【第2部・完】ゲームのモブ兵に転生したので個体値最強の推しに守られたいんですよね!

RAMネコ

第1部

「だから手に余るッての!!」

「だから手に余るッての!!」


 怪獣みたく異形の魔人が、腕だか足だかを振り回しながら突撃してくるのを、なりふりかまわず跳んでかわす!


 安物とはいえ皮鎧に槍の重さで泥に沈んだ。


「起きろ! 起きろ! 魔人は目の前なんだ」


 泥のなかで転がるように起きる。


 汚らしく泥のまみれながら闘う。


 戦うなんて綺麗なもんじゃない。


 必死に死なないようもがいた。


 魔人のクソは、そんな俺を見ている。


 人擬きのクセに、嫌な人間そっくりな笑い声をあげながら、また走ってきた。


 泥を跳ねあげ俺をミンチにしようと!


 泣きべそかきながら避けるのを面白がってやがるし、俺がミンチになってもオモチャとして満足するのだろう。


 気にいらねェ。


「雑魚だとナメてやがる」


 実際、力は隔絶していた。


 俺はなんだ?


 ユニークじゃないモブだ。


 口に入ったら泥を唾ごと吐く。


 村の槍を、ヒビのある、満月には一歩足りない形に欠けた盾に載せて構える。泥に濡れた槍の穂先は、まだ欠けてもいない!


 俺の後ろには村があるんだ。


「来いよクソ野郎がッ!」



 ギルティヴァンパイアオーバーロード。


 縮めてギルヴァンと呼ばれていた、ファンタジー系のシミュレーターロールプレイングゲームである。


 別に大人気だったわけじゃない。


 AAAクラスの大作に比べれば、シナリオの盛り上がりはイマイチだし、キャラクターもいまひとつ何かが欠けていて、最高の作品というには少しずつ欠けている凡作だ。


 ただ……俺はギルヴァンののファンだ。


 年々、人生てやつが退屈になり、他人とも家族とも疎遠になるのを感じながら大学を卒業して就職するまで気力を保てたのは、少なからずギルヴァンのおかげだ。


 だからまあ、少しは感謝してるんだぜ?


「だから、こいつァ、俺が不甲斐なかった」


 人生てのは、上手くいかねぇな」


 自嘲することで久しぶりに笑った。


 なぁに、まだまだ人生これからだ。


 どん底じゃあないさ。


 ギルヴァンのキャラ連中は、むなしい努力の先のエンディングみたいなとこあるが、きっちり、それでも掴むものがあったはずだ。


 俺一番の推し、マリアナ姫だってそうだ。


 ギルヴァン最強ユニット、マリアナ。ファイアーボルト家の竜巫女で、凄まじい行動値によるどんな相手に対しても二回攻撃を発動し、再起動で二回行動をする、異様に強いのがギルヴァンにはいるのだ。


 彼女は元々、主人公とは敵対する勢力に属していて、条件を満たすことで仲間へと加入する。そして彼女とのエンディングを迎えれば……ギルヴァンの動乱を引き起こした神々が、盤上にいたら強すぎて退屈だからという理由で、処理しようと決める、という流れだ。


 ハッピーエンドて感じではない。


 だが、マリアナの戦う理由は、どのキャラよりも薄くて、戦いの最初から最後まで、何も得ていないからこその結末なのかもしれない。


「むくわれないこともまた人生」


 俺も、もう少しがんばれる。


 日本だしな。


 いくら不景気だからってな。


 生きていくことはできるさ。


 希望を忘れるな。


 そう学んだろ?


「そろそろ再就職先を探すか。結婚して、嫁さんの顔も見たいし、子供も。猫も飼いたいな……猫はこの世でもっとも美しい生物だ。それにコウイカウニカニミソも食べたい……」


 アパートを追い出されて、馴染みのない公園のベンチから、街灯が灯るの見ながらふと、そんなことを思うのだ。


 やるぞー。


 まだまだ中年のおっさんだ。


 若い、若い、なんでもできる。


 人並み以上の幸福は無理でも、俺の幸福を感じる指数は平均よりたぶん低いのだ。


 好きな人がいてくれたら嬉しい。


 ギルヴァンのオフィーリアみたいな?


 戦闘種族であるヴァルキリア族で、ペガサスに騎乗する、ヴァルキリアⅤてスキルを最終的に獲得するユニット値高めのお姉さんだ。


 賓乳なのがいいな。


 ギルヴァンは賓乳キャラばかりだが……。


 俺は男子だ断固として巨乳派なのだが。


 おっぱいが大きければパーフェクトだ。


 唯一の、オフィーリアの欠点だな。


 マリアナかオフィーリアか……。


 愛するキャラは甲乙つけがたい。


 俺はゲーム中、二人を同じ隊に入れたぞ。


 主人公、マリアナ、オフィーリア前衛だ。


「寒いな」


 口、動いているだろうか?


 声、出ているのだろうか?


 白い息を吐くのが見えた。


 すぐ近くのデパートでは、家族連れや、夕飯に足りないものを求めてか、たくさんの自動車や人が喧騒と一緒にあるのが見えた。


 俺は固いベンチに横たわりながら見る。


 激しすぎず、静かすぎず。


 認めよう。


 こんなにも死てのは、誰の目にも止まらないんだな。


 静かだぜ。



「息子だ」


「男の子ですね」


「息子だ!!」


 と、男が俺を抱きあげ振りまわす。


 おいおい、死んじまうぞ。


 産声の一つもあげていない俺を、男と女が、ねばねばとして、口から粘液垂らすしわくちゃな俺を、さも、待っていたかのように喜ぶ。


 赤ん坊だ。


 それはわかる。


 解脱できなかったらしい。


 徳は積んでないから転生しちまったか。


 嬉しさは……まったくない。


 前世の俺のままなのだ。


 きっと何も変われねぇ。


……で、こかぁどこだ?


 日本じゃねぇんだろうな。


 俺の種と、俺を股から産んだ女は、両親だろう連中は銀髪だ。黒髪じゃない。銀髪に緑目だ。


 わからんな。


 臍の緒を切られ体も吹かれた。


 柔らかなタオルにくるまれた。


「この子は将来、征伐騎士になるぞ!」


 と、父が俺の頰を突く。征伐騎士?


「呆れた。この子は錬金金物屋!」


 と、母が俺の手に指を入れる。金物屋?


 なるほどな。


 聞いたことを、覚えているぞ。


 ギルティヴァンパイアオーバーロードで、征伐騎士とは円頭十字教の暴力装置で、人間の品種改良と形質を鍛錬で獲得することを至上に、叛逆する異教徒皆殺しのプロ集団だ。


 金物屋は金物屋だ。


 鍬や鎌でも作るんだろ。


 俺は、ギルヴァンの世界にいるらしい。


 カエルやムシを食べたり、何度かの飢饉を生き延び、魔法を放ってくる獣に食われることもなく無事に生き延びて、体格にも恵まれたことで、村の用心棒というていで飾り物をしている。


 村か供出する選抜兵士だそうだ。


 村の経費で武具を揃え体を鍛える。


 そういう義務を持たされている。


 それが、俺ということになった。


「ふわぁ〜……」


 おおあくび。


 鎧や兜を締めて、槍と刀と弓と矢筒をぶら下げたまま、村の入り口に立つ。


 正確には手作りの椅子に腰掛けている。


 村は、堀と壁で囲われていて、入口は、俺が守っている跳ね橋と同じものが、もう一つあるだけだ。


 賊が襲ってきたことはない。


 熊が出てきたときは門の内側に逃げ帰って、みんなで石を投げて追い払った。ちょっとした城の防衛戦で大事件だったのは、熊くらいだな。


 ギルヴァン世界といえば、魔人がいる。


 恐ろしい超常存在だ。見た事はないが。


 幸いなことに、魔人魔物に滅ぼされるようなイベントもなく、食糧に不安があったときもあったが、食糧庫の備蓄も多い。


 村は平和。


 そんな村のお飾りとして、弓の弦を弾いては、膂力を維持しつつ一日を過ごす。たまに行商が来たり、交渉のときに見てくれだけで、相手方の用心棒と釣り合わされたり。


 まあ、そんな日々だ。


 ギルヴァンは、戦火に巻きこまれる。


 王子の復讐、呪いを解くための旅、神に滅ぼされないため侵攻する悪魔や天使、世界を終わらせるために来るやつや、死んだ英雄連中を生き返らせたいヤバい妖精もどきとか、恐ろしい連中と戦争ばっかりだ。


 ゲームでは楽しかった。


 今は、少し安心してる。


 毎日戦って、毎日、手足を失ったりせずに生きるだけでも、モブ兵士程度では過ぎた望みなんだな、これが。


 そういえば。


 ギルヴァンの主人公リューリアは今頃、学園で学友らと、豊かなスクールライフを過ごしているのだろうか?


 勇者覚醒なりハーレムなり。


 勝手に外の世界でやってくれて話だ。


 よほどでなければ世界滅亡クラスのイベントは、ギルヴァンでは起きない。俺の住む村も、大変なことにあわないままであってほしいな。


 麦やトウモロコシを育て、冬には燻製肉を食べ、春には種を蒔き、時折、行商人がやってくる。


 そういうのは悪くないもんだ。


 居場所があるからな。


 俺の骨も、村に埋められる。


「おー……早いな、オドシだ」


 駄馬と荷車と一緒に、灰色の街道の先からやってきた馴染みの行商人オドシが、手を振りながら近づいてきた。


 いつもより少し早い到着だろうか。


 もう少し暑くなってから例年は来る。


 村の洞窟から切り出した氷を買うためだ。


 夏の氷は、よく売れる。


「オドシ、そいつは弟子かい?」


「おう、リドリー・バルカ。ちょっと拾ってな。鍛えているところだ」


「オドシさん!」


 と、オドシの弟子が割って入る。


 弟子はよく磨かれた胸甲を付けていて、座っているとはいえ背丈は『200cmくらい』あり、馬上で使うような長柄のウォーハンマーと重厚な分厚さの大盾を持っていた。


 いきなりで驚いた。


 ギルティヴァンパイアのキャラクターだ。


 行商人の弟子なものか!


 征伐騎士付き従士見習い。


 スカーレット・レッドナイトだ。


「私はスカーレット・レッドナイト!」


 あぁ、なつかしい名前だ。


 ギルヴァンが海外版だとかMODだとかで、名前やらアイテムやらシステムやら、改造されたバージョンじゃなくてよかった。


 ゲームの世界そのもの。


……それもまたおかしいのではあるが。


 研究テーマだな。


 不思議な話だ。


「あなたが噂のリドリーね」


「……う、噂か?」


「えぇ! 武勇伝だとオドシから色々聞いてる。例えば村一番の巨乳の女の子への、悪童らの卑劣ないじめを止めて慕われているのに欲情しないとか。宿屋の未亡人が手篭めされそうなとき愛人発言と決闘で囲んだりとか。山の主を怒らせた偽勇者を全員生きて村まで命からがら連れ帰ったとか」


「ろくな話がねェ!?」


 何を話してんだオドシの野郎。


 どれも俺にとっては汚点になるくらい、上手くいかなかった大失敗の事件じゃねぇかよ!


「だから安心してる!」


 安心?


「聞いていないのか?」


 何を?


「魔人があらわれたんだ。その調査、可能であれば討伐せよとの命令を受けて派遣されてきた。村長が依頼を出して受理されたんだぞ」


 初耳だった。


「魔人……」


 ギルヴァンにおいて魔人とは厳密だ。


 魔人という種族は存在しない。


 一種の病気だ。


 そこにはファンタジーらしさが極端に薄れて、ある種のホラー要素が強まる設定がある。


 魔人とは、さまざまな生物が変化した物だ。


 特に長命なエルフに多い。


 その根幹にあるのは細胞の悪性ガン細胞化であり、無限に増殖する細胞に肉体は崩壊して、知能も白痴の極みにまで失い、不死に近い化け物として、あらゆる口に入る物全てを食らいながら徘徊する……末期患者の化け物が『魔人』だ。


 エルフ、特にハイエルフは長命だ。


 ゆえに魔人化を特に恐れていて、頭がハッキリしているうちに死に場所を求めると、ギルヴァンのイベントにもあった。


「……魔人ですか」


 ゲーム的にはボスクラスだ。


 ギルヴァン最強ユニットのマリアナを呼びたくなる。助けてくれマリアナマン。


 あるいは主人公のリューリア、性別が選択制だから男か女かわからないが……。


 マリアナもリューリアも、どちらもギルヴァン最高難易度ムーンクライシスで、一線を張れる化け物なのだ。


 化け物には化け物をぶつけてくれ。


 俺なんて農奴兵くらいの能力値だ。これがどのくらいかというと、召喚ユニットが召喚する壁役くらいだ。経験値にもなれない、薙ぎ倒されて、数秒間を稼ぐ肉壁である。


「安心してください! 私がいます!」


 スカーレットは華麗にアピールする。


 背が高くて美人だが可愛らしく見えた。


 自信に満ちていて明るくて……強そう。


 とても『ギルヴァン最弱』とは見えない。


「……魔人……」


 スカーレットとオドシが村に入る背中を見送ったあと、色々と考えてしまう。


 魔人があらわれたらひとたまりもない!


 かといってどこにも逃げられない。


 魔人が近くにいる、かもしれない。


 かもしれない、なので、どこか現実感が無かった。いるだろう、ではなく、いないだろう。わざわざ村には来ないだろう。


 魔人と会いたくない。


 それが、魔人はいない、と考えれば安心させてくれる。魔人を怖がりながら過ごしたくない。怖さと、向き合いたくない。熊だって本当に恐ろしかったのだ!


 だが同時に、魔人が来たらと考えてしまう。


 村にも武器はある。


 しかし真っ先に、魔人の顎門の先へと突き出されるのは俺だ。嫌だが、村での役割でもある。


 俺と、スカーレットか。


 ギルヴァン最弱ユニット。


 正確には、雑兵を除いた、名前有りのユニークユニットとして最弱なので、本当に最弱なわけではない。


 スキルとかどんなだったかな。


 確かクラスはドレッドノートだ。


 これは前衛の壁をしつつ、反撃でダメージを稼ぐ。敵の攻撃を一身に受け止めるスキル、反撃のカウンターを強化するスキルで固めたくなるクラスなわけだが……問題がある。


 そもそもドレッドノートてクラスが外れだ。


 敵の攻撃を全て引き受けるのは良いのだが、かといって、回避が高くなるわけでも、特別に固いわけでも無く、あっさり落ちる。


 重装備にユニットに特攻、ダメージが倍加するアーマーブレイカーとかちあいでもしようものなら、レベル差があっても即死する柔らかさだ。


 不遇クラスだ。


 そしてそんな不遇のなかでもスカーレットは、さらに能力値が低い。確か……『緊張体質』で三ユニット以上から攻撃されると、反撃と防御が大幅ダウン、『傷のトラウマ』で体格値が高い敵を相手にすると全能力大幅ダウン、『巨躯の誘惑』で遠距離武器の回避率ダウンだ。


 デバフである。


 五個解放するスキルの三個がそうだ。


 ギルヴァンというゲームは、とにかく当たるときは容赦なく当たるので、回避盾は意味がなく、物理的に防御値を上げて受け止めることが一番信用できる。


 その防御力がスカーレットの場合、セルフデバフで二重に大幅低下なのだ。それゆえに作中屈指の弱いユニットで、レベル詐称と言われていた。


 ギルヴァン開発者はスカーレットが嫌いなのか?


 イベントが未実装なだけとの噂もある。


 都市伝説レベルでは実は最強ユニットとして覚醒するのではないかとの噂もあったが、販売から今まで、発見されていない。


 そういうのがスカーレットだ。


 魔人と会っても勝てはしないだろう。



「魔人だァ!!」


 叫び声。


 篝火のなかで、惨劇の場と化した。


 炭焼きをしている、村から少し離れた小屋だ。その夜は、炭焼きが失敗して、夜通し、カバーするための残業をしていた。


 火の手があがった。


 その連絡を受けて俺たちは出た。


 魔人だ、魔人があらわれたのだ。


 村の壁は小枝でも折るようにあっさり、魔人の巨体に押し潰され侵入された。あとは、金魚が群がる水槽に、巨大な肉食魚を入れたようなものだ。


 手当たり次第だ。

 

 幸運なことは魔人は比較的弱い。


 被害はまだ、家屋が燃えたり、倒れたり程度だ。見える範囲では、だが。


 村人も武装して魔人と対峙していた


 魔人は一匹だ。


 鍬、杵、鎌、棍棒……。


 あらゆる物で魔人に立ち塞がる。


 村は失えない。


 逃げることはできないのだ。


 食糧庫を失うわけにはいかない。


 春の収穫直後の食糧庫と、畑と家畜を失えば、村が冬を越すことはあまりにも難しい。


「えぇい、荷車でもなんでももってこい! 壁だ、魔人を壁で囲うんだ! そして投げ縄をかけて引き倒せ! 木の根を抜くようにな!」


 と、俺は剣をふるいながら言う。


 まともにやりあって勝てるものか。


「おい、逃げるな! 背中を向けるなら俺がこの場で斬る! 死にたくないなら逃げるな!」


 泣きべその村人の胸を浅く斬る。


 少し肌が切れたのか、血がついたように見えたが、逃げようとする村人を脅しつけてでも、魔人に向き合わせた。


 クソォ、まるで悪役じゃねぇかよ!


 だが絶対誰も逃がせられないんだ!


 数頼みの数がいなきゃ。やられる!


「牛を連れてきた!」


「良いぞ、縄をくくれ! 牛をなだめろよ。よし結んだ、引っ張れ!」


 牛が唸りをあげて走る。


 畑を耕すほどのパワーだ。


 数頭いて、縄を結ばれ、魔人に続いていた。


 魔人が悲鳴をあげるように『倒れた』ぞ!


「今だ! 斧でもなんでもやっつけろ!」


 粗末な武器を手に、村人らは魔人に飛びかかる。みんな必死だ。血飛沫があがり、鯨を追い詰める漁師のように、巨大な魔人へと襲いかかる。


 ごめん。


 でも、俺たちは勇者じゃないんだ。


 数で押し倒し、犠牲を踏みこえてくれ!


「うおォー!」


 俺も加勢した。


 剣を、魔人へと突き立てる。


 皮を裂き、肉を深々と刺す。


 魔人の腕がしなる──俺は沈んでいた。


 一瞬、意識が飛んでいたぞ。


 頭がふらついて立てない!


 たった、たった一撃でこれか!?


 立とうとしても気がついたときには、頭から倒れて、這いつくばっていた。そんな俺を、村人が数人がかりで引いて助けてくれる。


 確か、村の勇者隊の。


 そんな時──。


 ずっと高い声の咆哮が聞こえた。


 盾を捨てたスカーレットが、槍を両手に、魔人へと突撃してるじゃねぇかよ!


「カウンタービルドだろ、お前は、クソォ」


 泥だらけで情けない体を起こす。


 ふらつく足でも走る。


 無くした剣の代わりに弓をとる。


 腕が震えて番えた矢が踊っていた。


 呼吸を整えた。


 喧騒──凪いで、静かだ。


 スカーレットに魔人の足が迫る。


 大樹と同じ太さにも感じる物は、スカーレットを鎧ごとぺしゃんこにしてしまうだろう。


 たんっ。


 俺は矢を放った。


 これは当たる。


 そうなった。


 スカーレットに影を落とした魔人の足に、鋼の鏃が喰らいこみ、彼女の空は晴れた。


 スカーレットのランスが魔人の腹を股間から突き破る──そして刺したまま二度めの突きで、魔人の胸まで貫いた。


 えぐい。


 串刺しだ。


 内蔵をことごとくズタズタにされた魔人は、痙攣を繰り返しながら、だが、動かなくなった。


「火を」


 燃料が積まれ、魔人に火がかけられる。


 薪に移った火は魔人の肉を炙り、そして遂には脂に火が移り、燃えあがり始めた。


 疲れ果てた村人が横たわる。


 肉が燃える音と熱が伝わる。


「……」


 魔人が燃える。


 そのなかに『人間』を見てしまった。


 魔人が何者であるのかが……見えた。


 その魔人は、元は雪国のエルフだった。少なくとも見た目の姿ならば、年は召しいていない。若い健康そうなエルフ。だがガン細胞に侵されたエルフは、やがて正気を失い、魔人となった。死んでも死ねない細胞の塊だ。エルフの命を食い潰してなお、細胞が生きていた。そして村のエルフから激しい追討を受けるも、多くを逆に討ち取り、逃げおおせてやってきた。苦しみ、走り続けた果てに……。


「リドリー、ありがとう。お前は凄いな」


 と、疲れから鎧を脱ぎ捨て、インナーのままにしなだれるスカーレットが言った。


 とんだ夜だった。


 白ばむ空から星や月が落ちていく。


「夜明けだ」


 こうして俺は、ギルティヴァンパイアオーバーロードの最弱キャラと、それなりのご縁を結ぶことになってしまった。

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