」


「……ん、そうだね」


 リューリアはそんなふうに考えてるんだ。


「スカーレット、きみはこの村で二度も活躍してる。魔人討伐の偉業、そして、ラグナ・ゴジソンを倒した。パーティーでは知らなかった、きみの強さだ。なぜもっと協力してくれない?」


「どういう意味、リューリア」


「きみがパーティーを気に入らないのはわかる。だがパーティーメンバーはお互いに命を預けている。きみそれは……」


「仲間を殺そうとしているも同然?」


「そうは言ってない」


 と、リューリアは顔をゆるめて言う。


 親近感を覚えるような態度で優しく言う。


「スカーレット。もっと自分の力を引き出してくれ。どうしてそうしないんだ」


 リューリアはそれを言って去った。


 パーティーメンバーの話し声が聞こえた。


 そんなの……私に言われても困る。

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