「そんなに嫌……だったかな……?」

「そんなに嫌……だったかな……?」


 騎士イレーヌの呼びだしの後。


 いつもの村のちょっと外の椅子に腰掛ける俺へ、スカーレット・レッドナイトは、彼女らしくない不安で押し潰されたカエルみたいな顔をしていた。


 その顔やめろ!


 ほっとけなくなるだろ……。


「気にしてねぇよ」


「気にしてるかな」


「気にしてないって!」


 いや、マジで。


 スカーレットの推薦があろうとなかろうと、騎士イレーヌや村長の命令──『お願い』だって命令と同じだ──では、俺はほぼ逆らえないのだ。


「スカーレットは学園のほうはいいのか」


 俺は話題を投げた。


「へーき。学園では実践的な授業だから。魔人討伐のあとも課外授業扱い」


 実践的、ね。


 ギルヴァンじゃ気にしていなかったが……。


「スカーレット、足し算とかできるか?」


「もちろん。リドリー、バカにしてる?」


「してないよ」と、俺は小枝を拾う。


 そして地面にカリカリと書いた。


「掛け算や割り算はどうだ?」


「……訊いたことはあるかな」


「掛け算から始めよう」


「えぇ……やだかな!」


「拒否権あるもんか」


 最初は九九からか。


 いや、掛け算が何か、からだな。


「なんでもいいんだが……木の実が一つ入った箱が一〇箱あるとする。これを一掛ける一〇と表現できるんだ。木の実一個の箱が一〇箱あると、木の実は全部で何個になる?」


「一〇個!」


「それが掛け算だ」


 俺は幾つかシンプルな問題を作る。


 スカーレットはすぐに答えていた。


 桁数が増えれば、筆算で考えられるよう解き方を教えて、基本的なことは、時間があり、ミスが無ければ解けるようになっていく。


「掛け算ができると、割り算や分数、三角形の一片の長さ、平方根や……まあいろんな数字が使えるようになる。生きるのに使わないが、使えると便利だぞ」


 今度、算盤でも作るか。


 いや、算木だな。


 道具があれば計算は早くなる。


 スカーレットの地頭は思いのほかいい。


 それに勉強を楽しんでいるようだ。


……いいことだ。


 ギルヴァン最弱のユニット値でも、戦い方で生き残れるかもしれない。


「計算ができると帳簿が書けるぞ。スカーレットが騎士になれなくても、これだけ勉強熱心なら食っていけるだろう。今度、帳簿の書き方も教えてやる」


「リドリーは、なんでそんな知ってるの?」


「知らないのか? 田舎だからってバカにしているな、スカーレット・レッドナイト卿」


「そ、そ、そ、そんなことないかな先生!」


「冗談だよ。俺は少し、学べる機会があっただけだ。使い道も無いがな? いや、おチビどもに教えてる。村の勇者隊の師範は実は俺なんだぞ。俺なんかで笑えるだろ? ははッ」


 スカーレットに算数を教えながら、狩人が村に帰ってくるのを見送った。


「大きな獲物」


 と、スカーレットが顔をあげる。


 巨大なオオガマイタチを運ぶ狩人が「豊漁だぜ」と弓と槍を振りながらガハハと笑っていた。


 オオガマイタチは、イタチだ。


 腕が四本あって、胸に畳んでいる小さい腕含めて、鎌状の器官になっているのだ。


 ギルヴァンではモンスター枠でいた。


 騎乗動物で、馬代わりもあるか。


 村では牛や馬は高いから、イタチを使う。


 鞍やアブミもあるが高いから、大体は布を敷くだけだ。お陰で、蛇のように走るオオガマイタチでは車酔いしやすい。


 なお肉は臭い、すごく臭い。


 それが精力を高めるのだ!


 なーんて昔言われた記憶がある。


「今夜の祭り用だな」


「お祭り?」


「あぁ。夏至祭だよ」


 スカーレットが狩人らを目で追う。


 今日の授業中は終わりだな。


「そういう意味ではスカーレットは良い時期に来たな。肉がいっぱい出るぞ。デカカエルや、ヌルヌルウオじゃない獣肉だ」


 まあ……夏至祭恒例もあるが。


 すぐ喧嘩するし、喧嘩が無くとも石合戦で遊ぶ連中ばかりでふざけるのだ。


 毎年、毎年、傷が絶えず荒っぽい。


 喧嘩か。


 ラグナ・ゴジソン……祭りには出るのか?


 騎士イレーヌのお願いで、ラグナをしばきたおせとの天命を受けているが、夏至祭か。


 機会に恵まれてる。


「スカーレット。祭りの準備を見てまわらないか?」



「村と言っても数百人は暮らしているし、宿屋もそれなり、店だって並んでる」


 例えば、金物屋。


 他には宿屋がある。


 解体屋と言うと恐ろしいが肉屋、野菜屋……ど田舎村だが地産地消で物々交換ではないのだ。毛皮売ったり、土産屋もある。


 鉄砲屋もだな。


 なんだかんだで店開いてる奴は多い。


 夏至祭で飾られたそんな店やら、花飾りを頭に巻いた少女がとてとて歩き、公衆広場ではデカい人形が木の枝やら蔓で組み立てられている。


 夜中に焼く人形だ。


 中には茶木細工の人形がゴロゴロ入っている。村長や老人の話だと、一〇〇年くらい前には生きた人間、村の外で拉致した奴や、犯罪者や病人、老人を入れてたんだと。


 と言うことを俺はスカーレットに話した。


「女の子も着飾っているんだね」


「可愛いだろ?」


「うん。綺麗だ」


 と、スカーレットは祭り衣裳の女の子を目で追う。夏の花と呼ばれる確か……なんだっけ?


「頭の花冠は、村では、夏の花と呼ばれてるもので作られてるんだ。カブトノハナ、ヤリノハナ、ツルギノハナ……そういう、武器だかの名前のもので、昔、有名な英雄が村で死んで、それが花になったからだとか聞いたことがある」


 ギルヴァンではなかった設定だ。


 まあ俺の村は地図も名前も、ゲームには無かったからな。村で死んだ英雄の名前もわからん。


「げッ!」


 と、俺は公衆広場の人だかりを見つけた。


 夜の祭りも始まっていないのに、騒ぎだ。


「貧相な女の一人も用意できないのか!?」


 村人じゃない。


 よそものだ。


 騎士を四人連れた男が、騒いでいた。


 村に娼館なんてあるかよ……まったく。


 揉め事の矢面も俺の仕事だ。


 ビジュアルが村で一番だからな。


「おい、あまり無茶を言うなよ騎士殿」


「なんだ貴様」


 と『揉め事』が振り返りながら、腰のロングソードを抜いた。悲鳴が、騒ぎが大きくなる。


 俺は凡人だぞ?


 剣先を突きつけられたら小便漏らしちまう。


 揉め事の顔に見覚えがあった。


「ラグナ・ゴジソン……さま」


 なんだよもお、いきなりかよ!!


 ラグナだ!


 騎士イレーヌがうざくて仕方ないし、村長がお前死ねよとほぼ言っている、ナイトストーカーの、あの、ラグナ・ゴジソンじゃねーか!


「うッ」


 と、ラグナは、俺に剣先を向けたまま、隣の巨女スカーレットを見上げてうめく。


 おい、失礼すぎるだろ。


 これは巨人みたいな200cmもある成長期の乙女だが、モンスターみたいな扱いは無礼すぎる。


 レッドナイト家に言いつけてやるからな!


「貴様ッ!」


 と、俺は強気に攻めた。


「ここにおわすはレッドナイト家の御息女、スカーレット・レッドナイトさまと知っての抜剣であろうな!?」


 俺が一括する。


 すると、ラグナは引っ込みがつかなく、剣先が右往左往に揺れた。さっさと鞘に戻せよ。


……こいつ、剣だけじゃない、拳銃を持ってる。


「なんだ!?」


 ラグナの取り巻きの騎士が耳打ちする。


 征伐騎士はラグナに何かを吹きこんだ。


 それの効果なのか──


「悪漢と勘違いし剣を抜いてしまった無礼、まことにもうしわけなく、重ね重ねの謝罪を許してほしい」


──ラグナはやっとロングソードをしまう。


 俺は、スカーレットに目配せした。


 スカーレットは沈黙したまま、小さくうなずく。寡黙はいいロールだ。迫力がある。


 問題は……ラグナめ。


「お初にお目にかかります、スカーレット・レッドナイトさま。わたくし、ラグナ・ゴジソン。将来は同じ、騎士イレーヌのもとに騎士として研鑽しあいますのでお見知りおきを」  


 思っていたより『バカじゃない』ぞ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る