「軽い、まるで鳥の羽根のようだ」

 数日もせずに元気になった。


 ギルヴァンの肉体て凄いな。


 雑魚な俺でも回復している。


 前世だったなら一生後遺症とお付き合いだ。


「おぉ、見ろよラグナ、むしろ調子が良い!」


 ラグナに思いっきり殴られた。


 ちょっとしたもらい事故だったが教会の修道女たちの勧めで、護身の武器をもてと怒られた。


 グラディウスやら武具は村の財産で、門番をしていた頃のも都市の財産だ。俺の私物は金欠で何もなかった。おかげで足は速くなったが、今は無理そうだ。


 あと修道女がお小遣いくれたしな。


 俺たちは街の武器屋を訪れていた。


「リドリー!」


「はいはい」


「リドリー!!」


「うるっせぇぞ黙って見てろ!!!!!!」


 俺が武器屋“ランスミス”のオヤジと話している間、ラグナはいたるところに並べられた武器、武器、武器の山に興奮していた。


 ラグナが壁にかけてあった巨大な斧槍を手に目がピカピカに輝いている。……長い得物だがラグナなら扱えるものだろう。

 

「元気なガキだな、リドリー」


 と、店のオヤジが頬杖しながらため息だ。


 ラグナが一々大声をあげるたび店の商品が小さく震えていた。


「レイピア?」


「スモールソードのが良かったか?」


「いや、上手く使える」


 俺は店のオヤジから貰った細身の剣を持つ。鞘はない。柄に指を添えて、くるり、回した、剣先から起こった剣圧が僅かに床を押すのを指先で感じた。好みの長さだ。重心はかなり手元寄りで、グラディウスとはまるで違う。


「軽い、まるで鳥の羽根のようだ」


「……お世辞はやめな。ほれ、鞘」


 と、店のオヤジは金属リングを出す。


 金属リングには革ベルトだが、いわゆる鞘、抜き身を覆い隠す筒という形ではない。


「根本は厚いがそれ以外では受けるな」


「この刀身はこだわりすぎでは? 星形に筋を入れて軽量化され過ぎているとかありそうだ」


「試すな。あぁ、あくまでも護身だからな。軽くて取り回しがよくてすぐ逃げろよ。流行りのスモールソードにすりゃ良かったんだ」


「いや、俺はレイピアが好きだ。ありがと」


「今どき流行りはしねぇぜ」


「だからだよ」と、俺はズボンに通した金属リングにレイピアを落とした。何度か抜き差しするが、滑りが良い。


「左手はどうするね?」


「半身に任せてるんだ。俺は弱いからな」


 店のオヤジは鼻を鳴らした。


 店内でラグナが樽に入った古今東西様々な武器の安物に、目を輝かせて、おもちゃでも探すかのように漁っていた。


「待たせて悪かったな」


 ラグナはおもちゃを欲しがったが無理矢理、武器屋から連れだす。待たせたしな。仕方がない氷菓子でも奢ってやるか。


 俺は氷菓屋からお椀を二つもらった。


 よく冷えた金属の冷凍庫から、刻んだクルミとシロップをよく冷やしたものが入っている。


「美味いか?」


「甘いこれ!」


 ラグナは甘味好きか。


 あっという間に氷菓を食べきったラグナを見て俺は、氷菓屋からもう一つ冷菓を買った。ホイップクリームを凍らせたアイスクリームだ。


「真っ白だぁ〜!」


 アイスクリームはラグナの分だけ。


 俺はもう充分、と、お椀を返した。


 ラグナが冷菓を食べ終わるのを待っていると、慌ただしく走る連中が目についた。


「死体だって! 見にいこうぜ!」


 さて──事件現場だ。


 市場にはテントを張った店が並ぶ。


 広場を利用して毎日開かれる市場。


 折りたたみテーブルには、肉やら野菜に刃物にと店ごとの商品が売られていた。そんななかで盛況とは明らかに違う空気感と、悪態で迷惑を隠さない人々の中心が“それ”だ。


「ひでぇ……」


 と、ラグナは言う。


 凄惨だぞ。


 血の跡だ。


 シティウォッチが小すぎる体を回収する。


 抱えられるほどの小さな木箱のなかにだ。


「例の?」


「間違いねぇ」


 と野次馬の人垣から聞こえてきた。


 俺はその話へと耳を傾けて盗んだ。


「嫌だな。ついにここまで来ちまった」


「旧市街だけじゃなかったの?」


「あそこは何年も前に埋めたってのにな」


「亡霊どもよ。自警団に娘がいるのに……」


「やはり……あの漁村のせいか」


「ねぇ、最近また人の出入りがあるって」


「声が大きい!」


 と、喧騒の中でひそひそと話していた人らはどこかへと離れていって聞こえなくなる。


 ノリダリンナの旧市街か。


 ギルティヴァンパイアオーバーロードじゃあ、旧市街てのは地下世界のことだ。というのも今俺たちが立っているのは新市街で、旧市街の上に建てられている。旧市街の大半は新市街に覆い隠されてしまったわけだ。


 ただ、全てが消されたわけじゃあない。


 新市街の一部が崩落して露出した旧市街への入り口がある。もっとも、旧市街の暗闇のなかで生きてきた生き物が跋扈するダンジョンじみた場所へ好き好んで行くものは少ない。


 旧市街は危ない場所だ。


 旧市街からの者が住民を襲うこともある。


 シティウォッチの主な仕事だな。


 旧市街のモンスターを倒す。


 そういう意味では、武装修道女も同じだ。もっとも彼女たちは苦痛からの解放の一環だとしているが……。


「ラグナ。宿に帰ろう」


 宿でラフィーリアも待ってるし。


 ラフィーリアは昼間は死んだように寝ているが、腹も減るだろうし食事をもっていってやらないとだ。


 ギルヴァンの描写だと、こっそり血を飲んでいるんだったかな。人の目があると気にする。だがゲーム中ではニワトリを丸々買っていて発覚するとかのイベントもある。


 急いだらラフィーリアも可哀想か。


 ダンピールだって血に飢えるしな。


 血か……血を使った料理とか喜ぶか?


 ソーセージとか豆腐なら知ってるぞ。


 町でも泡沫楼て店のメニューにある。


 今度、ちゃんと調べてみるかな。


 マリアナ姫も食べたいと言った。


……血を隠れて飲むならそもそも……。


 おかしくないか?


 ノルダリンナで俺たちは、漁村への下準備にしても呑気すぎる。依頼主はラフィーリアだ。漁村のヴァンパイアが暗躍するとかで。


 ラグナは借金が膨らんで強制された。


 俺は……ヴァンパイアへの好奇心だ。


 ラフィーリアは、ヴァンパイアへの恐怖心から俺たちを雇ったんだよな。それにしちゃあ弱すぎるカードだが、気になるのは『一刻も早くヴァンパイアを仕留めたい』はずということだ。


 ギルヴァンの先入観があったが……。


「ん?」


 ふと、人垣の中で、目があった。


 無数の人が集まっているのに“それ”だけが俺を見ていた。僅かの間、視線が交差する。


 背丈は並みだが横にデカいデブだ。肌はどす黒いほど黒く、目や口がたるんだ皮と肉に覆われる異様な姿だ。異様だがそいつは路肩の小石のように町に溶けこんでいた。


「……殺人鬼のブッチャ……?」


 俺が声に出していたかはわからない。


 だが俺の唇は動いていたんだろうな。


 ブッチャ……消し炭のごとく黒い肌で脂肪も筋肉も多いハゲのデブは、ひっそりと人垣から離れて逃げようとしていた。


 関わるものじゃあない。


 肉裂きブッチャー。


 ギルヴァンのゲームで魔人化する人殺しだ。


 確か革新正義団とかいう頭悪いギャングだ。


 人殺しのしすぎであるからこそ、魔人になってからは人生を謳歌していたな。旧市街で補足されて、武装修道女の依頼を受けた主人公リューリアたちに追い詰められる。


 それに比べれば今のブッチャは人間だな。


「リドリー!」


 と、ラグナが叫ぶ。


 バカ! 目立っているぞ!!


 ラグナの指先にはブッチャ。


 ラグナは、ブッチャが怪しげに逃げていくのに気がついた。事件を引き起こした犯人だと、たぶんラグナは確信したんだ。


 ラグナの表情は怒りに燃えていた。


 猫や鳥みたいに走ってくれるなよ。

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