「学生も大変なんだなァ」

「学生も大変なんだなァ」


 あの魔人を討伐した炭焼き小屋。


 丸焼きになったはずの魔人が、バラバラにされて研究されていて、炭焼き小屋は研究所みたく改造されていた。


 てか、炭焼きに使ってた頃より大きい。


 何故、俺がここにいるのか?


 魔人なんてもうこりごり!!


 さっさと片付けてくれよい、なあんて考えているのに、そんな俺がいるのには理由がある。


 騎士イレーヌに頼まれたからだ。


 かつての坑道から、魔物が出るらしい。


 魔物そのものは珍しくはない。


 ギルティヴァンパイアオーバーロードでは弱いほうの魔物ばかりだ。でなければ、俺が昔、反対斜面まで坑道を渡った冒険のとき死んでいる。


 せいぜいがミミズより大きなワーム。


 子犬ほどのメクラドラゴンくらいだ。


 たまに、昼間の世界から迷いこんだ大型獣もいないわけではないが……たいていそういう生物は食べ物が合わず弱体化してしまう。


 魔法を維持する食糧を確保できないせいだ。


 なんで知っているて……。


 俺が坑道大冒険したことで両親からしこたま怒られたし、一週間くらいさまよっていたことがあるんだ。


 それを村の誰かによって、騎士団か学園に暴露されたんだ。村の勇者隊かカリンだろ、絶対に。


「完全装備の征伐騎士に手傷を負わせる魔物なんて……信じられないな。てかなんで坑道にいたんだ?」


 魔人を討った日からだ。


 魔物の被害が多発している。


 村にはまだ到達していない。


 だが、傷ついたオオガマイタチを保護した。


 深手ではあるが命は助かるのは幸いだ。


 村の食糧になるかもしれないが……。


「えぇい、キュイキュイうるさいぞ!」


 包帯まみれでゾンビみたいなオオガマイタチが、何を求めているのか、食べ物か遊びをねだりに鳴きながら走りまわっていた。


 まったく。


 騎士団や学園の人間が、魔物の正体やらを一所懸命に探しているのにお前ときたら……。


 イレーヌの頼みは、坑道の地図だ。


 問題は地図なんて作っていないこと。


 だから、俺は旧炭焼き小屋にいる。


「オドシ? オドシじゃないか!」


 やかましいオオガマイタチのミイラを退けた。


 旧炭焼き小屋を町にでもするつもりなのか、というほどの、大きな隊商の列に、オドシが混じっている。


 顔馴染みの行商人だ。


 騎士と学園の仕事も受けていたのか。


 まったく、稼ぐ男はやはり、違うな。


「おや、リドリーさんしばらく」


「久しぶりだな。最後に会ったのは、スカーレットさんが村に来たときか」


「そのあとも何度か会っていたんですがね」


 と、オドシは苦笑する。


 なんか、すんません……。


「騎士に武器でも売りに?」


「いいえェ、リドリー。都からの補給品ですよ。面白みがない、決まった物を、決まった場所に運んでいるだけです」


 オドシは「つまらない」とため息だ。


 オドシにも商売の楽しみかたにこだわりがあるらしい。今回のは、それを曲げて受けたのだろうか。


 お金は大事だしな。


「村にも礼金が払われ潤ってるそうじゃないですか。買い物していきます、リドリー」


「あいにく俺まで落ちてきてない。むしろ怪我で働けないぶん、不安が膨らんでるよ」


 弱音だが、俺は笑って吹き飛ばした。


「その意気ですぞ、リドリー」


「引き留めて悪かった、オドシ」


「いえいえ、それでは、リドリーさま」


 それにしても行商人が多いな。


 積荷を確認するための列が長々と続いていてる。


 時間がかかるのだ。


 騎士も学生も衛兵仕事に慣れていない。


 大変にご苦労なことだ。


 俺は腹を撃ち抜かれたので働けないが。


 安静しているべき男なのである。


「おい、そこの騎士! 何怠けている!」


「違います違います騎士違いま──」


 どこかの誰かに勘違いされた!?


 俺、騎士じゃないです!


 父は征伐騎士になってほしいとか言いましたが!


「──なんだよ四バカクアッドかよ」


「わはは! 騎士たるもの気を抜くべからず! 騎士見習いでもな」


 と、言うのは、かつてラグナに打ち負かされた四人の征伐騎士だ。歩哨をするためだろう、軽量な兜や鎧で、足や腕の大部分には鎖帷子もない。


 防御力は低そうだ。


 だが、長く、いつでも、素早く動ける。


「精進! 精進!」


「征伐! 征伐!」


 わははー、じゃ、ないんだわ。


 なんだったんだ四バカどもめ。


 四人の征伐騎士がガチャガチャと鎧を流し、槍を肩に肩に、丸盾を背中に、去って行くのを見送った。


 オドシに騎士に、騒がせな連中だな!


……スカーレット・レッドナイトもいるか?


「あッ、ほんとにいた」


 クリーム色のエアリーボブの髪型。


 200cmの巨人は近くでは彼女だけだ。


 スカーレットだけではないらしい。


 彼女よりもずっと小さな赤毛の子がいる。


 俺は割って入ることもできず聞いていた。


「騎士団のスカーレットさん?」


「騎士団じゃなくて学園の学生です」


「ふーん……可愛いね。歳は幾つ?」


「そ、そんな……可愛いて……一四歳です」


 若ッ!?


「一四歳か。じゃあそろそろ結婚とか、縁談があるんじゃない? それとももう奥さんなのかな」


「いえ、まだ……」


「なるほど。どおりで純粋な匂いがするんだ」


「うひゃあ! だ、ダメかなそんなことは!」


 赤毛が、スカーレットに顔を近づけた。


 スカーレットは、可愛いと言いくさった赤毛にまんざらでもない様子で、顔を赤くしながら手で押しのける。


 だが赤毛はそれでも強引に突っこむ。


「レッドナイト家のお嬢さんとお近づきになりたいな。よければ今度……いや、王都は遠いね。このあたりを一緒にウマで走ろう。狩りをして、一緒に食事も。どうかな?」


 スカーレットに返事はさせない。


 もし赤毛と一緒に行かれたら……もにょる。


「スカーレット・レッドナイトさま」


「ッ! リドリー……」


 いや、なんだその顔はスカーレット。


 まるで俺が不倫現場にはちあわせたみたいな気まずい顔じゃあないの。


「誰だお前は? 農民が口出しするな」


 農民がグラディウスなんぞ帯剣して歩くかよ。


「俺はリドリー・バルカ。そっちの、スカーレット・レッドナイトさまの村での世話を一時預からせていただいた家臣だ」


 と、俺が言ったらスカーレットの顔が輝く。

 

 ちょっと気分が良いな。


「うるせぇなー。農民が土塗れの口で話しかけるな。気で穢れるじゃないかよ」


 ぶちころすぞチビ。


 赤毛は完全に俺をナメた視線を向ける。


 俺は友好的な表情を作った。


 悟られないよう、顔や拳に力が入らないよう意識してポーカーフェイスだ。


 我慢だ。


 ボコボコになるのは俺だぞ。


 冷静になるんだ、俺。


 激情のまま怒る俺を、後ろから見守る冷静な俺でなだめた。


「それともひがみか? もしや農民でありながら、レッドナイト家の息女に近づけるなどと勘違いしたか? わきまえろ、『従属民』が」


「ケルメス!」


 赤毛のなじりを止めたのはスカーレットだ。


「ケルメス、もうそれ以上、口を開かないで」


 ケルメス。


 赤毛の名前らしい。


 カイガラムシみたいな名前だな。


 ケルメス属で赤の染料になるとか、転生前の図鑑で見たことがある。


 何者だ?


 ギルティヴァンパイアオーバーロードにいただろうか? 俺もギルヴァンのキャラクター全員を覚えているわけじゃない。


 赤毛のケルメス。


 少なくとも、SRPGの盤面で戦うことになるキャラクターにはいなかった。つまりは何もかも未知数だ。


 俺と同じ無名のモブと考えるのは危険だ。

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