√とある町のお姫さまへ
◆ √とある町のお姫さまへ
あの、と、付くラフィーリアがだぞ?
ギルヴァンのボスの一人が人気者だ。
ダンピールだとは明かしてはいない。
ダンピールと知らず平和に暮らせるのでは?
店でラフィーリアは確かに一番人気だった。
俺は、笑ってしまった。
全然違う場所だが……。
居場所があるじゃないか。
「はぁ〜。ラグナ、どう思う。俺はラフィーリアが店で働いていても良いと考えてる。しっかし、歌も人柄も人気、まるでアイドルだな」
「アイドル? 歌姫みたいなもんか」
「そうだな。歌姫とは良い表現だな」
俺はホールに出てきたラフィーリアに、拍手を向けた。薄暗いホールに、ゆったりとした音楽が流れる。
彼女の歌は穏やかで、胸を締めつける。
「どうだった!?」
と、曲を終えたラフィーリアが照れながらテーブルにやってきた。タイトにボディラインに沿ったドレスは、彼女の腰のくびれの美しさを主張してくる。
「あ、あぁ、良かった」
「だよね!」
いつもと雰囲気と違うラフィーリアだ。
ギルヴァンとも、今まで見てきた彼女とも違い、今のラフィーリアが素で本物のラフィーリアなのかはわからない。
だが今のラフィーリアも好きだな。
「ちょっと、あんたたち」
と、ラフィーリアは顔を寄せる。
秘密の話しあいだ。
俺とラグナは耳を寄せた。
「マルメリルダーラに入る情報を集めるには、町で一番の歌姫になるのが近道なの。そのために武装修道女の大元であるドラリム教会とノウス派を支援者に引きこんだんだから!」
ラフィーリア、お前は本当に凄いな。
ドラリム教会とノウス派の支援を受けたと。
それはもう手品の領域だぞ。
まさしく──魔法じゃないか。
からくりもあるのは知ってる。
だけど、それで良いんだろう。
「マルメリルダーラまであと一歩だよ」
と、ラフィーリアは「がんばろー!」と明るく、そしていつものように小さな声で言った。
「ラフィーリアさーん!」
「呼ばれてる。じゃ、また店を閉めたあとでね!」
ラフィーリアは軽やかな足取りだった。
俺はため息を吐いていた。
吐いたものは悪いもんじゃあない。
「どうするよ、リドリー」
「俺は好きだぞ?」
「まッ……そうだな」
と、ラグナは呆れながらビールをあおる。
ラグナの視線の先にはラフィーリアがいた。
想像したことがなかった。
ギルヴァンのラフィーリアは、自分のルーツを気にしていた。人間とヴァンパイアのハーフ、ダンピールだ。人間の町で暮らすダンピールは、ヴァンパイアと変わらないと思われている。むしろ、より強い脅威だというのが一般認識だ。
ヴァンパイアには特殊な能力がある。
自身の眷属、遺伝子的なクローンに対して強い従属関係のある精神ネットワークを構築することだ。
当然、権限の優先度はヴァンパイアだ。
ダンピールの混血は下位になる。
グールみたいな連中ほどではないが。
ダンピール、ラフィーリア・ノルダリンナはアルファヴァンパイアの支配下にあるわけだな。
だからこそヴァンパイアを討たなければだ。
ラフィーリアはずっと怖がっていた。
いつ、ヴァンパイアに支配されるか。
ヴァンパイアが行方をくらまして何年もたち、不安のなかに生きていたとき、ヴァンパイアの噂が広がった。
ギルヴァンでの事の顛末の原因だ。
今のラフィーリアは焼きそうにないな。
恐怖に押し潰された小さな少女には、仲間になった主人公たちとの時間は、あまりにも短すぎたんだ。どうしても恐怖を克服できなかった。
ノルダリンナを消滅させるほどにはな。
俺は、少しはラフィーリアを変えられたのだろうか。だったら……うん、それだったらいいな。
◇
「俺ら何やってんだろな!」
歌姫ラフィーリアの誕生。
そんな大人気のラフィーリアの元仲間である俺らと言えば、城壁修理の仕事をしている。
大人気ラフィーリアとひでぇ対比だな!
「仕方ねぇだろ王都に帰るにも旅費がいる」
「おめぇが有金寄付するからだリドリー!」
「景気良く行けつったのはお前だろ!」
「酔ってた人間に責任押しつけんな!」
まあ、そんなわけだ。
俺たちはラフィーリアの歌を聞きながら。
今少しノルダリンナの潮風を浴びていた。
「人生は全部を明かさない位が良いもんだ」
√とある町のお姫さまへ〈終〉
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