「私はけっこう食べるかな」

「本当に、騎士イレーヌには?」


「断じてこの口は開かないと誓う」


「……ラグナ・ゴジソンの目的は騎士団の一隊を利用して、周囲の村を統一することだ。征伐騎士の擁護する土地の領主になるのだ、と」


「鉱山と、数千の人畜。ちょっとした国にはなるか。思ったより俗物だな」


 ラグナの人物観が、ギルティヴァンパイアオーバーロードのラグナに近づいたかもしれない。


 征伐騎士はバシネットをあげない。


 顔向けができないほどの恥だと感じているのであれば、その恥を上塗りする名誉を与える機会がいる。


 ラグナに従うことは、騎士が敗北したからだ。だが、それは恥じることではなく、対等に戦ったからこそ、征伐騎士が負けたと赦す道を説得した。


 うまくいった。


 隠れていた騎士二人も出てきた。


 バシネットをあげた全員の顔を見た。


「お疲れさま、リドリー」


 と、四人の征伐騎士らと和解したことをスカーレットがねぎらってくれた。


 ただスカーレットの様子がおかしい。


 俺が征伐騎士と話している間もずっとそうだ。彼女のクリーム色のエアリーボブな髪は、いつもは、ふわりと彼女の軽さをあらわしているように飛んでいるのだが……。


 今はしょんぼりしている。


「本当なら、俺とスカーレットで、四人の騎士を相手に決闘するべきだった」


 勝てないだろう。


 俺とスカーレットは弱い。


 特に、俺が、だ。


「悪いな。俺がもっと強ければ迷わなかった。俺が弱すぎるせいだ」


「リドリーは、一緒に魔人と戦った」


「村のみんなとだ。俺ができるのは、戦いたくもない弱い連中を脅しつけて、無理矢理戦わせて、せめて俺が死ににくい場所に隠れるだけだ」


 そんなことより、と、俺は話を変える。


「お腹空いてないかい、スカーレット」


 スカーレットの腹が大きく鳴った。


「獣肉より魚が美味いぞ」


「リドリーが食べさせてくれるの?」


「あぁ、おごるよ、腹いっぱいまでな!」


「私はけっこう食べるかな」


 だろうな、と俺はスカーレットを見上げた。


 200cmのクリーム色エアリーボブの『小さな少女』は元気を取り戻して、ふわふわだ。


 とびっきり美味しいものを用意してやろう。



「この村の夏至祭て賑やかだね!」


「スカーレットのとこは違うのか?」


 村の騒ぎの負けない声で、俺とスカーレットは話あった。


 花火が幾つも打ち上がる。


 それには魔法がかけられていて、空に咲いた炎は、ドラゴンとして空を駆けまわり、チョウとして羽ばたく。


 風を切る口笛の音、そして数拍の後に弾けた。


 スカーレットは串に刺された魚を食べる。


「美味いか?」


「美味いかな」


「かな、は、余計だろ」


 約束通りの魚だ。


……鉱山の近場の湖だから、正直、鉱害とかありそうなもんだが、美味い。


 俺の好物でもある。


 肉がいっぱい食べられるからな。


 村中にあかりがかけられ、鍛冶場で鉄を打ったような細かな火を時折飛ばしては、揺れる炎が照らしだす。


「……女の子たち、妙にリドリーを気にしてない?」


「そうか?」


 俺は不人気で残されているオオカマイタチの……ユッケみたいなものを食べる。臭い消したっぷりでやや辛めの肉料理だ。


 ほぼ肉団子なペーストだが、オオカマイタチのクセが、好きな人間には耐えられるだろうレベルまで、落ち着いている。


 獣肉の豊かな味と血の気が舌に広がる。


「リドリーさまて床上手なんですって!」


「初めては絶対リドリーさまに頼まなくちゃ」


 そんな話し声を聞いて、噛んでいたオオカマイタチのユッケを吹き出しそうになった。幸い、鼻を少し通っただけだ。


 痛い……。


「リドリー?」


 と、スカーレットはジト目だ。


 村の火に照らされた彼女の顔は、暖められていたほんのりと赤い。


「変態」


「……村の行事で、そういうこともある」


「夜這い?」


「そ、そういうのじゃないスカーレット」


 言い辛いことズケズケ言うなァ!


 食べ物に酒でも入ってるのか?


 スカーレットの印象変わりそうだ。


 というか、スキルの緊張体質はどうしたんだ。全然、緊張していない、どころか、とんでもないことまで訊きだそうとしてくる。


「どの子が一番良かったの?」


「良かったのて!?」


 えぇッ!?


 スカーレットと目を合わせるのが恥ずかしい。咄嗟にそらしたら、村の女の子と偶然、目があった。退屈そうに髪を指に巻いていた子は気がついて、真っ赤になってしまう。


 てか、カリン嬢と村の勇者たちじゃねぇか。


 腹がむずむずして居心地が悪い。


「村の女衆が気難しいんだ。俺が色々あって、村からのけものにされたとき、庇ってくれたのが女衆の何人かだ。それ以来、妙に気やすくて、俺も頭があがらない」


「きっとリドリーが優しいからだね」


「そうか? わからん。適当だぞ」


 スカーレットの頰にソースがついている。


 俺はスカーレットに断りを入れて、袖でぬぐう。


 いつの間にか、おこぼれ狙いの猫が長い尻尾を足に巻き付けて、擦り寄ってきた。


 俺は拳を出して、猫が挨拶を返すように頭をぶつけてきたのを確認してからオオカマイタチのユッケを千切る。


 掌の上の肉を猫はザラザラの舌で舐めた。


「あれは?」


 と、スカーレットが指差す。


 揺れる炎の光の中。


 磨かれた騎士の鎧が反射する。


 その中には、槍の木の葉の刃、剣もだ。


 祭りは夜だ。


 騎士は基本的に外には出ない。


 イレーヌのはからいで無駄な衝突を避けるためだ。村長の家か、少し離れた炭焼きの家に別れている。


「ラグナ……」


 ラグナは演説をしていた。


 四人の征伐騎士もいた。


 村に対して、傭兵への志願を募っている。


 よりにもよって夏至祭にかよ……。


 祭りまで戦争のことは考えたくないぞ。


 素晴らしい名誉、村では一生稼げないような財産や、至宝を並べて、みんなの中心となっていた。


 祭りで当てられた子供のなかには、戦争で働いて稼げるだけでなく村の外にも行けるとあって、前のめりに聞き入っている。


 勘弁してくれ。


 ラグナは見るからに高級鎧だ。


 抜かれて掲げられる剣には、財を尽くされ、一つの武器というよりは芸術作品だ。刀身に何か彫られている。魔法も刻まれているのかもしれない。


 何にせよ、ラグナ一人の装備の価値だけでも、村全ての価値を上回るだろう。


 換金アイテムだ。


「そこにいるのは!」


 と、ラグナの剣先が俺に向く。


 俺かよ、勘弁してくれよ!!


「スカーレット・レッドナイトの家来、リドリー・バルカじゃないか!」


 家来じゃない。


 だが俺の出世に村がどよめく。


 ラグナなの話は鵜呑みするなよ。


「これはラグナどの。またお会いしました」


「ふむ、リドリーどのは村の『勇者』であると聞いた。つまりはもっとも強い者だと」


「小さな村でたまたまそういう噂を聞いてしまっただけでしょう。俺は勇者などではありません」


「いや、騎士に聞いたぞリドリー。騎士イレーヌのお気に入り! そしてこの公衆の面前で、僕を打ち負かし、恥をかかせることで! 僕を追い出そうというのもな」


 俺はラグナに付く征伐騎士を見た。


 バシネットはおりたままで顔がわからん。


 何を吹きこんだのやらな急な決闘の流れ。


 やばいのでは?


 やばすぎるじゃあないの。


「団体戦の余興といこうじゃないか」


 ラグナは大声で村の全員に声を渡した。


 もはや引っ込みはつかない。


 ラグナは負けるとは考えていない。


 実際、勝てるかよこんなもんに!!


「革鎧に何世代使っているのか想像もできない縮んだグラディウス。貧相な装備だが対等に戦ってやる」


「そりゃあどうも、ラグナどの。そちらは随分と、硬くて、重くて、高級な装備だな」


「口に気をつけろよ雑兵。この鎧は、最高の素材と職人の意力を練りこむ鎧だ。お前がどれほどの剣を振ろうと、傷もつくまい」


 そうかも。


 鎧の継ぎ目を狙うしかない。


 だがラグナもバカと思えん。


 弱点を守る。


 なおかつ鎖帷子も着ている。


 ラグナ・ゴジソンは本気だ。


 グラディウスの柄を撫でる。


 悪い、そうだな、お前のせいじゃない。


 俺の実力不足だ。


 征伐騎士が、小さく頷いた。


「レッドナイト家にどうやって取り入ったか知らんが、そんなものは雑兵の手品に決まってる。落ちぶれたものだレッドナイト家は。こんなものが貴族か。この男には、何の取り柄もない。親にも捨てられたろくでなしには居場所を与えず、死なせるべきだ。害虫に食い扶持など」


 グラディウスを抜いた。


 間髪なく、ラグナもロングソードを抜く。


「リドリー、加勢する」


「すまない、スカーレット」


 スカーレットの大楯が地面を叩いて。


 そして征伐騎士四人が──前へ出る。

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