「俺が餌かよ!」

「俺が餌かよ!」


「生きてるか?」


「元気そうじゃねぇか」


 殺人鬼ブッチャが、手足を砕かれて転がされている。俺を餌にして釣ったからな!


 最近、ギルヴァンのゲームシステムとか全然活用できないようなシチュエーションばっかだな!


 超高性能なキャラが、こっちはターン制バトルしているのに一方的にアクション制で殴られて勝てるかよアクションに一〇倍返しされるっての!


「イテェ……」


「しかしよく生きてたな凄い根性だ」


「ギャングに言われても嬉しかねぇ」


 ブッチャは首をはねられていない。


 だから、武装修道女に肺が潰れるほど押さえつけられていても、口からよだれを垂らしながら、こもった笑いをあげていた。


「あぁ、失敗した。人間もどきじゃなくて本物だったから我慢できなかった。悪辣な手を使いやがるな死体どもめ!」


 と、ブッチャはあまりにも強く上から押さえられて、歯が歯茎から折れて血を出しても喋るのをやめない。


「あんたを知ってる! リドリー・バルカ!」


 ブッチャと目があった。


 ブッチャとは二度目だが名前は明かしていない。ブッチャの話を俺だけが聞いているかのように、他の連中は静かだ。


 不気味だ。


 何が起きている?


 取り押さえたなら連行すればいい。


「安心しろ。少しなら話せるぜ、俺とお前、本物の人間同士でだ。人形なんて話にならねぇ、なぁ、助けてくれ、俺たちは仲間だろ!!」


「殺人鬼の仲間はいない」


 と、俺はキッパリ言った。


「ふざけんなよ」


 と、ブッチャは途端、口汚くなる。


「テメェだって『虐殺』したろ!? OSETの遺跡で何人も殺したろ!? どうだ、虐殺は気持ちよかったろう!? 俺と同じだ、人間のフリをする人擬きを征伐しているんだからなぁァ!!」


 征伐か──騎士らを思いだしてしまう。


 なかなか征伐という単語を語彙からは出せない。ブッチャは元騎士か。騎士崩れという設定はギルヴァンには無かった。


 ともあれ、なんでブッチャが知っている?


 俺は今回の狩りを主導した人らを見た。


「処刑の準備が終わるまで話していいぞ。囮に使ったんだからご褒美がないとな。安心しろ、これ以外もちゃんとある」


 大丈夫そうだ。


 さて……どうしようか、マリアナ姫?


「見捨てるのか?」


 と、ブッチャが言う。


 ぐしゃぐしゃの顔さ。


 涙に鼻水にで懇願する。


 あっぱれ、見事な演技。


 俺でも助けたいと迷う。


 迷うが、ブッチャに心が動かない。


 なぜだろうか?


 ブッチャが殺人鬼であるというのは、ギルヴァンでの情報を知っているからだ。だがそれは事実かはわからない。濡れ衣の可能性は否定できない。


 ブッチャが悪人の顔で不愉快だからか?


 おおいにありえる。


 美少女である武装修道女は助けたいと考えるが、ブッチャは見殺しにしても、微塵も心が揺れないだろう。


 困っている人間は助けてきた。


 これからもそうするだろうな。


 だが、その中にはブッチャはいない。


「ふざけんなよ助けろ! 話が違うじゃあねぇかよ、おい! 離せ! 俺は知らねェ!」


 と、ブッチャは俺の目を見て急に叫ぶ。


 ブッチャの達観はどこへやらだ。


 ブッチャは徐々に不安が増していくかのように表情が変わっていき、遂には決壊していた。殺人鬼にしては末路が哀れだ。


「ヴァンパイアに命令された! チャームを受けて仕方なくだったんだ。ヴァンパイアが全部悪い! 間違いねェ! 全部話す」


「続けてみろ、ブッチャ」


「俺はヴァンパイアに誘われた。殺しても殺しても殺しつくせない、殺せない町で人殺しをする特権をもらった」


 クズだな。


「ヴァンパイアに求められたものは何もない。あいつは悪魔だ。自分の町で俺が殺しまくるのを眺めて楽しんでいたはずだ。そのために俺を呼んだんだからな」


「そうかい、ヴァンパイアがね」


「本当だ! 真剣に聞きやがれ」


 ギルティヴァンパイアオーバーロード。


 ギルヴァンにおけるヴァンパイアは、人間社会、それも上流階級に完璧に溶けこんでいるという匂わせで設定に登場する。


 逆にいえばそれだけだ。


 人間を支配する上位種。


 それが、殺人鬼ブッチャを、ね。


 殺人を見るために使うものかよ。


「リドリーくん。ブッチャの話が本当だとして、そして嘘だとしてどんなことが考えられるかな」


 と、マリアナ姫が指摘してくれた。


 答えは至極、シンプルそのものだ。


「今はわからない。ブッチャの話の真贋などどうでもいい。ブッチャから聞いた話、それの感想を出すなど無価値な答えだ」


 嘘か真はともかく。


 ブッチャの口からヴァンパイアがでた。


 そこには少し引っ掛かりがあるか?


 世間的にはヴァンパイアは滅びてる。


「名前だ、名前を言う!」


 基本的に、死にたくない人間てのは幾らでも嘘を吐く。拷問から吐かさせたのと変わりない。つまりは信用ゼロ。


 よく喋る人間は嘘吐きが相場だ。


 俺はブッチャを冷たく見下ろす。


「俺を連れてきた『ヴァンパイア』は──」


 と、ブッチャは黄ばんだ歯を見せた。


「──ラフィーリア・ノルダリンナて女だ」



 ラフィーリアが、ノルダリンナ港やマルメリルダーラでよからぬたくらみをしていても不思議はない。


 だってあのラフィーリアなのだ。


 ギルヴァンでは大事件を引き起こし、帝国評議会の貴族議員を大勢討ちとったラスボスだ。


 そりゃ悪事くらいはしているだろう。


 できれば、阻止したいが手にあまる。


 ラフィーリアの件は見ないことにする。


 他人を死地に立たせてまでやるかよ!


 弱い俺の、狭い範囲でだけ賭けるさ。


 気掛かりなのはラフィーリア自身というよりも、ラフィーリアが糸を引いているらしい人らだ。それにイベントがてんこもりすぎる。


 ラフィーリアに想定外があったのか?


 殺人鬼ブッチャの処分は非常プロトコルとか……何を破棄した、ブッチャに何をさせていた?


 くそッ。


 ギルヴァンにはないイベントだ。


 ラフィーリアの計画を知る必要がある。


 マルメリルダーラには……。


「んあ? リドリー、早いんじゃね?」


 宿の前で、ラグナと会った。


 ラグナは時間を潰しているのか、宿の前で、フィッシュポテトを買い食いしている。


「あぁ、ちょっとな!」


「あッ、おい、ラフィーリアが入るなて!」


 と、ラグナが引き留めるがするりとかわす。


 人払いしたラフィーリアは血を飲んでいる。


 俺が、ラフィーリアの正体が、ダンピールであることを自然に知るチャンスでもあるのだ。


「ラフィーリア」


「!」


 俺はノックも無しに部屋に入る。


 そこには、血まみれのラフィーリアが、服の汚れも気にせず血痕を必死に拭く姿があった。


 血はラフィーリアの口にもついていた。


 俺は部屋を見渡した。


 ニワトリを力任せに〆たようだ。


 あちこち羽毛が飛び散っていた。


 獣に噛みつかれたニワトリが死んでいた。


 いや、〆られた痕が首にあるようだな。


 下処理済みの肉から啜っていたわけか。


「血を吸っていたのか」


 俺が言いかけたとき、ラフィーリアが走る。


 ラフィーリアは瞳を金色に俺を突き飛ばす。


 俺は小柄なラフィーリアに、小石でも蹴飛ばす気軽さで壁に叩きつけられた。


 悶絶して、回復したときには彼女はいない。


「はぁ……最悪のタイミングだった」


 ラフィーリアはヴァンパイアが人類圏の支配者であることを暴露した。人間の支配者がヴァンパイアだなどと許しがたいというのは人の心である。ラフィーリアにとっては全てのヴァンパイアを絶滅させて口封じしたい本音を隠している。


「ラフィーリアが走って行っちまった?」


「あぁ、探してくる」


「仲良くしてくれよ。呪いが解けねェ」


「呪い?」


「いや、なんでもねー」


 と、ラグナは異様に冷静だ。


 俺は違和感を抱いたが、まあ、いい。


「俺はラフィーリアを探してくる」


 ラフィーリアはダンピールだ。


 ダンピールは人間とヴァンパイアの間の子。


 ラフィーリアはダンピールである事実が広まることを恐れている。だからもっとも恐ろしい『力』である人間にヴァンパイアの支配者の存在を明かしたのだ。


 人間がヴァンパイアに牙を向けるように。


 まったく!


 マルメリルダーラのヴァンパイアを見たいだけなのに、ずっと足止めされてるじゃないか。


 ノウス派。


 武装修道女。


 果てはギャングときた。


「はぁ……」


 俺は首の骨を鳴らした。


「最善は尽くしましょ」


 心にもないことを口にしちまったよ。


 やることは明確だよな!


 ラフィーリア関係修繕。


 だいたいどこに行くかは想像がつく。見つかるのを恐れているお嬢さんが隠れる場所なんて多くはないのだ。


 ラフィーリア・ノルダリンナ。


 ノルダリンナ港の町と同じ名前だ。


 ノルダリンナには軍港も隣にあるのだが、ノルダリンナ要塞で守られている。堡塁て人工の丘に作られた陣地だ。


 ただし、それは今の要塞だ。


 ノルダリンナのもっと古い時代とされる物に、鉄鎖での港の封鎖をするための塔があり、この塔を組みこんだ砦がある。


 今では放棄された砦だ。


 海からの浸食で危ないので人は入らない。


「行ってみるか」

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