「一言あってもよろしいんじゃない。私を、私にしちゃった張本人さま!」

「酒は美味いか?」


「お酒おいしー」


 俺は心を殺して飲んでいた。


 まあちょっとした集まりだ。


 暗い店内、物静かな曲……。


 同じテーブルにはギャングに密輸修道女。


 犯罪者集団と相席であるし、なんならその組織の頭からソフトな尋問を受けているんだな、これが!


 ラフィーリアのプロデューサーが俺。


 俺ということになっているんだなあ!


 で、強面な連中はスポンサーなのだ。


 素直に水底から見守っていて欲しい……。


「ビールだ」


 なんとヒルドルメイヤーさんの御手でもってビールが勧められた。俺の前にやってくるビールとジョッキ。


 飲まないなんて選択肢は無いだろ。


 俺はジョッキに手を伸ばした。


 だが俺の手は空をきっていた。


 そのジョッキは、教会の分離派であるノウス派代表のドラコが取っていた。ドラコは一息にビールを飲み干してしまう。


 ドラコとヒルドルメイヤーは別組織だ。


 仲はあんまりよろしくなかったりする。


 俺のお腹が痛い気がする。


 幸い?


 テーブルには第三勢力の武装修道女がいるので均衡がとれているのだ。問題があるとすれば、武装修道女は酔い潰れていることかな?


「エフィーリアさん!」


 俺は、武装修道女代表であり、お隣に座るエフィーリアの肩を揺らす。この会合前に「任せてください!」と頼りにしていた彼女は、目がぐるんぐるんしていて完全に酔っていた。


 うッ。


 エーテルの臭いだ。


「アーマメントメイド会にも遂に、男か」


 と、ドラコが言うのだが、お前さんは男じゃないのかとか、なんだよアーマメントメイド会て。お前らのどこのメイドなんだよ、主人は誰だよ、犯罪者と異端者と教会でメイドてなんだよとか考えたが、俺は口を閉じておいた。


 ギルヴァンで聞いたことがない。


「来たぞ」


 ホールが静かな、短い拍手で満たされた。


 ノルダリンナの歌姫の登場だ。


 ホール中央の階段をドレスを着た美しい女性が降りてくる──ラフィーリアだった。


「……」


 口が裂けても駄目なことだが。


 化粧が厚く、音痴で、しかもピアノの演奏とかはなく、ラフィーリアが自分でギターを弾きながら歌う。


 笑うと殺されるな!


 俺は相席の面々を見た。


 客は誰一人笑っていない。


 だが、苛ついてもいない。


 特に関係ないのだがギルヴァンを考える。


 すっかり忘れられている感があるのだが、俺は一応、屍喰い事件の前日譚くらいに立っている。


 だがそんな大事件なんて起きそうにない。


 屍喰い事件を引き起こす、ラフィーリアだって今や──実力はともかくとしても──歌姫としてノルダリンナに名前を広げようとしている。


 平和だ。


 ギャングや武装組織もいるが平和だ。


 屍喰い事件など起きそうにはないな。


 ノルダリンナが“記憶の街”でしかないことには驚いたが……ラフィーリアがコアになって記憶を繋ぎ止めているのか?


 訊いてはいなかったな。


 ノルダリンナフェイク。


 偽物の町。


 だが、ならばなんで事件を起こすんだ?


 ひっそりと永遠のノルダリンナを続けていれば良かったじゃないか。何よりも、変わらないノルダリンナに俺──それにラグナも──を招いたんだ。


 主人公リューリアはどうして、ノルダリンナ……いや、確か違ったな。屍喰い事件はノルダリンナでは起きていない。


 事件は漁村マルメリルダーラで起きる。


 ノルダリンナに来る前に、ラフィーリアはOSETの話で俺の興味を惹こうとしていた。俺はまだOSETの遺跡を見ていないし、ダンピールではないヴァンパイアとも遭遇していない。


 ラフィーリアの嘘?


 嘘で、ダンピールがヴァンパイアの名前を使うのだろうか。ヴァンパイアを殺すためなら使うのか?


「むぅ……」


 俺は考えこむ。


 女装したラグナが、ホールで、嫌に美声な乙女な歌唱を披露しながら席をめぐっていた。


 主人公リューリアはどうやって入った?


 俺はギルヴァンの記憶を漁った。


 たしか……主人公リューリア一行は、ある依頼を受けてノルダリンナに出た。依頼主は一〇〇年前のノルダリンナ女爵でアフィーリア・ノルダリンナ。


 一〇〇年間未達成の依頼だ。


 旧市街発掘調査の護衛──。


「お・ま・た・せー!」


 と、ラフィーリアがテーブルに来た。


 張り切りすぎて厚化粧落ちちゃってるよ。


 まったく……俺は思ったままナプキンでラフィーリアの顔を拭く。垂れた化粧だとおっかない。綺麗な美少女なのだから、多少は汚れても、落としておく……本当に顔はお姫様みたいだな。


 ん?


 胸、しぼんでる。


「リドリー」


 と、俺の無礼に、オフィーリアはやんわりと断わる。俺の手がそっと外された。


 オフィーリアは、柔らかな手だった。


「すまない。オフィーリア、これは、俺があまりに無礼だった」


「いいえ。ありがとう、リドリー」


 と、オフィーリアは小さく微笑む。


 心臓が跳ねた。


 サキュバスであるオフィーリアは時々無自覚に“こういうこと”をする。サキュバス とはまさしくだな、理由もなく魅了される。


 俺はバクバクと鳴る心臓を隠しながら訊く。


「そういえばラグナはどうしたんだ?」


 俺はラグナが、新しい仕事をしていることはちょっとくらいは気になる。もっと他人なら情けもあるが、ラグナなら刺しても大丈夫だろう。


「本人に訊いて!」


 と、ラフィーリアがホールを走る。


 ため息を吐いてしまう美しい背中。


 走ってドレスを揺らすだけで美少女。


……本当に綺麗だなラフィーリア……。


 ラグナを考えよう!


 ラグナの気持ちは分かる。


 ドレスを着せられて、女として、ラフィーリアと並んで歌うなど男のラグナの胸中は複雑だろう。


 俺だって辛い……と、想う。


「よ、よせよラフィーリア“お姉さま”」


「ラグナを連れてきたよ」


 お姉ちゃん?


 戻ってきたラフィーリアは、羞恥で顔を真っ赤にしているラグナを連れていた。

 

 ラグナは、ガタイの良さを隠すためか、ラフィーリアのようなボディラインに沿ったタイトなドレスではない。ボールガウンドレスのボリュームで足を隠し、肩幅などを感じさせない袖の装飾、それにマメでゴツゴツとした掌や傷のある腕を隠す長手袋を通している。


 女の子だ。


 新鮮で、魅力的でさえある。


 こんな恰好のラグナは流石に、ギルヴァンで見たことがないな。ラグナの女装イベントも無かった。


「ラグナ嬢か。似合ってるぞ、好みだ」


「気持ち悪い!」


 ガンッ!


 と、ラグナのボールガウンドレスがはためき、たくましい足がテーブルを蹴った。


「ラグナ」と、ラフィーリアの鋭い声。


「……申し訳ありませんラフィーリアお姉様」


 さっきから気になっていたんだが『ラフィーリアお姉さま』てのはなんだ。設定なのか。ラフィーリアとラグナで姉妹なのか!?


 なにそれ!


 俺も末妹になりたい!


 謎の欲求が湧いたが胸の内に隠した。


 俺は何食わぬ顔で、話に耳を傾ける。


 もう興味津々なのだ。


「ラフィーリア姉! もう俺やだよ、この格好で働くの耐えられません! お尻触られるし、胸も! あのテーブルのには今晩、二階の部屋を予約していると!」


 えぐい……。


 ラグナ、頑張ってんだな。


「幸い、リドリー・バルカという殿方と許嫁ですのでとお断りしたが今も凄い形相で見ているんです」


 ちょっと待て、ちょっと待て。


 俺も設定に組み込まれてるぞ。


 肖像権の侵害ものだろ、これ。


 見ろよ、恋敵を睨むハゲがいるよ。


「男だからと言っても、なお良いという変態までいる始末! ラグナは耐えられません、オフィーリア姉さま!」


「ラグナ。辛抱よ、あと少しで、ここのリドリー・バルカさまの欲望が満たされて、私たち姉妹は解放されるはずなのだから……」


「オフィーリアお姉さま……」


 と、ラグナはキッと覚悟の目。


「オフィーリアお姉さま、俺、頑張る!」


「それでこそ私の妹よ、ラグナ!」


「あぁ、オフィーリアお姉さま!」


 周囲から口笛に拍手に歓声だ。


 オフィーリアとラグナの姉妹の寸劇が始まるくらいには、二人も仲良くなったらしい。ラグナ、あんなにオフィーリアを毛嫌いしていた気がするんだがな。


 俺はあだこだ言うラグナの手を奪う。


「安心しろ、ラグナ。貴様は美しい」


「ゾッとするわー! お前に一番言われたくない! お前に一番言われたくない!!」


「そんな酷いこと……美しいから美しいと言う。ラグナ、きみは今、美しいのだ。可愛いのだ。唯一無二の、奇跡なんだ」


「き、奇跡?」


 ラグナの抵抗ちょっと弱まる。


 援護射撃が同じテーブルから出た。


「歌姫に迫る美女だな」


 と、ドラコが言う。


 あんたそんなこと言うのか。


「もう少し男を知れば最高の上玉に光る」


 と、ヒルドルメイヤーさんが言う。


 ラグナ、掘られてるじゃんそれ!!


「お美しいですよ、お姉さま」


 と、テレサが……テレサ!?


 ヒルドルメイヤーさんがなんでかくれた彼女も、働いているのか、というかいつのまに隣にいたんだ!?


 胸も尻も大きく、肌は美しく、所作はまるで貴族のようであり、黄金色の瞳には深い知性が宿っている彼女は肌が透けるほど薄い生地で、存在感があるのに気がつかなかった。


 エロいのに視界から消えている。


 本当にアサシンなんじゃ……。


「ラグナだけ?」


 と、オフィーリアが頰を膨らませる。


「一言あってもよろしいんじゃない。私を、私にしちゃった張本人さま!」


 オフィーリアは、俺に身を寄せた。

 

 威圧感を出すオフィーリアだった。


「オフィーリアも魅力的だ。宇宙で一番」


 オフィーリアは切なくなる上目遣いだ。


 オフィーリアは絶世の美女なんだぞ?


 一瞬、真っ白になるのが男の……はず。


「見惚れるくらい綺麗だ、オフィーリア」


「ありがと。想像よりもずーっと嬉しい」


 と、オフィーリアは幼女のような無垢な笑みを作る。愛される表情、好まれる純真さだ。


 そこで俺は、すん、と現実に戻された。


 現実に戻ったが表情には出さなかった。

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