「それはちょっと意地悪かな」

「申し訳ないけど会ったことあるかな?」


 と、スカーレットは知らないと言っていた。


 それに対してラグナは落ち着いてこたえた。


「いえ。しかし高名なレッドナイト家といえば、代々騎士をいただく一族。おそれながらわたくし、レッドナイト家へ、そして御息女であられるスカーレットさまに敬意をもっております!」


 ラグナは自身の胸に拳を当てた。


 ナイトストーカーのラグナだ。


 騎士に憧れる騎士ではない男。


 礼儀を知るような口調ではあるが、ギルヴァンを知っていると違和感がぬぐえない。


 ラグナと言えば『騎士の暴力』を村で目撃して歪んだ男なのだ。崇高するのは暴力としての騎士、高級な盗賊、自分も他人も、奪うものと頭蛮族である。


 仲間にする選択肢が用意されていなければ、処刑されるような男が、ラグナ・ゴジソンだ。


 ラグナは百万の言葉を捧げるかのように、スカーレットへと尽くして話し続けた。


 モブの俺など眼中にないのだろう。


 俺は、ラグナが食ってかかっていた村人を見る。なんだ、カリンじゃないか。うちの両親家のお隣さんだ。


 はよ今のうちに逃げとけ、逃げとけ。


 と、俺はカリンに手でそれとなく合図だ。


 麦畑の農家の娘でついでに村長の孫でもあるカリンは昔、定食屋の娘、花屋の娘、鍛冶屋の娘あたりで『村の勇者隊』をつくっていたな。


 ラグナに突っかかってないよな?


 変な目つけられてなけりゃいいけど。


 そんなカリンが小さく頷いて他の場所へ散ったとき、ラグナと目が合ってしまった。こっち見るなよ……。


「それはレッドナイトさまの護衛ですか?」


 と、ラグナは失望した目だ。


 やめろよおい、照れるだろ。


 ラグナの背後に立つ、四人の征伐騎士にかすむのは、まあ、それはそうだな!


「うん。スカーレットの家人として迎えいれた勇士、魔人をともに討伐せしめた至上の友だよ」


 と、スカーレットの物言いに場がどよめく。


 ラグナや征伐騎士だけでなく、俺もそうだ。


 家人だって!?


 それは、レッドナイト家につかえているわけで、主従を結んでいるという意味だぞ!!


 ラグナが笑う。


 公衆広場で、ラグナの笑い声だけが響く。


 そこにはもうレッドナイト家に対する、下手の態度は消え失せていた。


 一瞬だ。


 一瞬でだ。


 ラグナは、スカーレットを見限った。


 それがわかった。


 俺は、グラディウスの柄に手を添える。


 ラグナの笑いが止まった。


「きみも『下される側』だったか」


 スカーレットは、意味をはかりかねていて、言葉が無いまま時が進む。そして彼女がやっと絞りだした。


「きみの語った意味を知りたいかな」


「ならば後学にレッドナイトさまに忠告しよう。どこから見ても雑兵未満の! 魔人討伐など望めぬ弱兵、弱装備、武勇なく、誉なく、あさましい農夫を家臣にせねばならぬとは、ご両親も嘆かれますぞ!」


 と、さらにラグナは続ける。


 その間──スカーレットの骨が軋んだ。


「我が『下僕』を見よ!」


 ラグナの指示に、大の征伐騎士らが、首を四つも揃えて甲冑など武具完全装備で立つ。


 完成された板金鎧だ。


 指の形まで作られた鎧は、頭から文字通り指先まで完全な装甲化をはたしていた。


 俺とは違う。


 本物がいた。


 屈強がいた。


 勇士がいた。


 征伐騎士が、立っていた。


「これは我が下僕に、ぜひともと身を捧げてくれた現役の征伐騎士どもだ。そこの農民とは誰一人として格の合うものなどいない。本物の魔人とも戦ってきた古兵の勇士だ! 騎士のなかの騎士たる者にふさわしいだろう!?」


 征伐騎士だ。


 強いのは当然。


 ギルヴァンでも竜騎士と並んで苦しめられた。物理に硬く、魔法耐性があり、長剣と徒歩で異端者を薙ぎ倒す殺戮マシーンだ。


 ただ、征伐騎士らは、兜のバシネット、面を上げず、顔を見せない。普通は礼儀としてバシネットを上げるものだ。


 征伐騎士らしくない。


 ラグナなんてやつに従っているのも謎だが。


「ラグナ殿」


 と、征伐騎士が、ラグナに耳打ちだ。


 ラグナは大柄な態度で聞き、舌打ちした。


「……行くぞ!」


 ラグナらが背を向けた直後、騎士イレーヌが、カリンの案内を受けてやってきていた。



「家人扱いして……ごめん」


「謝られることじゃない。俺は農民だ。ちょっと武器を持っているだけの、な。かと言って本物の農民ほども育てられない。拒否できる身分じゃないだろ。ましてや貴族に」


「それはちょっと意地悪かな」


「……イレーヌさまに助けられたな」


「うん。騎士イレーヌはあれで世話焼きだから、リドリーとラグナとぶつけるにしても、捨て駒にはしないかな」


「そういう心配はしてねェがな」


「騎士イレーヌは見た目はアレだけど──」


「──俺は足の多い生き物や、逆に足の無い生き物は苦手なんだ。背筋がゾッとする。でも、だからって嫌っているわけじゃないし、靴踏み潰してやろうなんて思わないさ」


 騎士イレーヌは、怖い顔だがな。


 ギルティヴァンパイアオーバーロードを信じすぎるのは危険だが……イレーヌは魔人を相手にしても怒りでは斬らない。


 確かに、イレーヌは恐ろしい。


 親兄妹も斬り捨てることができる。


 騎士団を率いて追い詰めて殺すことも。


 恐ろしさの裏には、非情さもあるのだ。


 だが……イレーヌのイベントにこんなのがある。


 大雪原の戦いの幾度めか、イレーヌと騎士団は魔人の部隊と遭遇した。その魔人はイレーヌの旧知たちであり、恐ろしい術の数々の前に騎士団の多くを討ち取られたが、イレーヌが滅ぼした。


 鮮血が泥のように色褪せた戦旗を掲げた彼女以外に、血の氷原に唯一、立っていた彼女は、勝利への歓喜ではなく……倒れた敵と味方、全てへの祈りだ。


 痛みを知っている人は、信用したい。


「リドリー」


 と、スカーレットに止められた。


 征伐騎士たちが、立ち塞がった。


 数は四人。ラグナの側の連中だ。


「……問答は無用か?」


 グラディウスの柄に手を添える。


 やばい、やばい、やばい。


 叫べば、村の連中が気づくか?


 目を走らせる。人気のない俺の家の近くだ。


 耳を澄ませた。遠くから微かに声を聞いた。


 遠すぎる。


「前言撤回だな」


 イレーヌめ、普通に餌に使われたか!


 俺の手で始末をなんて本気なのかよ!


 斬りむすぶのは論外だ。


 相手は征伐騎士だぞ!?


 マリアナ姫、助けてくれよォ。


「リドリーくん!」


 なッ!?


 その声は、マリアナ姫だ。


 だがどこに、いるはずのない彼女が!?


「リドリーくん、落ち着いて。相手は何?」


 征伐騎士が二人もいる。


 鎧と剣、完全装備だ。


 サーコート、マント。


 槍や馬は持っていない。


 剣はロングソード、それに、よく見ればスローイングダガーが……二本!


 軽装だ。


「戦って勝てる?」


 グラディウスは突きに強い。


 盾を前提にした白兵戦をする、超帝国時代の兵士の遺物を使っている。万能だが、やや短く、少し不利だ。


 技量も鍛え方も、腹の虫も違う。


 征伐騎士が本気なら魔法の使う。


 勝てない。


 数は二人だしな。


「なら逃げなきゃ!」


 本当にそれでいいか?


 征伐騎士の鎧は重い。


 対してこちらは精々、腰のグラディウス。


 それと少々の革鎧くらいだ。


 それに俺は足に自信がある。


 しかし……不確実だ。


 正面の二人は囮だろう。


 ラグナには、四人いた。


「どうやったら征伐騎士は諦めるんだろ」


 ありがとう、マリアナちゃん。


 俺なりに少しくらいがんばる。


「征伐騎士ども!」


 と、俺はベルトを外した。


 グラディウスが鞘ごと落ちた。


 革鎧の紐を緩めて、泥に落とした。


 完全に丸腰だ。


「ドラグヘイムでもっとも命知らずで勇敢な野郎ども! 俺がもっとも尊敬する名誉ある人たちよ!」


 俺はスカーレットをそっと後ろに送る。


 さて少し話そう。

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