「やばいやばいやばいやばい!!!!!!」

 当たりだった。


 海からの風が強く、波が砕けて飛沫する。


 黒々とした塔が高くそびえていて、赤錆びて崩れつつある巨大な鉄鎖が力無く垂れている。


「ラフィーリア!」


 と、俺は呼んだが当然に返事はない。


 どうしたもんかねェ……。


 鉄で補強された木製扉そのものは崩れていた。だが二重に下されている頑丈な鉄格子は錆びることもなく下りて、侵入者を拒絶している。


 鉄格子をあげてくれんことにはな入れない。


 壁はレンガ積みで表面に漆喰で塗っている。


 だが長らく補修を受けていないので漆喰が剥がれていた。積んだレンガが見えていた。


「ロッククライミングと行くか」


 と、俺は指を引っ掛ける。


 ヤモリのように腹を吸いつかせて、足と指先を頼り鉄鎖の塔を登る。目指すのは落雷か何かで破壊されたのか大穴が開いているポイントだ。


 道はちゃんと確認してる。


 まあ……行けるだろうな。


 手を、掛けた──直後だ。


 紫に揺らめく巨球が目の前に迫る!


「うおォッ!?」


 俺は咄嗟に手を離して数列下にぶら下がったが、すぐ真上を、魔力の熱を帯びた『魔法』がゆっくりではあるが追われるには速すぎる飛翔体として過ぎ去った。


「あっぶねぇ……」


 死ぬとこだった。


 ギルヴァンで見たエフェクト通りなら『術師球』だ。高密度に魔法使いそのものを圧縮して作りだしたブラックホールじみた何かだ。


 設定に詳しくあるような代物じゃない。


「やばいやばいやばいやばい!!!!!!」


 俺は術師球が外に出たを確かめて駆けあがる。術師球はただの魔力の玉を投げる魔法じゃない。召喚に近い。発光する球の中心は、気持ちの悪い一塊にされた骸たちだ。


 術師球は独立して動ける!


 登りきった。


 俺は塔の中に滑りこみをかけるが、術師球の前後がはっきりしない体から無数の光が放射状に放たれる。花火のように、あるいは青い魔力光はホタルが飛んでいるようで幻想的ではあるが……流れ石て魔法だぞ!


 魔法・流れ石はレンガを貫通した。


 銃弾の豪雨が降り注いだような激しい破壊が吹き抜け、視界は青く染められたが、俺の体は幾ら見ても穴は開いていない。


 いや、服は穴だらけではあるが。


 俺は肺から息を吐いて、言った。


「ラフィーリア。ちょっと話さないか」


「……」


 術師球から追い討ちの魔法はこなかった。


 俺は穴だらけの壁に背中を預けた。


 背中を預けた壁は崩れて腰ほどの高さになる。落ちていった瓦礫が、地面に叩きつけられて砕けるのが見えた。


 ラフィーリア、破壊力ありすぎだろ。


「実はな、ラフィーリアがヴァンパイアだってのは初めて会ったときからわかってたんだ」


「ボクはヴァンパイアじゃない」


 と、素早くラフィーリアの反論だ。


 そうだったな、ラフィーリアはダンピールだ。半吸血鬼。だがラフィーリア、きみは、人間になりたかったんじゃあないか。


「人間だな。ちょっと血が趣味なだけの。ラフィーリアは知らないだろうが血を使った料理や、血を飲む趣味人だっているんだ。ヴァンパイアほど大量に飲んだら死んじまうがな」


 と、俺は、こっそり覗いているラフィーリアを見つけて、話を続けた。


「泡沫楼にもあるはずだぞ。血豆腐でな。いろんな生き物の血を固めたもんでスープに入れたりする」


「人間も血、食べるんだ」


「飲むだけじゃない。そういう意味じゃあヴァンパイアは実に遅れている。主食の血を生のまま食べるままだからな。人間のほうが遥かに血を豊かに料理している。ヴァンパイアの食べ方は、原始人が生きた魚にかぶりつくのと同じ」


 塔の奥から忍んだ笑い声が聞こえた。


 ヴァンパイアジョーク、意外といけるな。


「ヴァンパイアでもダンピールでもない、ラフィーリアは人間なわけだがどうして隠れてしまうんだ?」


「……わからない……」


「わからない、か。まあそういうこともある。俺もなんで塔を外から登ったのかわからん。見下ろしたことあるか? すげぇ高いぞ」


「さっきはごめん。術師球で襲って」


「気にしてないさ。こう見えてもしぶといんだ。落ちても死にはしないだろ。頭が割れて脳みそが飛び散るだろうが、なあにラフィーリアが蘇生してくれると信じてた」


 俺はラフィーリアが蘇生の魔法を使えるかは知らないがな。ぶっちゃけヤバい橋を渡ってた。


「ボクを信じないほうがいいよ」


「勝手に信じてるんだ。けっこう長く一緒に暮らしただろ? それなりのお付き合いてやつさ」


「騙してた」


「なにを?」


「ボクはダンピールなんだ」


「仮にダンピールでも、半分吸血鬼なら、半分は人間だし、人間じゃあないの」


「あとノウス派と武装修道女と、地元のギャングでマルメリガンを手駒にしてたのに、そこまで言ってくれるんだ、リドリーくんは」


「……ちょっと待て」


 なにそれ初耳なんだが。


 ノウス派、武装修道女、マルメリガン。


 最近、お世話になった危ない連中だぞ。


 ラフィーリアが裏で手引きしてるの?


「いや、なんでもない」


 ギルヴァンでは無かった設定にちょっと動揺しただけだ。本編の裏ではそうだったのだろう、というだけだな!


 ラフィーリア、恐ろしいな、ボスだな。


「殺人鬼のブッチャーも?」


 本当だとしたら、ちょっと嫌だな。


 俺、ギルヴァンでブッチャーは嫌いだ。


「全然知らない人」


「畜生だから人とか言わなくていいよ」


「し、辛辣だね」


 殺人鬼だからな、ブッチャーて。


 別に旧市街でのこと根にもってるわけじゃないがブッチャーて嫌いなんだ。


「思ったより嫌われてなかったから帰るわ」


 と、俺はシュバッと手をあげる。


 ラフィーリアはもっと、発狂して町を消滅させるとかするのかと思ってたが、全然そんな気配はない。


 ギルヴァン本編とは違うな。


 ギルヴァンだともっと追い詰められてた。


 今のラフィーリアはそんな感じがしない。


「よっこらしょ」


 と、俺は、塔の外壁をまたぐ。


 登ってきたのだから降りるぞ。


 下を見れば死ぬほど高かった。


「ちょっと待って!」


 と、ラフィーリアが小走りしてきた。


 ラフィーリアはうつむきながら走る。


 ラフィーリアは手を伸ばしていた。


 ドンッ、と、俺は押されて落ちた。


「え──」


 頭が、目が、光景が、逆さだ。


 俺は頭を真っ逆さまぶしたぞ。


「──うおおおおォッ!?」


 あわや頭を叩きつけられて脳漿をぶちまける危機を救ってくれたのは、足首を片腕で掴んでくれたラフィーリアだ。


 死ぬかと思ったぞ。


 心臓が凄い早いぞ。


「あのね、明日には大丈夫だから。いつもと変わらないようにして! ダンピールだってバラしたら殺すから!」


 俺はさっき殺されかけたが謝罪ないの?


 いや、別に怒ってないからいいけども。


「さぁ、もうボクの前から消えていいよ!」


「……表門を使わせてもらっても?」



「ピットの店は嫌だろ。美味いもんでも喰おうぜ。割烹のロンバルディエは魚料理で有名だ」


「あのさー、明日に、て言ったわよ!?」


 俺は、ラフィーリアにワインを注ぐ。


 まあ飯でも食いながらのんびりしようぜ。


 ラフィーリアは白ワインを一息であおる。


「……妙にノルダリンナに詳しいわよね」


「何日もいる町さ。俺は冒険好きだからな」


 俺はラフィーリアの空になったグラスにワインを注ぐ。ボトルにはノルダリンナ産のラベルだ。ロンバルディエにはワインの品揃えがあるが、俺はロンバルディエの白ワインで、渋味がほとんどないボディのワインを選んだ。


 俺でも飲めるジュースみたいな酒だ。


「その年の……」


 と、ラフィーリアがボトルのラベルを見て言う。数字が書かれているが、なんだ?


「“あたし”ヴァンパイアなわけだけど」


「大声だと誰かに聞かれるぞラフィーリア」


 と、俺のほうが緊張して周囲を気にする。


 ラフィーリアまるで気にしていなかった。


「知ってたぜ、ヴァンパイアだってな」


 ギルヴァンで世話になったんだ。


 ボスキャラで、倒す敵だけどな。


「じゃ、ノルダリンナの町はどう?」


「どう、と言われても何がだよ……」


「ノルダリンナの名産は?」


「勿論、魚だ……と、言いたいところだが実は魚じゃない。港からあがるニシンは食べても美味いがむしろ、肥料として大量に出荷されている。ノルダリンナのニシンと言えば、農民には革新的な肥料で作付は倍以上、魔法のニシンなわけだ。食べても美味いしな」


 と、俺はニシンをフォークで崩す。


 粕漬けにされたものを焼いていた。


 渋味や苦味のなかからほのかに豊かな甘味が広がる。ベタつくような脂やアクが無い。ノルダリンナニシンだからな。


「じゃあ、じゃあ、一番有名な鍛冶屋」


「ベルガの店が一番腕が良いと聞く。馬蹄を主に打ってるそうだが、タルの環、農具、鏃、大切なものを生産している鍛冶屋だ」


「鍛冶屋かわけわかんないくらい手広く!」


 と、ラフィーリアは楽しげに話を広げた。


「知ってるかしら? ベルガは結婚した次の日、旦那を鍛冶場に入れて一人前にしようとしたら逃げられて半日もせず別居で離婚しているのよ! ベルガに告白した旦那は世界一の鍛冶屋になるて告白していたんだけど、本当は経験無い、やる気無い、ベルガの美貌に惑わされたホラ吹きだったの。もうベルガったら怒っちゃって、その元旦那を道具を片手に随分と長いこと追いかけまわしてボコボコにしちゃった」


「豪快のお姉さんだったんだな」


「そうよ。今でもベルガは打ってる」


「元旦那の頭を?」


「バカ。……ノルダリンナは全部知ってる」


「そうらしい。観光地を案内してほしいぞ」


「リドリーなら料金はとらないわ」


 俺もラフィーリアも小さく笑う。


「私がダンピールだと騎士団か戦士団に報告してもかまわない。だけどこの町を……ノルダリンナだけは滅ぼさないで」


「滅ぼす?」


 ラフィーリアは何を言ってるんだ?


「えぇ、私の魔法で維持されている夢のノルダリンナ。誰もが生前の記憶と意思のまま捉えられている箱庭の底が、今、この場所だもの。私がいなくなればノルダリンナは消滅する」


 だから、と、ラフィーリアは続ける。


「私を殺す前に『人柱』を探して! そうすればあなたはノルダリンナで絶大な権力と戦力、富の全てを手に入れられる!」


 ちょっと待て、待って、待って。


 ラフィーリアは話を更に続けた。


「そうよ、ノウス派も、武装修道女も、マルメリガンも。オフィーリアやエフィーリアは私と同じ人形。同じ魂を割った姉妹を使って操ってた」


「ちょっと待って」


「ノルダリンナは──」


 話が急すぎるんだよ。


 もっと素人に優しく話せ!


 つまりなんだって!?


 とんでものオンパレードだ。


 祭でも始まってんのかよ!!


「──“ぼく”そのものなんだ」

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