「ぼくを……助けて……」

 ギルヴァンにはマリアナ姫て姫さまがいる。


 べらんぼうに強くて美人でお姉さんで唯一の欠点が貧乳くらいしかないようなユニコーン騎兵だ。


 中ボスくらいまでまらバフ重ねて一撃。


 ボスクラスを相手にも優秀アタッカー。


 なんならタンクとして雑兵を引き留める。


 超高性能なユニットがマリアナ姫なのだ。


「リドリーくん!」


 と、女神マリアナの声が聞こえた。


「白目むいてる場合じゃない!」


 俺はマリアナ姫の喝で意識を取り戻す。


 ラフィーリアの言っていたことは要するにだ、全然大したことじゃあないんだよ。


 ラフィーリアてことだろ?


 わかる。わかる。わかる?


 全然わからん……。


 ノルダリンナがラフィーリアてどういうことだよ。俺がいるノルダリンナは偽物で存在しないのか。


 でもまあ夢みたいなもんかァ。


 そう考えるとやっぱ大したことない。


「だからどうしたラフィーリア」


 ラフィーリアの夢か。


 ならもっとちゃんと見てやるべきだろ。


 ラフィーリアの夢だぜ。


 ラフィーリアが見たかったもんなんだろ。


 俺ぁすげえ弱くて戦えないが、戦いいがいならば、ちょっとくらい余裕を作れる男だ。夢の世界?


 最高じゃあねぇかよ。


「ラフィーリアの夢の町か、良いじゃあねぇか」


「怒ってない?」


「なんでだよ。良い町だぞ」


「実は……みんなアンデット」


「そ……そういうこともあるよな?」


 ファンタジーだしな?


 ネクロマンサもいるよな?


 ヒルドルメイヤーから貰った娼婦みたいなテレサはどうなるんだ。というか娼館は。女の子を抱いたらそれって……。


「あと」


「まだあんの!?」


 食材が人間加工したものとかないだろな?


 嫌だぞそんな再利用してたものなんての!


 せめて秘密を秘密のままにしてくれ!


「ラグナを女体にしてる」


「それはどうでもいいな」


 勝手に戻るだろ、子供じゃねぇんだから。


 ラグナがラフィーリアに抱えてる弱味て性転換かよ。ラグナの問題だろ忘れよ。


「町は消滅してるからかなり深い地底」


「俺は今、どこにいるんだラフィーリア」


「山を逆さにしたくらい深い。おかげで腐れネズミらのコロニーともぶつかって、町のあちこちで食害されてるけど」


「大問題じゃねぇかよ」


「でも腐れネズミに食べられてるてのは知られないように殺人鬼を町に放ったの!」


 殺人鬼ブッチャだろ。


 ペットでも町に離すな。


「ノルダリンナは凄く押されてる。日の日に腐れネズミの勢力は町に触手を伸ばしてるし、マルメリルダーラに逃げこんだヴァンパイアも町を狙ってる」


「ネズミはともかくヴァンパイアはわからないな。なんでわざわざノルダリンナに来るんだ。マルメリルダーラなんて漁村に引きこもってるのもわからん」


「そのヴァンパイアは異端だから。帝国評議会には帰れない。むしろ追われているからこそノルダリンナを押さえておきたいのよ」


「帝国評議会?」


「知らない? 評議員や貴族はヴァンパイア」


「……噂は本当だったわけだ」


「根も葉もあった」


「ヴァンパイアが嫌いなわけか」


「絶滅させたい」


 と、ラフィーリアは断言した。


 ダンピール、半分はヴァンパイアの血筋であるラフィーリアが、なぜ、ヴァンパイアを憎んでいるのかは、ギルヴァンではゲーム中でも設定資料集でも、開示されているのは断片的な情報だけだ。


 だがラフィーリアは似た存在、オフィーリア、エフィーリアを見るに実験の成果物かなにかなのだろう。


 クローン製造はおかしくない。


 ヴァンパイアであればなおさらだ。


 とはいえラフィーリアに絶技なし。


 OSETの放射線に曝された魔人も見かけてないし、異常ファンタジーなんて少なくともノルダリンナではお目にかかることはないだろうしな?


「ネズミがいるのは嫌だな」


「地下水道の駆除を依頼しようか?」


「……俺に依頼がくるの!?」


「きみ、強そうだわ」


 冗談もいいとこ!


 ギルヴァン最弱とされていたスカーレットにさん付けしなきゃダメなくらいには俺は弱いのだ。


 ギルヴァン最弱のスカーレット。


 過去の話でスカーレットは頼りになる。


 俺と比較すればすごい強いしな。


 相棒がいないんじゃ俺が死んじまうよ。



「じゃあさ、またね……なんてね!」


 と、ラフィーリアがはにかむ。


 店を出て、行き交う人々は俺たちに気づいていないかのように過ぎていく。


 俺とラフィーリアが見えていないように。


 それはラフィーリアの干渉なのだろうか。


 ただ、ラフィーリアは寂しそうに言う。


「あーあ。大丈夫、リドリー。明日にはちゃんと元通りに帰すから。ありがとね、ノルダリンナを知ってくれて、見てくれて。これからも覚えてくれてたら嬉しい。本物じゃないんだけど!」


「楽しかったよ、ラフィーリア」


「でしょ? 嫌なことは隠してよかった」


「次があるなたイベントを減らしてくれ」


「次はないよ」


「どうしてだ」


「外から人がくる。夢のノルダリンナは今日で閉園です。今までご愛顧ありがとうございました」


 時間が無いわけだ。


 だが、ラフィーリア。


 ギルヴァンのボスクラスであるラフィーリアならばどうとでもなるのではないか。返り討ちしてしまうという選択もある。


 夢のノルダリンナを守るならそれが普通だ。


 実際は、イベントを切り上げて終わらせた。


 ラフィーリアは……。


「俺はノルダリンナをもっと見たかったな」


「意地悪はやめほほしいわねー」


 と、ラフィーリアは困ったような笑み。


 俺はそんな笑いかたを何度も見てきた。


 楽しい笑顔でないことは確実だ。


「なあラフィーリア、もし──」


 焼きがまわってる。


 俺は自分の実力を知ってる。


 手にあまる大イベントだぞ。


 黙ってろ。そして、帰れ!!


「──ラフィーリアの夢てなんだ?」


「ここにあるもの全てだよ」


「それは夢のノルダリンナだろ。ラフィーリア自身の夢はどこなんだ。ほら、お姫さまになったラフィーリアとか……」


「お姫さま〜?」


 と、ラフィーリアが吹きだして笑う。


「笑うことないだろ。姫さまだぞ。俺だったら王子になりたいな」と、俺は言ってから気がついた。ラフィーリアが姫で、俺が王子だと、そういうことと思われるか!?


 一瞬だけ会話が止まった。


 気にも留まらないほどだ。


「リドリーは身の程知らず!」


「言ってて俺が驚いてる」


「まッ、そういう夢は忘れてた」


「どうして?」「さぁ?」


 オフィーリア姫の面倒は大変そうだな。


 姫の先輩としてマリアナ姫はどう思う。


「消えるのも死ぬのも恐ろしい……なあ……ラフィーリア姫、どうする? 本当に今、夢を閉じてもいいか。俺はよわっちいが、助けを求められると分不相応に頑張っちまうたちだぞ」


 と、俺はぎこちなく歯を見せて笑う。


 ラフィーリアは笑わなかった。


 突然、奪われちまうのは悲しいもんだ。


 優しくクッションを挟んでやってくれ。


 失うのも、辛いんだから。


 ラフィーリアはどうする?


 助けを求められたなら……。


「いや、今のは忘れてくれ」


 ギルヴァンのボスだぞ?


 俺、うぬぼれすぎだぞ。


 章の最後に、主人公に立ち塞がる強敵が、モブ相手に勝てるか怪しい俺に助けてほしいてなんだよ。


 ダンピール。


 半ヴァンパイアだぞ。


 ただの人間の下の俺。


 むしろ俺が土下座して守ってほしい。


「リドリーくん?」


 心のマリアナ姫が怖い顔をしている。


 逃げだしたいが、逃げらんねぇなぁ。


「ぼくを……助けて……」


 俺は、俺の耳を、うたがった。


 ラフィーリアが弱さを見せた。


 ギルヴァンのボスの姿かよ?


 ラフィーリアの手は裾を掴む。


 だからこそ俺は力強く応えた。


 弱さの苦しさは、知っていた。


 聞いちまったじゃーねぇかよ。


 俺から約束しちまってるからな。


「任されましょ」


▶︎【√とある町のお姫さまへ】

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