「どうした、リドリー?」

「おッ、イモムシだ。きもちわるッ!」


 俺は椅子の上を歩いていく、デカい偽物の目玉模様で脚の多い、おまけにビームを出しそうな角のある幼虫を木陰におろす。


 木の枝の橋を渡りどこかに行くのを見守る。


「リドリー! 村長が呼んでるぞ、騎士絡み」


 村では、魔人騒動から、リューリア到着で一変してしまった。騎士団や学園の生徒が、馬車に馬にと入ってきて、魔人の調査を始めやがった。


 スカーレットあたりは、暇なのか俺の家のまわりを猫みたいにうろついては、教師らしいのに捕まっているのを目撃する。


 そんなにぎわう村を、村長は歓迎するが……村長宅は今、騎士団と学園の代表が泊まる、ちょっとした指揮所になっているのだ。


 俺が呼ばれたのはそこだ。


 また、スカーレット絡みか?


 そんなことを考えながら、村長宅を守る騎士に扉を開けてもらう。


 正規の征伐騎士だ。


 対魔術のアミュレットを何枚も赤い蝋で鎧に付けて、風になびき、重そうなサーコートの下にはいかにもな全身鎧で覆われた人間が入っている。


 村で脱いでいるのを見たことがない。


 兜のバシネット──蝶番で開け閉めができる、扉みたいな仕組みがある鉄の面だ──を開けて素顔を晒しているのさえも、だ。


「村長、リドリー到着しました」


 中へ案内され見たのは村長だけじゃない。


 主人公リューリア。


 最弱のスカーレット。


 それに征伐騎士イレーヌ。


 イレーヌだと!?


 騎士が村に入っているのは知っていたが、彼女がいるとは聞いてはいない! 俺の受け持ちとは逆の入口を使ったのか?


「どうした、リドリー?」


「いや、村長。麗しい麗人がいましたので目を奪われておりました。それで? 呼ばれたとか言われてきたのですが」


 イレーヌ・ヴィンケルマン……。


 ギルティヴァンパイアオーバーロードの騎兵クラスのキャラクターだ。槍か斧を扱うユニットで、ギルヴァンでは何かと強力な騎兵ユニットとして無難にどこでも投入できるキャラだった。だがイレーヌには特段、強い火力や防御や回避に補正はない。なのに使う。それには理由があって、イレーヌのスキルに『地形追随』があるのだ。


 山岳部でさえ騎兵がデバフなしで行ける。


 だが、なぜここにいる?


「待っていたよ、リドリー」


 真っ先に歓迎してくれたのは、面識のないイレーヌだった。彼女、妙に機嫌が良いが初対面のはずだよな?


 彼女は、ほとんど白に近い灰色の髪で、美しくあるというのに乱雑と言ってもよいほど配慮なく一本に結んでいる。彼女の瞳は左右で違い、右は濁った灰色で、左は薄い青。右目には深い傷がある。


 それ以上の特徴もある。


 頰だ。


 イレーヌの右の頰は、皮も肉もなく、歯茎と歯が見えて、美しい顔を恐ろしいものにしていた。


 まあいつものイレーヌの顔だ。


 驚きはないが、相変わらず美しい。


「リドリーくんにお願いがある」


「……お願い……ですか?」


 そう言われて良かったことは、確率的にとても低い。つまりは十中八九、おおごとなものだ。


 イレーヌは剥がれた頰をさする。


 彼女の顔はいかつい。


 だが、その指は、剣を振るってきてお世辞にもお嬢さまだとかお姫さまな美しいものではないが、いかに剣あるいは武芸に打ちこんできたかわかる『美しい指』だ。


 父や母、幼馴染と同じだ。


「騎士団からではなく正確には村からの依頼なのだがな。村長からだ。魔人討伐以後、村では規律が弛み、無法を働くものがいると聞いた」


 と、イレーヌは村長に目線を送る。


 村長の皺と髭の顔は、よそものであるイレーヌら騎士に投げているものだ。


 都合よく利用するつもりか。


「誰かわかっているのですか」


「あぁ。彼の名は、ラグナ・ゴジソン」


「ゴジソン? 聞いたことが無い名前です、イレーヌさん。村の人間ですか、そいつは」


「いや、鉱山を挟んだ反対の村だ。我々がこの村に立ち寄った村で、待ち伏せされた。その村の人間でもない。さて、どんな男だと思う?」


 どんなて……。


 村人ではなく騎士が待ち伏せされた。


 盗賊みたいな悪党なら斬るなり逮捕。


 少なくとも放置する程度の軽犯罪者以下。


 騎士団を追ってやってきた、みたいな?


 男だとイレーヌは言った。


 騎士団を追う男なんて、アホだな。


「騎士にしてくれと付きまといですか」


「うむ、そんなところだ。リドリーくんは、物事を組み立てて考える能力がある、評価しよう」


「ありがとうございます?」


 嬉しくない。


 なぜって、答えを知らない。


 イレーヌは俺をおだてている。


 騎士団で処理できないわけありだ。


 俺を使ってラグナとやら始末させるのか。


「誰の推薦です、こんなバカなお願いなど」


 と、俺はイレーヌにそれとなく非難の目。


 このくらいならイレーヌは許してくれる。


 実際、そうなった。


「まずは村長からだ。村で準備する兵として、きみがいるし装備も貸与しているからと」


 ケチって最低限の一人しか維持していないだろ。知ってるぞ、ガメツイじじいだ。


「そして──」


 と、イレーヌは指を一本ずつ立てて言う。


「──学士リューリア、同スカーレットからの裏付けが強く、意見に反映された」


「リューリアとスカーレット?」


「そうだ、リドリー。魔人討伐で共闘したスカーレット、そして、そのスカーレットを信頼するリューリアの言葉があれば、騎士団は疑いなくきみに任せる。そう判断した」


 とんでもねェありがた迷惑だ!


 俺は警察でも探偵でもないんだぞ。


 命令もなく嬉々と人殺しができる異常者の冒険者ではないし、ラグナと命のやりとりなんかしたくない。


 ボコボコにされるのもごめんだ。


「嫌な顔をするな。なにも暗殺しろと言っているわけじゃない。この手のバカは、実力で他人を評価する。恥ずかしながらうちの下級騎士数人が、これにやられてな。重騎士を出すのも誇りが邪魔をする。きみは手頃なわけだ」


 と、イレーヌは歯茎の見える微笑み。


 騎士の面子を守る鉄砲玉じゃん。


 てか騎士を倒せるのか、ラグナ。


 ラグナ……思いだした!


 ラグナ・ゴジソン。


 ギルティヴァンパイアオーバーロードのキャラだ。確か、自称・正義の騎士でメイスを使う。ブレイカーのスキル持ちで、重装の敵に対してクリティカルスマッシュなのだ。


 騎士相手には、強い。


 いやいやいや、俺、弱者なんだけど?


 俺と比較すればスカーレットが頼もしい。


 無理です、とは、顔には出さず俺は言う。


「それで?」


 と、俺はイレーヌにもう少し訊いてみた。


「ラグナは何をしたら、騎士団に門前払いされたのでしょうか? 王家から剣を受けなければ騎士には成れないものではありますが、かなりの嫌われ具合」


 と、俺はイレーヌにもう少し訊いてみた。


「あのクズが不愉快の極みだから」


 と、イレーヌは吐き捨てていた。


 理由はシンプルそのものだった。



「リドリー・バルカ」


 騎士イレーヌが『彼』の名をこぼす。


 イレーヌ・ヴィンケルマン……『叔母さま』は神妙な顔半分、面白がる半分で、頰のない頰を撫でる。


「スカーレット。私をどう思う?」


「醜い顔をしていますね、騎士イレーヌ」


 私の忌憚ない言葉に、村長はギョッとしている。しかし騎士イレーヌは、小さく笑いの息をこぼしただけだ。


 騎士イレーヌの少し不揃いな、灰被りした色の髪が頰にかけられた。


「スカーレットが気にいるわけだな。この頰に眉一つ動かさなかった。むしろ、女として見ていたな。ふふふ……」


「も、もうしわけありません騎士イレーヌ! 平民ごときが騎士さまにそのような不埒な視線を向けるなどとは!」


 と、村長は慌てふためく。


 それを騎士イレーヌはなだめた。


 彼女のクセのある灰色の髪が、彼女の顔にベールをかけ、青い瞳が月のように妖しく灯るようだ。


「あれはなんだ?」


 と、騎士イレーヌが訊く。


 村長は言葉にためらう。


「……私が発言しても?」


「続けろ、スカーレット」


「本人から聞いたかぎりでは、村の税として維持する強者です。グラディウスの剣をもち、非常時には兵士として伯軍に招集される」


「一般的だな。この村では一人しかいないようだが……まあいい『懐事情』というやつか」


「はい、騎士イレーヌ」


「リドリー・バルカの性格は?」


「愛想の塊でしょうか? つっけんどんを気取るのですが、村娘とよく遊び、狩人をねぎらい、病人をいたわる。普通というには善良です。しかし……村とは一定の距離を」


「問題児か」


「リドリーが家族から離れていることで、ギクシャクしているものがあるようです。親孝行は大切ですから」


「親不孝という性格には聞こえん。ふむ……」


「騎士イレーヌ、リドリーを推薦した理由ですが」と、私が言いきる前に止められた。


 止めたのは、同じパーティメンバーであるリューリアの肘だ。隣の彼が、話をさせない。


 そして私の代わりにリューリアが継いだ。


「魔人の遺骸に、騎士、そして僕らは集中するべきではないかと思慮したうえで、騎士団も学園側も負担のない適役がリドリーでした。魔人との交戦経験もあり、大丈夫でしょう」


 私はリューリアを見て、眉をしかめていた。


 だけどすぐに消した。


 今は、大切なことは別にある。


 切り替えろ、私!


「予言書は“ここ”なんだな?」


 と、騎士イレーヌの質問に、リューリアは強い自信を言葉に練りこんで言う。


「間違いありません。魔人もいた……ソラにあがる舟は、この地に眠っています」


「わかった。騎士団の武器庫を解放する。道具の使用許可をだそう。遠からず、起こるのだな」


 騎士団、それに学園の志願者たち。


 彼女らが来る理由になっただけに、私は拳を握り、爪が喰いこむほど力を入れる。


 魔法がお腹のなかでうねる。


 気持ち悪い。

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