「……いや、呼んでいないが……」
「……いや、呼んでいないが……」
イレーヌを訪ねた俺は、そう言われた。
俺の隣には、わたわたのスカーレット。
スカーレット・レッドナイトさん?
「見ての通りグリフォンの筆毛を抜いている」
と、イレーヌはまさに従者たちと一緒になって白い鞘のようなものを抜いていた。
グリフォンだ。
ワシの上半身と翼、ライオンの下半身。
嘴のある鳥類の頭、猛禽類の前脚に、食肉目の猫らしい踏ん張りの脚がある。
なるほど。
「換羽ですね。新しい羽根の入った羽根鞘が白く散ってる。このグリフォンの体調はよくないんですか?」
と、俺はつい余計なことを口走った。
従者は俺が口を効いたことにムッとしていたが、イレーヌが許してくれた。マジあぶねぇ……。
「若い鳥と比べたのだろう、リドリー。だがグリフォンは少し特殊でな。見ての通り、下半身が鳥と比較して特に長い。この子の嘴だけじゃ届かないのさ。元気そのものだよ。あぁ、近づくのはやめておけ」
と、イレーヌが教えてくれた。
ワシの上半身だけとはいえ、グリフォンも苦労しているようだ。白濁している毛鞘は、お守り刀が入りそうなくらい大きい。
当然、グリフォンの羽根も相応だ。
「ん?」
グリフォンの猛禽類の首と目が動いた。
グリフォンは忙しないような動きで、いかにも鳥という感じの素早い動きで首を回してくる。
ちょっとこえぇな。
だが、綺麗な目だ。
桃色のシャドーを入れたみたいな目のまわりで、長いまつ毛、凪いだ水の淡い青さの眼球に星が散らばっているようで、黒い瞳はさながらブラックホールみたいだろうか?
黄色い嘴、白いふかふかの豊かな羽毛。
下半身のライオンもガッシリしている。
「何か?」
と、グリフォンに訊いてみた。
なんだか高貴そうな感じだな。
頭も良いのかもしれない。
グリフォンなんて初めて見た。
頭は垂れたほうがいいのかな。
最低限、膝はついておこう。
「何をしているのかリドリー」
俺は膝を地面につけていた。
グリフォンは普通に大きい。
俺が見下ろすということは無いだろうが……下半身はライオンでネコだ。ネコてのは、上から見下ろすと怖がるもんだしな。
グリフォンが近づいてきた。
グリフォンは毛鞘を抜いていた従者を払いのける。払いのけた者にはイレーヌもいた。
「リドリー、下がりな!」
と、イレーヌの鋭い声が走る。
だがその時には、グリフォンは軽やかに翼を広げてかけ、俺の頭上に深い鉤状の嘴が影を広げていた。
やべぇ。
もしグリフォンが嘴を振れば脳天貫通だ。
「全員騒ぐな、騒ぐんじゃないぞ!」
と、イレーヌの押し殺した声だ。
いや、俺は動けん。
グリフォンて確か、肉食だよな。
ウマを食べるとか伝承を聞いたことがある。
ギルヴァンではどうだった?
グリフォンは騎乗の動物だ。
空のグリフォン、地のスレイプニル。
空の覇者として猛威を振る凶悪獣だ。
「……」
そんなグリフォンが、鋼のように重く、硬さを感じる嘴を、俺の肩に載せた。そして何度か上げたり下げたりを繰り返す。
なんだ?
グリフォンが不満気な顔に見えた。
いや、鳥の心なんてわからん……。
グリフォンは翼をゆっくり広げて振るわせる。
また畳んで今度は、デカ頭で頭突きしてくる。
「あッ! 甘えたいのか『あなた』は!」
そういうことかよ!
俺はグリフォンの羽毛に抱きついて、わしゃわしゃと撫でる。フケなのかよくわからない粉を払い、やたら大きな毛鞘も雑草感覚で引き抜く。
恐ろしい魔物だと思ってた。
全然、違うんだな。
こんなに人懐っこい。
「信じられん……」
と、俺以外の全員が言っていた。
俺なんかおかしなことやったか?
「リドリー、その子は騎士イレーヌのグリフォンで名前は──」
スカーレットの言葉をイレーヌが継いだ。
「──レギーナ。超帝国の時代から血統をもつ、気難しいお姫さまだ」
そうか、レギーナか。
ラテン語かな?
たしかに『お姫さま』だ。
「無礼をお許しください、レギーナさま」
俺はレギーナから離れて膝をついた。
なんなら俺は頭も垂れた。
レギーナはそんな俺に対し頭突きする。
思いっきり倒されて泥まみれにされた。
なるほど。気難しい、か。
「リドリーはテイマーの素質でもあるのかな?」
俺がレギーナさまのお相手をしながら、従者たちと親睦を深めて、レギーナさまの換羽のお手伝いをした。
その間、スカーレットとイレーヌの話し合いだ。
内容までは聞き取れなかった。
聞こうとしてもレギーナさまの体当たりだ。
彼女、空を飛ぶため身軽とはいえ重いのだ。
「早速、諸賢を呼んだ理由に入らせてもらう」
と、戻ってきたイレーヌに言われた。
イレーヌさっき呼んでない言ったろ!
レギーナさまとお別れして──頭喰われかけた!──天幕の中での話しあいだ。
外でレギーナさまが叫んでいた。
レギーナさま……てか、騎乗動物でギルヴァンの主人公を思いだしたのだが……主人公リューリアどうしたのさ?
スカーレットのパーティーメンバーだろ。
彼女が単独行動しているのしか会わない。
「あー、ここ最近、坑道から出てくる魔物に悩まされている。特殊装備の征伐騎士でも苦戦しているのが現状だ」
征伐騎士の特殊装備?
ギルヴァンでもあったなそういえば。
特殊装備とは言われていなかったが。
と、言うことは山も崩す『ウォーキャスター』が村にいるのか。ただの騎士じゃない。戦争でも始める気か、イレーヌは。
「坑道と言っても騎士が手こずる魔物がいるとは思えませんが……」
「その魔物を見た騎士は、魔人ではないかと報告している。不確かであるが吸血鬼ともな」
「二体めの魔人……吸血鬼ですか」
ギルヴァンにも吸血鬼、ヴァンパイアはいる。
というかギルティヴァンパイアオーバーロードで、タイトルの中にヴァンパイアがあるのだ。ゲームの中心の設定なのだが、俺はいまいちストーリーが咀嚼できていない。
ヴァンパイアが関わる事件がほぼ無いのだ。
タイトル詐欺もいいところだよなー。
「騎士団は魔人の回収のために学園側と協力して、村に派遣されていたが、新たな魔人がいる可能性があるのならば対処しなければならない」
と、イレーヌは疲れたように言う。
スカーレットと示し合わせただけが原因ではなさそうだ。彼女は吸血鬼騒ぎに対して疲労が溜まっている。
あるいは他の征伐騎士もだろう。
「騎士団は手隙がいない。坑道は広く騎士を無限に呑みこんでいるようなありさまで、学園と協力してもなお人手不足だ」
そこで、と、イレーヌは俺を指差した。
「リドリー、坑道内の知見があるきみが案内してくれ。騎士団は吸血鬼との正面対決のため坑道をことごとく叩く」
「俺が死んじゃうのですが、騎士イレーヌ」
「大丈夫! リドリーは私が守る、スカーレット・レッドナイトの名に誓うかな!」
いやいや、いやいや!!
坑道に入るのか?
あれは鉱山とは名ばかりな、迷宮だ。
ガチモンのダンジョンだったんだぞ。
絶対に、二度と坑道には入りたくない。
だが魔人がいるかもと聞いてしまった。
もし騎士団が魔人を見つけられなかったら?
騎士団と学園の人間が引き払ったのを見越して、魔人が坑道から出てきて、村を襲ったら?
それこそ本当に村が滅びる日だ!
俺は騎士団と学園側が撤収する期日の前に、坑道の魔人、吸血鬼の正体をつきとめなければならないわけか。
冗談キツいぜ。
俺、断れるの?
死ぬ気でやるしかない。
マリアナ姫〜、マジで頼みました。
「……と、リドリーを先頭にしようとしたが中止させた。リドリー、おまえはうちの四人の騎士と遊んでいるだろう? 連中の報告から『今の坑道』ではとても生き残れないとある。お前には腹の傷もある」
ホッとした、とは、いかなかった。
「それほどなのですか、騎士イレーヌ」
「それほどなのだ。ただの魔物ではないと思慮したからこそ、魔人の可能性をあげている」
魔人がいるかもと覚悟はした。
坑道に入るものだと考えていた。
だが騎士が配慮するほどとは思わなかった。
ガチの、マジで、ヤバいのがいるわけかよ。
俺の村のすぐ近くに!!
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