「OSET?」
ギルヴァンにおいてスカーレットはヒロインだ。
ギルヴァン最弱だとか実用面で問題があったり、なによりもタッパがありすぎて主人公リューリア(男)と比べると、好みだと断言するプレイヤーは少数派などもあるが、スカーレットはヒロインだ。
まあ、かわいい。
かなり凄く大きいがな。
クリーム色でエアリーボブの髪、穏やかな感じに垂れている目は、彼女の近くにいるだけで心を落ち着かせてくれる。
おっぱい控えめだし。
いや、そんなことはどうでもいい。
スカーレットも魔人の件が片付けば帰る。
彼女は村を離れて二度と会うことはない。
ギルヴァンでなくとも、そういうもんだ。
まあ、そんな話はどうでもいいんだ。
「リドリー……リドリー・バルカ……」
と、ケルメスが俺に近づいてきた。
ケルメスの動きはオオガマイタチかのように素早く、あっという間に、俺の顎先まで滑りこんでくる。
速いッ。
「ごめんね、リドリー。ただの農民てのは酷かった。謝る。私、リドリーと仲良くなりたい」
と、ケルメスはいきなり、俺をハグして抱きしめた直後、キスをしてきた。
スカーレットが見ていた。
彼女は静かに目を見開いて石になっていた。
「ん……」
ケルメスの舌が俺の歯をこじ開けて、俺の舌と絡みあってやっとケルメスは満足したのか離れる。
心の中のマリアナ姫が警鐘を鳴らす。
ガンガンと激しくだ。
「気をつけて! 何かおかしい!」とだ。
ケルメス──。
魔人が倒れたときと同じような、幻覚が見えた。ケルメス……石を投げられた痣が多い、村の欲望の吐け口。鎖で繋がれていた。病気と悪意を一身に受けながらケルメスは、呪詛を吐いて、吐いて、吐き続けながら……動かなくなっていた。
「いきなり何しやがる」
「何か見えた?」
「……見えるかよ馬鹿野郎」
ケルメスは穏やかな笑みを浮かべる。
幻覚のケルメスとはまったく違う。
俺はそんな『彼女』の違和感に寒気した。
ギルヴァンなら、不幸な生い立ちの人間──人外でもだが──は数多くいる。それこそモブにだって、きっと、ありふれているのだ。
だがこのケルメスとかいう女はなんだ!?
魔人襲来から、歯車が狂っているのでは?
主人公リューリア、騎士イレーヌ・ヴィンケルマン、ラグナ・ゴジソン、そして……スカーレット・レッドナイト。
ギルヴァンのキャラが何故、集まる?
ギルヴァンに俺の村はなかったはず。
だがこうも集まるのはおかしいのだ。
それに加えてギルヴァンにはいなかった、ケルメスという怪しい少女の存在だ。
……あのエルフの魔人は何だったんだ?
マリアナ姫!
「落ち着いて、リドリー。冷静に物事を考えるんだ。今は考えごとをしている場合なの?」
考えている場合じゃない。
俺は器用なマルチタスクに不向きだ。
そして頭の回転の速さをあげるのは難しい。
ならば、今は、聞き手に徹するのが一番、成果をあげるための行動だ。
「ケルメス、リドリーを知っているの?」
と、スカーレットがケルメスに訊く。
俺は話を聞こうと耳を立てるが、痛み止めが切れてきたのかじわじわと、冬の朝に引きつった筋肉みたいな痛みが広がっていく。
歯を食いしばり我慢する。
……という必要はなかった。
スカーレットが俺の顔に気がつき、天幕へと誘ってくれると、痛み止めを呑ませくれた。なんで持っていたんだろ。ありがたいけれども……妙な感じだ。
「私のことは気にしなくて大丈夫」
と、ケルメスは俺の体に浮かんだ汗を指先でぬぐうと味見していた。
ゾッとしたのは何故だろうか。
ケルメスで見た幻覚は、世界を憎んでいた。
だが今のケルメスとあまりにも違いすぎた。
「スカーレットが羨ましいなァ。私もOSETの一つでも見つければ運命の赤い血管で結ばれる相手が見つかるかも」
と、ケルメスが羨ましそうに言う。
「OSET?」
「リドリーは知らないんだ」
「ケルメス!」
「スカーレット、そんなに気にしても疲れるよ。OSETについて教えるなんて大したことじゃない。言うな、と、叔母さまに言われてもいないよ」
「言いふらすものじゃないよ、ケルメス」
「リドリーくらいなら大丈夫」
「そ、れは……でも……」
「秘密なら俺に話すんじゃない。大変だ」
「いいや、巻きこんじゃうよ、リドリー」
なんでだよ。
知ってるが。
ギルヴァンのOSETてのはエイリアンだ。
侵略者とかではなく、ガチの宇宙人で、剣と魔法風の世界観に対して容赦のない戦争を挑んできて、そして宇宙まで蹴り上げられた勢力だ。
まあ山奥の辺鄙な村には関係のない話だ。
「秘密を知る楽しみはとっておきたい。だから、OSETとやらについては、また今度教えてくれ。村じゃあ暇だからな。楽しみは食い伸ばさないと」
と、俺は強制的に話を畳んだ。
そして俺は間髪入れず次の話題を出す。
ちょうど良い具合に騎士が帰ってきた。
坑道への探索組だ。
騎士が一、従士三。
標準的なチームだ。
「大変そうだよな」
何せ暗い坑道だ。
狭いし迷子になる。
崩落だとか洪水も。
いや、あれに限っては無いな。
それにしても騎士てのは凄い。
鎧を着て、えたいのしれない魔物と戦うために坑道へ入るというのは、力の無い俺から見れば狂気的だ。
俺はもう絶対に坑道には入らないぞ!
メクラドラゴンに噛まれるのもごめんだ。
「リドリー。ケルメスが消えた」
「あれ!? あいつ……いつのまに」
俺はケルメスを探すが見つからなかった。
なんだったんだ、あいつ……賓乳だしな。
俺の心のマリアナ姫が警戒している。
「リドリー。魔人の処理はもうじき終わる」
と、スカーレットが唐突な話だ。
「え? あぁ……そうか……寂しくなる」
騎士団と学園の生徒と教師も引き上げだ。
たしかに旧炭焼き小屋に転がっていた魔人の巨躯が消えていた。もう学園か研究所に送ったのだろう。
となれば、スカーレットも帰るのだ。
「それだけ? 私はうんと寂しいかな」
「俺だってそうだ。スカーレット、おまえは俺と一緒にいてくれる無二の友人だ。魔人と一緒に戦った伝説は、俺の生涯の記憶として、スカーレット・レッドナイトの名前と刻んでいくし、子供にも語るだろう」
「おおげさだよ、リドリー」
「おおげさなもんか、スカーレット!」
本音だ。
俺が、ギルヴァンで関わった最初で最後の文字通りの『伝説』なのだ。そして村では魔人襲来を何代も語り継ぐだろう。
そこにはスカーレットの名前がある。
充分だ、それで、充分、なのである。
「ちょっと不満かな」
と、スカーレットは不満そうに言う。
エアリーボブの髪で目立たない彼女の頰が、膨らんでいる。本当に、かわいらしい小さな巨人だな……いや、そんなもの見ている場合じゃない。
「不満?」
「うん。リドリー、一緒に学園へ来ない?」
なんで学園の話になるんだよ。
学園てのは主人公らの場所だ。
俺は行けないだろ。
異例の平民出身の学生!
そういうのは主人公の特権だ。
俺なんかじゃあないんだよな。
「そんなお金はねぇよ。無理、無理」
「無理じゃない。もっとリドリーと色々……リドリーにいろんな世界を見せたい。私はレッドナイト家の貴族だよ。リドリーくらい連れて行ける」
「まあできるだろうがな」
俺は苦笑してしまう。
すっかりスカーレットの不満が何か聞きそびれてしまった。彼女が、そういうことをする、か……。
スカーレット・レッドナイトだ。
ギルヴァンでは最弱のキャラだ。
変なデバフスキルばかり持っているキャラ。
それがこんなにも自分の主張が強いとはな。
転生するまで、知らなかった。
「えぇと、あと、騎士イレーヌが呼んでいるかも? 一緒に来てくれるかな。村長宅じゃなくてこっちにいるんだよ」
また話が変わった。
今度は騎士イレーヌか。
スカーレットは話が二転三転するな。
俺みたいだ。
それもまたスカーレットだ。
いいじゃないか。
スカーレットは戦いじゃ弱いほう。
だけど俺よりは強いんだ。
ふわりとしたクリーム色の髪を揺らしながら、口が早く動いて伝えようとしてくれている……前世じゃ、こんなにも優しい子はいなかったぞ?
居場所をくれているんだ。
例え、一時の止まり木でも、合わせたい。
だというのに俺の口からは軽口が出ていた。
「イレーヌさまもどんな無茶をお願いするやら」
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