「ケルメス! 奇遇だな何やってんだ?」
「案の定の場所か」
鍛冶屋娘の案内で見えた寺院は、俺の思っているとおりの場所にあった。
円頭十字教の小屋とも違う作りだ。
幾つもの円盤型の構造が重なる高い屋根。
石造りの壁、石畳は、寺院全体に敷き詰められていて、過去には余程の権力者がいたことがわかる。
人が居なくなって久しい筈だが活気があった。それはささやかだが、確かに、何人も人が暮らしているじゃあないか。
俺が鍛冶屋娘を背中に隠した。
寺院にいるのは村の人間じゃあない。
「母堂さま!」
と、鍛冶屋娘が腕をかきわけ呼ぶ。
「ケルメス……?」
と、スカーレットが怪訝にいう。
赤毛で小さな背丈。
子供と比較すればお姉さんにも見える。
前に会ったことがある赤毛の女だ。
俺へ蛇みたいに近づいてきてキスした女。
俺は自分の唇に指を当てていた。
俺は自分が思っていたより初心なのか?
「おや……リドリーに、スカーレット」
と、ケルメスは、ゆったりと言う。
前に会ったときとは雰囲気が違う。
「リドリー。ケルメスは学園の特待生だよ。なんで寺院にいるのかわからないけど、少なくともこの土地の人間じゃなかったはず」
と、スカーレットに耳打ちされる。
「ケルメス! 奇遇だな何やってんだ?」
「慈善活動だよ。魔人を切り刻んでいたとき、寺院を見つけてね」
寺院のあちこちに人影が見えた。
一人や二人じゃあなさそうだぞ。
「森の奥で王国を建てるつもりかい?」
「いやいや、勘違いをしないでくれよ」
と、ケルメスは首と手を振る。
ケルメスは、心外だ、と言わんばかりだ。
「……リドリーは、先の魔人の被害を知っているかな。最初に村を襲った魔人は、リドリーの村に着くまで幾つもの村を滅ぼした。寺院にいるのはそうした故郷を失い、当てのない人たちなのよ」
寺院の屋根に登っている奴。
耳長のエルフだ。
近くの村に入ったエルフ嫁はいない。
壊滅した村の人間の保護てのは嘘か。
最初の魔人が元エルフだが、エルフの里から来た暗殺部隊と遭遇したなんて、聞いたことがない。
それに寺院から『法撃ユニット』が見える。
偽装が甘くて特徴的な砲身が見えているぞ。
寺院はちょっとした要塞か。
「立ち話で軽く聞きたいことがあったから寄っただけだ。お互い軽い気持ちで立ち話しようじゃあないか」
俺は鍛冶屋娘の背中を押した。
鍛冶屋娘は何度か振り返りながら、寺院から出てきた同年代の子供と話している。
「ここじゃあ面白い勉強をさせているらしい」
と、俺はケルメスに使い魔を見せた。
鍛冶屋娘の使い魔だ。
俺の手の中で使い魔は大人しくしていた。
「雷子回路、それも集積回路に有機シートで覆っている。雷子回路の集積も血管の縫合も専門職レベルだ。いったい誰が教えている?」
「それを見て、触り、『理解できる村人』というものがいかに異常か、リドリーくんはわかってる?」
「……誤魔化してくれるなよ、ケルメス。あなたじゃないのは確かだ」
「断言されるとムッとしちゃう。でもまあ、そうだね、きみならわかってもおかしくはない」
ケルメスに知識や技術はない。
まったくというわけでは無いだろう。
だが、鍛冶屋娘が作った使い魔は、あまりにも先進的なのだ。それこそ『OSET』の……。
「そうよ。私じゃない」
「そうか。それが聞けて充分だ」
「リドリー、誰か気にならない?」
「何か、じゃあなくてかい、ケルメス」
「驚いた……本当に驚いた。もう?」
「このあたりの人間じゃあ無理なんだろ。エルフは門外漢だ。凄い技術を持っているが、ミスリル半導体回路とは違う体系だ。ならもっと外の人だよな。生きてるのか?」
ケルメスは首を横に振る。
スカーレットはちんぷんかんぷんの顔だ。
「スカーレット。ケルメスが前にOSETについて話していたろ。実は俺ちょっと知ってるんだ。OSETが何かをな」
「付き合い出してそんな気はしてたかな」
「星の外から来た『遺産』あるいは『種族』だろ。魔人討伐の確認にしちゃあ大掛かりだと思ったんだ。その後の魔人の大群だ。こりゃあもう原因は──」
「──OSET?」
と、ケルメスは目を笑わせず言う。
俺は、静かに、強く、うなずいた。
「勘がいいね。シラをきってもいいけどやめておこう。これが三回めなのに、前は話せなかった。今回は機会を失う前にどっさり話したいかも?」
「どっちなんだよ……」
俺は頭を掻いた。
ケルメスはイマイチ掴み所がわからない。
「魔人いう言葉がいつ頃あらわれたかご存知? ずっと昔の伝説によれば『最初の魔人』は空からやってきたらしいの」
空からやってきた最初の魔人。
OSETを知らなければ堕天使とか零落して、天上から落とされた神崩れだとか考えるところだろうがな。
ギルヴァンだと少し事情が込み入ってる。
「魔人は不死性をもち、古い伝説によればどんな長城よりも巨大な肉として地上に存在する、限りある定命の者を震えあがらせてきたとか」
「定命の者を」
「えぇ。ですが、もっとも魔人を恐れていたのは半不死、半神聖をもつ永遠に近しい者だろうね。魔人になるのはそういう者だ。魂が、肉を超越して耐えてしまう」
と、ケルメスは左手をさする。
分厚いグローブを嵌めていた。
「エルフやフェアリーには辛いんだろうな」
「まさしくだよリドリー・バルカ。そして、一族から魔人を出したのであれば他の誰でもない一族の者でもって始末をつけなくちゃならない。例え、恋人でも、子供でも、親でも、何百年をかけても」
「……恐ろしい話かな」
と、スカーレットは真剣に聞いて神妙だ。
「ケルメス、貴重な話をありがとう」
長話はしたくはないしな手短に切り上げた。
ケルメスはぶっきらな俺にも、ニコニコの笑顔というわけではないが、かと言って、露骨な嫌悪感を剥きだしというわけでもない。
なんというか……油断ならない外向き顔だ。
会社のセールスマンが話すときの顔だった。
何も信用しがたい、というわけだ。
ケルメスがまた左手を掻く。
ケルメスが手袋をしている手だ。
「火傷か?」
と、俺はケルメスに質問を投げた。
「えェ、ちょっとね。醜く爛れているから……怖がらせてしまうもの」
うふふ、とケルメスは笑う。
俺はケルメスの手を奪った。
ケルメスが手袋を嵌めた手だ。
触れて、ゴツゴツとした感覚。
乙女の柔らかさは手袋越しとはいえ無い。だが、火傷だけの硬さではないだろう。ケルメスの右手は、働き者の証拠である、分厚い皮とマメだ。
弛まぬ訓練。
それに尽くしている信念があるのだろう。
「確かに怖がらせることもあるだろう。だが、ケルメスのこの手にはたくさんの愛が刻まれている。俺は怖がらん。大事にな」
そんなやり取りのあと。
俺とスカーレットは寺院をあとにした。
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