「魔人と比べりゃ平和なもんだ」

「魔人と比べりゃ平和なもんだ」


 小鳥がさえずる声に耳を傾ける。


 数日前の魔人襲来が嘘のようだ。


 村はあっという間に復興していて、大災害の魔人のことを考える暇もなく、忙しそうに、村の人たちは今日も働く。


 俺は、いつもどおりの防人の仕事。


 門の前で腰掛けて、村人の出入りを見守って、帰ってこない悪ガキどもを探すくらいの退屈で平凡な日々を今日も満喫していた。


「スカーレット・レッドナイト、か。ツルペタ女め、村に居座っている理由はなんだ? 魔人の報告に戻ればよいのに……オドシだけ先に帰っちまった」


 わからん、スカーレット・レッドナイト。


 確かスカーレットてキャラは、ギルティヴァンパイアオーバーロードのゲーム中では序盤に、仲間になる可能性があるサブキャラだ。


 攻撃が弱い、セルフデバフ状態、魔法がまったく使えない、あらゆる能力値が低水準で、モブユニットのが強いこともしばしばの最弱だ。


 キャラクターをフルコンプリートしたいのでもないかぎり、仲間にしたくはないし、する必要性も無いので、仲間への勧誘条件が簡単に揃うのに、よく無視される。


 ビジュアルもそんな良くないしな。


 肩にかからない程度のミディアムなボブカットの髪はフワッとボリュームがありクリーム色、垂れ目がちであり、おっとりしていることが逆に余裕を作り、200cmという巨体がさらに大きく見せる。


 スカーレットにストーリーなんて……。


 レッドナイト家の二女だったか。名前の通り騎士の家であり、スカーレットも幼少の頃から鍛えられているし、騎兵特性を持つから乗馬の訓練も積んでいるのだろう。ただ、他人の視線に弱い。同じ仲間が、同じ部隊にいる数だけデバフされるスキル『緊張体質』持ちだ。


 スカーレット、お前は戦うな。


「私の……心配してくれてたの!?」


「え!?」


 俺は背後からのスカーレットの声に、椅子から、バネ仕掛けの玩具のように立ち上がった。


 クリーム色のふわふわした巨人がいた。


 デケェ……。


 スカーレットの落とす影が、俺を包む。


「何か、ようですかい、スカーレット」


「ドタバタしていたから言いそびれた、お礼を君に言いたくてね。探していたんだ。会えてよかった、偶然だね、リドリー」


 俺、ずっと門の用心棒をしていたぞ?


 村の誰に訊いても指差し答えるだろう。


 そして村を散策すれば半日とかかからずに、俺の居場所だって見つけられる。数日もかけて探す……妙だな。


 ははーん。わかったぞ。


 人見知りと方向音痴だな。


 スカーレットならありえる。


「言ってくれればよかったのに。スカーレット、椅子に座れよ」


 と、俺は、手作り椅子を勧めた。


「大丈夫かな?」


 と、スカーレットは大きなお尻を俺に向けながら、ゆっくりとおろす。


 恐る恐る、といった雰囲気だ。


「……」


 俺の下半身がもんもんする。


 スカーレットの尻から目を逸らす。


 だが目がまるで引っ張られていた。


 今のスカーレットはインナーだけだ。


 ほぼ、下着と変わらない。


 ギルヴァンの下着とは、まことに残念なことに、繋ぎ服のような構造であり、まあ全身タイツが違い。収縮性のある糸で編まれていてぴっちりしているのだ。


……スカーレットの尻の割れ目まである。


「わあー、大丈夫そ!」


 と、スカーレットは椅子をきしませた。


 女の凶器が片付けられて何より──


「ん? リドリー?」


 ──スカーレットの胸がくっきり。


 インナーは縁取り張り付いていた。


 破廉恥です!


 俺は咳払いして「なんでもない」と返す。


 するとスカーレットは神妙に話を続けた。


「……魔人討伐の手助け、ありがと」


「感謝は村人に言え。怪我したやつ、家を失ったやつ、戦った全員が、あの夜の伝説の一部になった」


「うん。ちゃんとこの功績は伝える」


 と、スカーレットは拳を固める。


 それを見て、俺の気はやっとゆるむ。


 なんだすごい素直な女の子なんだな。


 まっすぐで、純粋すぎる。


「まあでも、スカーレットは騎士団にいるわけだし、村人の功績てのは省略されちゃうか。スカーレット個人の勲になるだろうな」


 俺は、スカーレットに注意しておいた。


 彼女はこの先に揉めるのが見えた気がした。


 いない、遠い、そういうのに気をつかってまで征伐騎士の功績を分解する必要はない。俺らは村にいて、騎士団とは離れている。誰も文句はつけない。


 だが純情スカーレットは反抗するかも。


 だからそういうものなのだと伝えとこ。


 あー、でもスカーレット今は学生か?


「村人だからな。でもスカーレットがいる。村の伝説にスカーレットが入った。もう仲間だ。だから村の経験値は全部、スカーレットに渡すということで、騎士団で上手く使ってくれ」


 せめて緊張体質のスキルを除去しろよな。


「スカーレット?」


 どうした?


 スカーレットはうつむく。


 だが座高が高いので、簡単にお顔を拝見してすることができた。ちょっとした悪戯心もあった。気弱そうなスカーレットだからか、俺も気楽だったから。


 スカーレットは最弱だし。


「ん〜? あぁ、なるほど」


 まったく!


 マイペースだな!


 スカーレットは地面を見ていたのだ。


 湿り気が僅かにある土に足跡がある。


 猛獣というにはかなり小さなものだ。


 猫の足跡だ。


「猫だ。夜になるとどこからか帰ってくる。森で生きてるたくましい連中だよ……一緒に見にいくかい?」


 猫、好きだしな、俺。


 ギルヴァンの猫は思ったよりただの猫だ。


 猫又の復讐鬼みたいなキャラもいるが、この村の猫はただの猫だろう。


「ナンパされてるのかな?」


「違うだろ、なんでだよ、スカーレット」


「一緒に猫を見ようて口実だと思ったかな。都だと、けっこう似たようなことあったから」


「都の人心は荒んでるな」


「かな? ふふふ」


 スカーレットは微笑みながら、しなやかな指の手で口元を隠す。だが彼女の目には、おかしさ、が、漏れて伝わっていた。


 そんな笑わなくていいじゃん。


「ごめんかな。拗ねないで」


「こんなことで拗ねないよ」


「嘘ー。ムスッとしてる」


「してない」


「してるー」


 クソガキかよ!?


 しょうもないムーブだ。


……でもなんだろう胸が掴まれてる感じだ。


 何をバカ考えてるんだ!? 俺は!!


 スカーレットはギルヴァン最弱キャラだぞ。好きになったところで生き残れるのか? メリットが無い。ましてやスカーレットは、主人公と戦う可能性が高いんだ。


 ギルヴァンに転生して実感した教訓だ。


 ユニークキャラは──バケモノなのだ。


 それこそ俺レベルから見れば、魔人と大差などまったくないのだ。関わっていいものではないし、スカーレットに僅かでも惹かれるわけには、いかないだろう?


 ギルヴァンのストーリーなど知るか!


 戦い続けるてのは狂気の沙汰なんだ。


 俺は、普通の人間なんだ。


 お近づきになど考えてはいけないのだ。


 あくまで俺と彼女は他人でいるべきだ。


「……リドリー、私がいるのは迷惑?」


「今更何を気にしてんだ。あんた、そんなキャラじゃないだろ、スカーレット」


「まだ会って数日だよ?」


「……単純だからすぐわかんの」


「それはちょっと不服かな」


 ふはは、スカーレットの心なんぞ。


 一々表情にそのままあらわれるぞ。


 今のスカーレットを見る。


 眉間に皺、まぶたが半分下りて、へにょ口。


 一目瞭然だな。驚いていない感じではないし、何度か言われたことはあることを思い出しての表情なんだろう。


「……今度は私からあなたを裸にする」


「ははっー。何を訊いてもいいぞ」


 ただし、俺はポーカーフェイス使いだ。


 簡単に読み取れる情報など何もないぞ?


「なんで魔人と戦えたの、リドリー」


「村のみんなと協力したからな」


「魔人は一匹だったけど……普通は逃げる。それにきみは弱い。でも、きみは、恐怖に震える村人をまとめて一緒に戦った」


「スカーレットは逃げていたしな」


「に、逃げてないかな!?」


「見ていなかったことにするよ」


「うぅ〜」


「唸るのやめろ」


 正直、ありがたい。


 スカーレットが不機嫌そうに頰を膨らませた。


 クリーム色のふわりとした髪が揺れる。彼女の汗のついた臭いが風に流れる。悪い気は不思議としなかった。


 スカーレットはしばらく座りこむらしい。


 俺は鎧を着たまま、軽く体を動かした。


 肩の関節が大きく鳴った。


 ちょっとびっくりした……。


「なんで魔人と戦ったか訊いたな」


 単純なんだけどな。


「村じゃ独り暮らしなんだ。俺も、それなりに役に立っておかないと大変なんだ。友だちとかいなさそうだろ」


 村の中に居づらいから外にいるんだしな。


「そうだね」


「否定しろよ」


 まったく。


 スカーレットはいつまで居着くんだ?


「リドリーはすごいよ」


「すごくない。がらじゃないが、本当は寂しがり屋なんだぞ。ひとりで死ぬのが怖いから、村で唯一の兵士をやってんだ」


 俺は話を続けるか迷った。


 だがこぼした、つい、て、やつだ。


 そう俺自身に言い訳した。


「弱いんだ。強い奴に守られたい。目星はあるんだ。そのためには村の外に出る必要がある。だけど、怖いんだよ。守られるためには、自分から動かなきゃなのにな?」


 自嘲して、笑った。


 マリアナ姫は村にいねぇんだよなァ。


 個体値最強に守られたいよ、ほんと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る