「大変だ! 目が飛びでてる!」
「大変だ! 目が飛びでてる!」
突然の怒声、そして何人かの足音だ。
俺の体が寝かされたことだけわかった。
「何をやっているのだ到達者!! この子は誰だ!? 無力な民に対して到達者が力を振るうなど──恥をしれ!!」
ドラコは怒鳴りつけられている。
この声……聞き覚えがある。
ギルヴァンのオフィーリア?
ラフィーリアの親戚みたいな名前の、あの、マリアナ姫とだって双壁で肩を並べるあのオフィーリアなのか?
信じられねェ!
「動かないで。治療はできないがせめて痛みを和らげる」と、誰かが俺の腹に手を当てる感覚がわかった。
腹といえば魔力を作る器官だ。
正確には、魔力を作る生物だ。
ギルヴァンで魔法というものは、普通のファンタジーとは違い腸内細菌の一種が合成するエネルギだ。
それに何かされている。
俺の腹が温かくなった。
奇妙な感覚だ。
耐え難い痛み。
それが引いた。
「安心しろ。健康第一だ」
「意味わかんねえよ」
「傷を塞いでやる。すぐに良くなる」
「そうかい」
俺は期待していなかった。
足は切断だろうと。
希望は持たない。
上手く生きる述だ。
魔法が使えたとしても、後遺症が無いとは限らない。自然治癒よりは増しでもな。足が動かないからと、ラフィーリアのせいだ、ドラコのせいだだとは考えたくもない。
怨みを抱えれば死ぬのは俺だ。
そんな余裕がもしあったら生きてえよ。
「目が見えるか? 痛みはあるか?」
美少女が見えた。
手足の感覚もだ。
体が動かせる。
「竜心剤を打った。少しの間なら動ける。傷の応急処置もだ。深い肉の回復には時間がかかるた最低限は済ませた。歩けてもしばらくは安静しろ。無理をしない、良い言葉だな」
美少女は、オフィーリアではなかった。
「私の名前は知る必要はない」
だが名前を聞かなくても知っている。
「リドリー」
と、言う、ドラコの姿が見えた。
デカいシルエットは間違いない。
「仲間にならないか? 気にいった」
「ノウスドラコー、流石に怒るぞ」
「もう怒っているではないか、オフィーリア。必要な人材だ治療の対価だけでは足りんしな。竜の尾を踏んだなら代わりを用意せよ、という言葉が好きだ」
「……リドリーは知っているだろうが」
あのギルヴァンのオフィーリアでさえ!
俺の名前を、知っているというのか!?
「今、この一帯は危険だ。よそものは去れ。深入りはするな。お嬢さんともう一人の連れて王都に帰れ」
「オフィーリアさん何に関わってるんだ!?」
「驚いたな。本当にタフだ」
「オフィーリア、俺の言った通りだろ」
「ノウスドラコー、調子に乗るな!!」
俺の視界が回復していく。
オフィーリアの魔法効果か。
ギルヴァンでオフィーリアが強いのは、単純な物理で殴るのが高い数字だからじゃあない。
オフィーリアのスキルだ。
スキル『治癒体質』──。
ようするに回復アイテムの効果が倍増するというヒーラーとしての能力が頭抜けている。スキル治癒体質は、オフィーリアしかもたないユニークスキルであり他に替えは効かない。
オフィーリアのユニークスキルが俺の体を修復しているのだろう。身をもって味わえば魔法がいかに絶大であるか思い知らされる。
「……」
「……」
「た、立てた! さすがはオフィーリアさん」
飛びだしていた骨が収まっている。
飛びでていたと言われた目玉もだ。
痛みが奥底から湧くが我慢できる。
魔法てすげぇな!!!!!!!!!
「ありがとうございます、オフィーリアさん命の恩人だ。ドラコさんもこれで見逃してもらえるてことでいいだろうか?」
あー、もう逃げだしてェ。
二度とボコボコされたくない。
俺は弱いんだぞ。
美人なお姉さんを嫁に貰って、ひ孫を見届けて死にたい。生きられるならずっと生き続けたい小心で怖がりなんだ。拾った命を投げ捨てるなど愚の骨頂、トンズラするのが一番だ。
「タフな野郎だ」
と、ドラコは呆れた口調で言いながら懐に手を入れる。……慈悲の短剣とかでてくる?
「身欠きニシンをやろう」
ドラコは頭と内臓の抜かれた干したニシンをくれた。水分が極限まで抜かれたカリカリの干したニシンは長く保存するならば、頭と内臓を抜いて開くのが最善でありそうされている。ほのかにニシンの匂いがある。
「身欠きニシン……」
そういえばギルヴァンでも、ドラコの懐は四次元ポケットなんて言われていたのを思いだした。ドラコは基本、プレゼントでコミュニケーションするのだ。
身欠きニシンがどんな意味かはわからん。
ギルヴァンではカブトムシとか、クルミとか、ハーピーの羽根、マンティコアの毒針、リザードマンの鱗を貰えるイベントがある。
特に意味があるわけではないイベントだ。
あれ?
身欠きニシンの身に光る石だ。
「おっと……」
俺が身欠きニシンに目を奪われていたとき。
ドラコが、通りの先を苦笑しつつ見ていた。
オフィーリアはいなくなっていた。
「暴力、嫌いな言葉だよ」
「嘘でしょドラコ」
俺は耳を疑って言ってしまった。
ドラコは到達者であり、竜頭の秘技をもち、炎剣ファイアソードをねじ伏せることのできる強者が、暴力を嫌うはずがない。
嘘だな。
「尼さんか。厄介な女どもめ」
と、ドラコは視線をずらす。
鎧が擦れる音だ。
靴が石畳を打つ。
集団、だが一糸乱れず鳴る。
ノルダリンナの上下の走るエーテルガスのパイプから灯されるエーテルガス灯の下に、彼女たちがあらわれた。
長い槍の影をたずさえる。
槍ではない、長大な“銃”。
ウォーキャスターの鋼の鎧さえ撃ち抜くよう異様な進化で槍のごとく変形した“銃”なのだ。
腕には蛇腹な鎧を通している。
黒い絹に似た繊維で編まれた下着が体を裸も同然にあらわしていて、四角い貫頭衣で前後に垂らしている。破廉恥な集団とナメて良い連中じゃあない。
武装修道女だ。
ギルヴァンでの宗教勢力の一つ、ドラリム教会の暴力装置であり理性的な活動を掲げている兵隊だ。悪い勢力とか良い勢力だとかじゃあない。戦場で傷を負った者は守るし、悪党を捕まえるために手助けもしてくれる。
だが!
それ以上に、武装修道女は鉄砲玉だ。
退屈だからと国営ギャングともやりあうようなヤバい面倒ごとを山ほど抱えているアンタッチャブル集団なのだ。
「大丈夫だよな?」
大丈夫なわけないだろ!!!
心の中のマリアナ姫が叫ぶ。
俺の体に冷たい汗が流れた。
ラフィーリアは教会に逃げこめたらしい。
予想外なのはラフィーリアは口が上手い。
武装修道女を動かす程度には口が上手い。
「し、市街戦はさすがにやらないよな?」
俺の質問には誰も答えてはくれなかった。
代わりに、武装修道女たちが槍を下げた。
槍を、対装甲銃が口をそろえてならんだ。
「撃たないよな?」
大砲が。
砲声が。
轟いた。
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