「遊びに来たかな!」

「リドリー!」


 と、朝早くから、鶏より早い大声だ。


 そんなの最近よくやってくる奴だけだ。


「遊びに来たかな!」


「声がでかい。元気だな、スカーレット」


 魔人討伐後に日が空いて再会してからのスカーレットは、暇なのか俺のあばら屋によく顔をだす。


 ギルヴァンのキャラだ。


 戦いでないなら嬉しくはあるんだが……。


 お前はお前のサブストーリーを進めろよ。


 俺と一緒にいてもマイナスとマイナスでさらに巨大なマイナスのパワー戦力だ。


 と、考えていたら、スカーレットがいつもと違う服装だ。もっぱら、どこのダメお姉さまだよてくらい、村の女衆みたく上半身裸で暴れるわ酒を飲むわの誘いを受けている彼女が、今日は、きっちりしていた。


 制服を着ていた。


 学園の制服だ。


 それはスカーレットが、学生だと示した。


 騎士団の騎士スカーレットじゃあないね。


「そういえば学生だろ、お前。学園は?」


 すっかり忘れていた。


 スカーレットは巨大な女で、重厚な鎧だって着ることもあるが、彼女の恰好は騎士学園の制服だ。騎士とは言うが勇者製造を目的にしている学園だ。


 それはつまり、ギルティヴァンパイアオーバーロードの本編において、主人公リューリアが物語を始める場所である。


 ギルヴァン最強となるリューリアも、今は勇者になるための努力と勉強に遊びをしているころだろう。


 まあ、辺境の村のお得意さま。


 近いようで遠い都での話だな。


 スカーレットは都住まいなのに物好きだ。


 最近では村の子供らが作る勇者隊、その最強の乙女として加入しているとかいないとか。


 元気なもんだ。


「え!?」


 と、スカーレットの目が泳ぐ。


 高速水着でクロールの強化選手並みだ。


 冗談は置いておくとしても、さっした。


 学園生活は上手くいっていないのだろう。


 村に、妙に長居しているのも……。


 まああえて突っつく必要もないか。


「長期滞在なら安否くらい学園に出しておけよ、スカーレット。学園も家族も心配するだろ。伝書鳩が手紙を出してくれる」


「手紙はもう出したかな」


「なら安心だな」


 と、同時に、少し寂しくなる。


 スカーレットもいつまでもいない。


 村にいない客人だからな。


 スカーレットがいるのは新鮮だ。


 行商人のオドシが来るときにでも帰るだろう。


「実は学園で馴染めてない……」


「いいって、スカーレット」


 言わないでくれよ。


 気にしちゃうじゃん。


「レッドナイト家のハズレのほうだからさ。すごい期待されてるのかな。でも応えられないんだ。上手くいかなくて。でも! パーティは組めてるかな。声をかけてくれた子がいるんだ。すごいよね。私、こんな大きいのに」


「そりゃいるだろ、可愛いんだから」


 確か、勇者学園じゃパーティの編成が前提か。


 ファンタジーゲームではお馴染みの単位だ。


 戦士とか魔法使いとか泥棒とか忍者とかだ。


 スカーレットはパッと見でタンク──攻撃を吸収するしぶとい肉盾だな──なので、後衛、魔法使いとか弓兵と組むのか?


 いや、ギルヴァンじゃそうじゃなかったな。


 変にいやらしいシステムで、前衛が不十分だと普通に後衛が抜かれて役に立たない。投射武器系は、固い前衛ありき。無けりゃ特攻だ。ただし前衛を固めた弓兵や銃兵は、とんでもないダメージレースを稼いでくる面倒臭さがあった。


 パーティの数次第だな。


「……リュ……」


 と、スカーレットはくちごもる。


 犯罪者とパーティ組んでるのか?


 言いづらいようなのとパーティなら、流石に見過ごせな……何を考えてるんだ俺は、バカ。


「リューリアっていう平民の人で、入学してからすぐ、実力を伸ばしている無名の有名人」


「ず……」


 今度は俺がくちごもるだろ!?


 リューリアだって!!


 ギルヴァンの主人公だ。


「随分と恵まれたんだな?」


 少し、俺の声は裏返った。


 声を戻して話をつづける。


「有望株にパーティのお誘いを受けたわけか。スカーレット、期待されているぞ」


 スカーレットの顔を見る。


 クリーム色のエアリーボブの髪は、こころなしかしょげている。


「どうした? 不満があるなら、不満は全部吐いて、辺境で捨ててけ。こんな田舎じゃ話しても、学園までは届かねぇよ」


 スカーレットは決めたようだ。


 その顔には覚悟が引き締まっていた。


……ほんと、自信があるとき、かっこいいな。


「リューリア、ちょっとおかしい」


「女好きで放蕩かい?」


「そうじゃないけど……」


「ふむん……例えば、悪いやつ?」


「うぅん、学園ではそれなり。平民だから嫌われてることもあるけど、みんな顔には出さないし、実力は認めてる」


「バランスを崩さない程度には社交的か」


「うん。積極的すぎるくらい話かけてる」


 なるほど。


 不思議だ。


 ギルティヴァンパイアオーバーロードでは、主人公を操作する。会話イベントが多いわけだが、少し詰めこみすぎなくらい、あらゆる場所で、イベントがあるのだ。


 バランス無視の過剰さで不便なゲームだ。


 プレイに慣れてくればテーマを絞る。


 面倒くさいからな。


 ゲーム抜きにしても、リューリアくんは自分の立場を考えて嫌われないよう動いていると。いいじゃないか。なんだかんだで、大切なことだ。


「パーティメンバー囲おうとしてるっていうか、うちのパーティは女性ばかりにしようとしてるみたい。それで、リューリアと、リューリアの友人が喧嘩にもなったの」


「ハーレムを築きたい野郎か……」


「ハーレム? まさかだよ」


 スカーレットは「まさか」と笑う。


 まあ、そりゃあそうか。


 平民が貴族の子女を何人も囲う。


 そいつァ、ヤバすぎる。


 主人公リューリアか。


 いよいよ、ギルヴァンの世界て感じだ。


 スカーレットはあまり好きではないらしいが、俺は……正直、会ってみたくなったな。ドラグヘイムを救う救世主に。


「スカーレット!」


 俺がリューリアに思いをはせていると、中性的な声が響いた。村の外から誰かくる。


 客の多いことだ。

 

「リューリア!? 本当にいたのか!!」


 と、スカーレットがばね仕掛けに弾かれたように椅子から立つ。


 少年だ。


 若いな。


 深く蒼い紺色の髪に、彫りが深く目鼻の立つ顔つき。屈強さと柔らかさのある肉体は、力強さを放ちながらもスマートだ。間違いなくモテるに違いない、筋肉と顔だった。


 ギルティヴァンパイアオーバーロード主人公。


 リューリア・サンダーボルトだ。


「スカーレット。学園に届いた手紙は読んだ。魔人討伐を成した英雄が、村にずっと滞在しているだろう? 英雄とはきみのことだが、学園は、きみが手傷を負っているのではないかと心配して、表向きは村の被害の調査の名目で僕が派遣されたてわけさ。元気そうでなによりだよ!」


 はは……村の被害はついで、ね。


 魔人でそれなりの被害なんだが。


 村人の前で言うんじゃないよ。


「それは?」


 と、リューリアくんが顎で指す。


 俺のこと言っていた。


 モブの雑兵だからな。


 そういう扱いだろう。


 気分は、良くはない。


「親友かな」


「おい、スカーレット、親友は過言だろ」


「過言じゃないよ。一緒に魔人を討った」


 リューリアが鼻で笑った。


 は? 地獄耳で聞いたぞ。


「魔人、討伐……ねェ?」


 リューリアは笑顔を浮かべた。


 人なつっこく、ヒヨコみたいにとことこ近づいてきては、友好的な素振りで握手の手を差し伸べてきた。


「リューリア・サンダーボルトだ。スカーレットと同じパーティの仲間だ。うちのスカーレットを助けてくれてありがとう!」


「いやいや、スカーレット殿はさすがは勇者学園の生徒という誉れ、魔人を相手に決してひかず、巨躯怪腕を相手にかかんな戦をされました。歴戦の兵といえどなかなかやれるものではなく、見事でした。スカーレット殿だけでなくパーティとして活動されていれば、ご活躍を見れたのでしょうが、残念でしたね」


「えぇ、そのとおりです。些事であるとの僕の判断ミスです。ドラグヘイムと言えど、彪民の近いこの領域は学園からはなかなか足が伸ばしがたい」


 握手した。


 お互いグローブもガンドレッドもない。


 掌の皮、そして体幹が手越しに伝わる。


 あまり剣を振るっていないな。手の皮は綺麗で、体幹も弱めで安定していないほうだ。魔術師系か。


「パーティは一蓮托生。女性を狙うように、あれこれ目移りしたり、ないがしろにすれば、信頼を無くしてしまうかもですな。大切なものを絞れるリューリア殿は優秀なのでしょう」


「ははは、ありがとうございます」


 と、リューリアは握手を解いた。


 思ったよりつれないじゃないの。


 俺の手は恋しいと言っているのにな。


「スカーレットがご迷惑をかけただろう? 彼女、少し変わっているが許してやってくれ。悪気はない。今回も勝手に学園を飛び出して迷惑だった。すまない、学園を代表して謝らせてくれ、リドリー・バルカ」


「……なあに気にするな。良い子だったよ」


「スカーレット。僕はきみを迎えに行けと言われてはいるが、いつまでとは言われていない。村を案内してくれるかい? 村長に挨拶とお礼、今回の事件の補填も話し合わないと」


「……わかった、リューリア」


 と、スカーレットは、俺を見ながら物言いたげな表情を浮かべる。言ってもいいかどうか、子犬みたいにうかがっているのだ。


 はよ行け、と、俺は手を振った。


 スカーレットの案内で、リューリアが村の中へと招かれるのを見送りながら、俺は空いた椅子に腰掛けた。


「いやぁ、あれが勇者候補ですか!」


 と、行商人のオドシが過ぎていく。


 そうだな、あれが、勇者候補の一人だ。


 むかっぱらがたつのは、なんでだろう。


 俺が気にすることじゃねぇだろうにな。

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