「私も、ちょっとだけ楽しかった」

「わはは!」


 ラフィーリアやラグナが立ち寄るテーブルでは、一段と賑やかさが増す。そんな光景を、俺はブドウジュースを飲みながら眺めていた。


 ボトルから最後の一滴が垂れる。


「おじさま! ありがとう!」


「わはは、いくらでも頼んでくれ!」


 客は普通の人間のように振る舞う。


 どの客も、生きているそのものだ。


 ラフィーリアと外で話していた男が、ラフィーリアに酒をおごる。そういうシステムだ。ラフィーリアと客が一緒に酒を飲んで短い会話をする。


 ラフィーリアが一から作っているのか?


 だとすれば狂気的な再現なんだろうな。


「もっと酒をオーダーしろ!」


「ひぃぃぃぃ!」


 ラグナは客を恫喝している。


 ラグナが言葉の鞭をふるい、テレサが甘い言葉で溶かすというコンビのテーマらしい。悪い奴らだなァ!


「スカーレットちゃん! 一番高い酒買うから僕だけにウィンクしてー!」


「約束だからやってあげるかな」


……ん?


 スカーレット。


 そう呼ばれた誰かがいるテーブルを見た。


 その彼女が客にウィンクをしていた。


 赤毛で、すげぇ背が高い乙女がいた。


 可愛さから悲鳴をあげかけた。


 心臓が嫌な高ぶりをしていた。


「うふふ。飲みなさいな?」


「はい! ルーネ様ー!」


 別のテーブルに目を移せば、艶かしい足を組んだ少女に、椅子ではなく床でかしずいている特殊プレイの客がいた。


 気のせいか女王さまなエルフの見える。


「リューリアァー! テメェなにしてやがるさっさと戻ってさっさと運びやがれい!!」


「は、はーい!」


 リューリアと呼ばれた人間が走る。


 皿を持ってガッチャガチャと働いていた。


 冗談だろ?


 スカーレット。


 主人公リューリア。


 エルフのルーネだ。


 村の魔人事件での、忘れられない知りあいがどうしてこんなところにいるんだ。ノルダリンナの町にどうやって入った?


 いや、待て!


 ギルヴァンでも主人公リューリア一行は、ノルダリンナに入っていたじゃあないか。抜け道があるのだ。あるいは招かれたのだ。


 ノルダリンナは誰の町だ?


 ラフィーリアだ。


 ラフィーリアが、主人公リューリアたちをノルダリンナの町に入れた?


 本編のように。


 それって……。


「ジョッキ が空いているようですがおかわりをおそそぎしましょうか──」


 と、やってきたのはスカーレットだ。


 長身で赤毛のミニ巨人と目があった。


 スカーレットは笑顔で滝のような汗。


「うわァ! 貴様ッ、リューリア!?」


「お前! 女装してるがラグナか!?」


 リューリアとラグナが鉢合わせて、大騒ぎを繰り広げていた。


 その光景にはルーネも気がついていた。


「ひ、久しぶりだなスカーレット」


「えぇ、そうでしょうとも、ようやっとリドリー・バルカに追いついたかな」


 肩にかからない程度のミディアムなボブカットの髪はフワッとボリュームがありクリーム色、垂れ目がちであり、おっとりしていることが逆に余裕を作り、200cmという巨体がさらに大きく見せる。


 レッドナイト家の次女。


 スカーレット・レッドナイトだ


「わわ!? どうしたのかな!?」


 と、スカーレットが慌てていた。


 先程までの凛々しいお姉さん風はいない。


 あれ? 俺、なんでか涙が止まらないぞ。


 止めようと思っても、まばたきをするほどに、そして、しなくても涙が溢れて次々とほおを伝って落ちていく。


 なんで泣いているのかわからねぇ。


 悲しいと思っているわけでもねぇ。


 なのに、涙が止まらなかった。


 おかしいぞ、俺は病気なのか。


「リドリー」


「すまん。ちょっと、よくわかんねー。情けない顔を見せてるからちょっと待ってくれ。すぐ止める」


 と、俺は目を押さえた。


 スカーレットが隣に腰掛ける。


 スカーレットは椅子を引いて、俺の隣にすわるとどういうわけか肩を抱いてくれた。俺はスカーレットの長い手と、ボリュームの足りない胸に包まれてあやされる。


 これじゃあガキじゃねぇかよ。


 だってのに涙が止まっていた。


「リドリーは素直だね。なんだかいっぱい怒ろうと思っていたのに吹き飛んじゃったかな」


「お、怒る?」


「きみ、学園の試験に落第して逃げたでしょ。ずーと待ってて、ずーと探してたんだから」


「……ごめん」


「いいよ。私ときみは姉と弟みたいなものだ。私の魔法はきみの中にもある。姉妹よりも強い絆かな」


「それは言いすぎだ、スカーレット」


「かもね。でもそのくらい強いて話」


 ギルヴァン最弱のクセに。


 俺にはスカーレットが天使に見えた。


 だとしたら随分とたくましい天使だ。


 甘えたくなる弱い俺をおさえこんだ。


 そんな俺は失望されしかしないだろ。


……はッ!?」


 俺はテーブルを見渡した。


 そこにはドラコ、エフィーリア、ヒルドルメイヤーがいるんだった!?


 ドラコとエフィーリアは見ないフリだ。


 ドラコとエフィーリアは騒動を見てた。


 ヒルドルメイヤーは、にやぁ、と笑いながらテレサを手招きして呼ぶ。あの金髪のアサシンは主人の命令で俺の隣、スカーレットとは逆の位置にすわる。


 な、なんだよ!?


「わたくし、リドリーさまとは何度も夜をともにしており、子を産むために今晩も愛される予定ですの」


 スカーレットはキレた。



「わ、私なんてこと……」


 裏方でスカーレットの後悔が響く。


 後悔するならワイン瓶で殴ってベッドに連れ込まないでくれ。まだ頭痛いぞ?


 ラフィーリアが好意で店の裏方を使わせてくれた。今はちょこんと、らしくない、物静かに座っている。


 エフィーリアさんは武装修道女と一緒にホールで酒飲みを続けている。


 とはいえ、部屋にいるのは俺、スカーレット、リューリア、ルーネ、ドラコ、ヒルドルメイヤー、テレサと大所帯だ。


 息だけで空気が暑く感じる。


「スカーレットさま。安心してください。生きている立場は奪えませんから」


「それどういう励まし? テレサちゃん」


 スカーレットの落ち込みは大きい。


 だが、俺はスカーレットに醜態が笑えた。良い意味でだ。肩から力が抜けて、それは、面白かったんだ。


「なかなか楽しめたな」


 と、ヒルドルメイヤーが言う。


 もう勘弁してくださいよ!!


「私も、ちょっとだけ楽しかった」


 うなるスカーレット。


 それとは別に、リューリアとルーネは面白がっていた。スカーレットのこれは珍しいらしい。


 学園の外でも三人は仲が良いんだな。


 良いことだ。仲間はとても大切だな。


 後悔に沈んでいるスカーレットだが、なんだかんだで元気そうで安心した。勝手に王都から雲隠れしたしな。


 スカーレットに話さず逃げたんだ。


 スカーレット視点だと俺は行方不明か。


……スカーレットにぶん殴られるかもしれん。


 俺は少しだけ冷や汗を流した。


 スカーレットの、トロールだかジャイアントだかの血筋なのかて巨体で殴られると死んでしまう。


「……でもリドリーが無事で良かったぁ〜」


 と、スカーレットが後悔を止めて言う。


 俺は目頭が熱くなった。


 なんで泣きそうになったのかはわからない。


「……久しぶり。スカーレット、リューリア、ルーネ。村で別れた以来だから半年以上は経っているのか。」


「1年!!」


 と、スカーレットは人差し指を立てながら迫ってくる。背の高いスカーレットだ。俺の目線は城壁のごときスカーレットの胸の下に押された。


「1年も音信不通だった! 生きてるなら連絡をくれればよかったのにどこに隠れてたのかな!?」


「いやあ、学園の試験を落ちちゃって……そんなの恥ずかしくっていえるか!? なんとか村に帰る路銀でもて王都で稼いでいたんだ」


 スカーレットは不機嫌風にそっぷを向きながらも、ときどき、彼女の綺麗な瞳とチラチラ目線があう。


「でも再会できて嬉しいかな」


「俺もだ、スカーレット」


「俺らはオマケか?」と、リューリア。


「酷い男になりましたね」と、ルーネ。


 俺は三人を紹介した、その逆もだ。


 ラグナが女の子になっている理由はよく知らないというネタを挟みつつ、ノルダリンナであったこと、武装修道女やギャングと友だちになったり、殺人鬼の餌にされたことを話した。


「リューリア達はどうしてノルダリンナに?」


 と、俺の今を話した後で訊いてみた。


 リューリアは愛想笑いを浮かべてきた。


 リューリアの手がちょっと獣化する。


……動揺している仕草てのはお見通しだ。


 ノルダリンナに、俺には言えないことか。いや、違う、リューリアはどちらかアホなのだから喋る。喋らないということはアホのリューリアでも言えない見たままの何かがあるということ。


 例えば依頼の対象が目の前にいるとか。


「……ところで、あの娘はどうした?」


 と、リューリアが言う。


 あの娘──。


 それがラフィーリアを指していることくらいは俺でも察せた。ただ一人、部屋から消えている。


 対象は、ダンピール相手か?


 俺は部屋を素早くを見回す。


 ノルダリンナの歌姫がいた。


 そのはずなんだが……いない?


「……ちょっと席を外す」


「どこへ行く?」


 と、ドラコに呼び止められた。


 あんた、そういうことは気にしないだろ。


 俺の心の中でマリアナ姫が警鐘を鳴らす。


 違和感が急速に膨らむのを感じた。


「酒を飲んだからしょんべん」


「我慢したほうがいいリドリー」


「漏れちまうよ、ドラコ。俺の小便は凄いんだぞ。こんな部屋あっという間に水没させちまうぞ」


 なんだ?


 ドラコだけじゃない。


 ヒルドルメイヤーとテレサもだ。


 空気がひりついたのを、スカーレット、リューリア、ルーネも肌で感じているのか雰囲気が変わる。


「出るのはやめてください」


 と、テレサが扉の前に立つ。


「どうしてかな、テレサさん」


「それが全員の幸福だからです」


「幸福ね……」


 スカーレット、リューリア、ルーネ。


 俺の知っているノルダリンナの外から来た人間は全員が、この場所に閉じ込められた。


 蓋をしているのは竜頭のドラコ、ドン・ヒルドルメイヤー、アサシンみたいなテレサ。


 そして廊下にも人を感じる。


 武装修道女かギャングかな。


「殺人鬼ブッチャを捕まえたとき一緒に仕事をしたよしみということで見逃してはくれないか?」


「リドリー、わかっていないな」


 と、ドラコが小さく首を横に振った。


「歌姫のラフィーリアは、綺麗だろう」


「……何か吹っ切れたようだったな」


「そうだ。ラフィーリアは決心した。旧市街でどれほど慣れても、我々がどれほど望んでも動じなかったが、ラフィーリアにはいない外の人間の刺激は余程強かったと見える」


「何を話しているんだ、ドラコさん」


「祭りを始めるのだよ、リドリー・バルカ。きみは、ある村での魔人騒動の中心にいたそうじゃないか。再演とは退屈だろう。ノルダリンナの外へ、お仲間と一緒に案内する」


 と、ドラコが『別の出口』を指す。


 さっきまでその扉、あったか?


 屍喰い事件、首謀者はラフィーリア。


 今日までは予兆なんてものなかった。


 漁村のヴァンパイアを探すそぶりも無いから、ヴァンパイアへの恐怖心も言葉ほど無かったのではないか?


 違ったのか。


 ラフィーリアは普通の女の子だ。


 それが屍喰い事件を引き起こす。


 覚悟があってもトリガーが必要だ。


 そのトリガーは……。


 楽しそうなラフィーリアの顔が浮かぶ。


 失いたくない記憶か。


 ラフィーリアにはノルダリンナの記憶がない。それを裏付けたのが今日までのイベントで、そしてノルダリンナには失えない物となったか。


「むごいことをする」


 ドラコは肩をすくめた。


「ヒルドルメイヤーさんやテレサさんも同じ? 一人に身の丈を超えたもの押し付けすぎだろ」


「どういうことだ、リドリー!」


 と、話についてこれないリューリア。


「俺の前にいる友人たち。ドラコ、ヒルドルメイヤー、テレサの三人は敵対したてこと!」


「そうか!」


 と、リューリアは剣を抜いた。


「よくわからないかな。でも──」


 と、スカーレットはロッカーを持ち上げる。鋼で作られた重々しいロッカーが木の葉のように持ち上げられ、床と固定していた部品が捻じ曲がり釘がとんだ。


 か、怪力……!


「──要するに通してくれないぽい」


「残念だ。ただ去れば良かったものを。お前たちは我々の夢ではないというのにな。他人の夢にちょっかいかけるもんじゃないよ」


 と、ヒルドルメイヤーが言う。


「そうかもしれない。だが、ラフィーリアの夢は俺の夢の一部でもあるからな」


 俺は無いよりはマシとレイピアを抜いた。


 こうも人が多くては狭く感じる空間だな。


 真正面からで逃げ場所はない。


 確実に打ちあう必要があるか。


 あの、ドラコを相手に!


「おっと失礼」


 とは、ルーネが発した声だ。


 何をしたのかはすぐわかった。


 紙包が火をあげていた。


「て……」


 と、テレサがヒルドルメイヤーの盾になる。


「擲弾?」


 俺は顔がひきつるのがわかった。


 そして紙包が炎を吹いて爆発した。


 青白い炎が、部屋を呑みつくした。

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