「……がんばるかな」

「ルーネはまだ村にいたんだな」


 とっくに引き上げたと思っていた。


「パーティーメンバーのスカーレットを置いてくわけがないでしょ……」


「確かに……」


 それと、と、ルーネは続けた。


「学園のイベントで演習が村の近くの坑道でやるて決まったの。魔人を掃討したけど、まだ安心できない。実技も兼ねて坑道での戦いに慣れるよう学生を手弁当で動員する筋書きみたい」


 学園の『演習』か。


 ある意味では非道なイベントだ。


 学生を魔人と戦わせる。


 実戦での経験を積むためではあるが……安全対策をこうじていても、稀に死者が出るものだ。実際、ゲーム中では普通にキャラクターに死者が発生することがある。


 それを坑道て特殊な環境でやるのか。


「伝統として騎士団も同行するから、村にいる騎士イレーヌたちがそのまま今回の仕事を割り振られたわけ」


 面白い話ではない。


 村の近くで戦争ごっこなのだ。


 学生も大勢くるとなると……。


 大変なことにはなりそうだ。


「やいやい! 俺さまを忘れたか!?」


 と、荷物もちのラグナが啖呵した。


「おめぇのせいで俺ァガキンチョどもにコケにされるはバカグリフォンに喰われかける──あだだッ!!」


 レギーナさまが翼でラグナを打った。


 強烈な風と柔らかな羽毛とは思えない、重い、重い棍棒で打った音とともに、ラグナの鎧はひしゃげていた。


 ラグナには後で鍛冶屋を紹介しないとだな。


 と、言うことで村に帰ってきた。


 俺はすでに待機していてくれた、騎士団、学園、そして村のシャーマンやらの治療をまたしても受けることになる。

 

 まったく俺は恵まれている男だな!


「レギーナを勝手に使った罰だ。リドリー、人手不足を埋めるためにお前も参加しろ!」


 と、目に隈のイレーヌに言われてしまった。


 レギーナさまは騎士団の備品なので、一介の村人が使っていたとなれば両手を斬り落とされるレベルの重罪だ。


 軽い罰だろう。



「今回の件でまたスカーレットにも借りができた。スカーレットはライカンを前に我儘を許してくれた。埋め合わせしようとデートしたのにまた増えちまったよ」


「別に気にしなくていいかな?」


 逆にさ、と、スカーレットが顔を寄せる。


「リドリーが、私に、してほしいことないかな?」


 一緒にいてほしい。


 恋人になってほしい。


 子供を一緒に育ててほしい。


 その体に触りたい。


 キスをしてみたい。


 煩悩のパンドラの蓋がズレた、あいにくセーフティが十重二十重なので、よこしまがあふれることはなかった。


「スカーレットが、リューリアとルーネと友だちになる手助けをする許可をくれ」


「……私が?」


「うん」


「予想外のお願いかな……」


「頼む」


「……がんばるかな」


「ありがと。スカーレットは優しい女性だな」


「そんなこともあるかも?」


「こいつめ」


 俺はいつのまにか柔らかく笑っていた。


 俺がそれに驚き表情が固まった。


 クリーム色でエアリーボブのスカーレットが見つめる。俺を少し気にかけているようだ。スカーレットは垂れた目で真剣な表情だ。


「体、痛む?」


「スカーレットは本当に優しいな」


「どういうことかな?」


「言ってもいいが絶対に教えない」


「なんでかなァ!?」


 スカーレットが俺をぽこぽこ叩いてきた。


 俺の傷に当たらないよう気を遣われていた。


 タンポポの綿毛で叩くくらい軽いものだ。


 ふと、スカーレットの手が止まった。


「リドリー」


 スカーレットが指差す。


 今日は窓からの斜陽が気持ちいい。


 雨上がりで澄んだ空は物悲しくはなるが、その悲しささえ包みこむ美しさでスカーレットを茜色に染めて、初夏の空気を伝えてきていた。


 俺は見惚れていた。


「リドリー。ルーネみたいなのがいる」


「え? あ、あァ……」


 俺はスカーレットに縛られていて視線を外す。ルーネみたいてなんだよ。俺は窓の外を見た。


 使い魔が盗撮していた。


 ただの使い魔じゃない。


 フレッシュではなくメタル。


 雷子回路と魔力波の遠隔操縦。


 リモートセンシングで機能の改造だ。


 サイボーグバードだ。


 ようするに魔法の小鳥である。


 スカーレットが捕獲していた。


 ついでに逃げた子供も一瞬で捕まった。


「ごめんなじゃいィ許してェ」


「この子、私をなんだと思ってるのかな?」


「人喰いオーガじゃね? あだッ!?」


 ガキンチョだがよく見たら鍛冶屋の娘だ。


 なんだって盗撮なんてしてたんだ。


 スカーレットのプロマイドでも売るのか?


 鍛冶屋の娘にしちゃあ随分と技術あるな。


 俺は頭にできたタンコブを恐る恐る触りながら、鍛冶屋の娘の使い魔を見た。


 雷子回路だ。


 たぶんミスリル材の半導体を、手作りで集積している。小鳥の体に集積回路のピンみたいな足が刺さっていた。


「外側に有機組織を被せて縫合したのか。触らなきゃわからないな。血管に血も通っていて組織として生きて回復してる」


 そこらの村娘が独学でいきなりできる知識じゃない。誰が教えたんだこんなこと。だがそれを形にするとは、この鍛冶屋娘、大した技の持ち主だ。


 村には騎士団がいる。


 魔力波は絶えず監視されているだろう。


 それを掻い潜ったということは、スペクトラム暗号化みたく、魔力波も波長を分解して、使い魔側で正確に変換したのか。


 騎士団ではノイズにしか感じない。


 素直に、俺はとても驚いているぞ。


「鍛冶屋娘、どこでこんなもの作った?」


「じ、寺院で教えてもらった。知識は前々からあったんだけど、それを形にしようと思ったらやっぱり色々足りなくて、おかんに殴られて、でも寺院でやっとちょっと作れるようになって!」


「寺院?」


 寂れた廃寺院なら知ってる。


 だが、新しい坊主が来たのは知らないぞ。


 寺院とやらの人間に少し聞いてみたいな。

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