「ジロジロ見るな変態」

「ラグナ、ラフィーリアには言うな」


 新市街に帰ってきて最初の言葉だ。


「言えるかよ破廉恥野郎」


 ラグナが軽蔑の視線を送ってくる。


 武装修道女と寝たことを怒っている。


 たぶんラグナも混じりたかったのだ。


 だがラグナが獣のように武装修道女を抱けば、あまりにはかない旧市街の武装修道女らは薄い氷のように砕けてしまっていたぞ。


 あぁ、もう!!


 痩せた姿が頭を離れん!


 旧市街の武装修道女か。


 食べ物あまりないのか?


 何か俺にも工面できないものかな。


「ラフィーリアを引っ掛けて飯を食べにいこう。今日は料理してやる気力はもう無いぞ……」


「勝手にやってろよ」


 俺はそんなことを言うラグナの顔を見た。


 ラグナはまだ恥ずかしがっているのか、少し赤い。俺と目を合わせようともしない。しかしそんな表情のなかで、苦しさが混じっている。


 後悔とか、自分を責めるような、だ。


 ラグナの表情はわかりやすいもんだ。


 ゲームのキャラは顔で感情をあらわす。


 まあゲームではないんだがよく見るさ。


「ジロジロ見るな変態」



「いただきます」


「……いただきます……」


 俺は仕事帰りのラフィーリアをいちものように拾った。俺、ラフィーリア、ラグナで飯を食いに行くためだ。


 店はもう決まっていたんだ。


 香草の匂い鉄鍋の激しい炎。


 レストラン“泡沫楼”で一席。


 ちょっと奮発した。


 ラフィーリアの目は輝きだ。


 ラグナはすっかり気落ちだ。


 旧市街に飛びこんでたしな。


 まあ、そういうこともある。


 俺は魚の蒸し料理を取り分けた。


 食の進んでいないラグナの分だ。


「美味いぞ。こいつはサクラクエを蒸したものだ。豊かで良い香りだが、蒸し加減が極上だ。骨を見てみろ。こいつから身がボロボロと外れれば蒸しすぎ、べたべたと残れば半生だが、この血合周辺だけが適度に残ってる。腕が良い証拠だ」


 俺がそう言うと、ラグナは料理にかぶりつく。


 食欲があるのは良いことだ。


 俺は杏酒を飲みながら見た。


 魚の蒸し料理に麻婆にやら。


 中華系に近いレパートリー。


 ギンヌンガプ王国では珍しい種類だ。


 ギンヌンガプ王国の海の先の文化だ。


 大陽帝国だったか。漢字表記アジア。


 遠い海の先の文化の料理というわけだ。


「美味いぞラグナ!」


「ラフィーリア。小骨が喉をえぐるぞ」


「むぐぅッ!?」


 なんで大した小骨が無いのに刺さる。


 俺はこんなこともと想定していたピンセットをふところから出す。ラフィーリアの口を開けて小骨を探した。


「いおいー、あうあいい……」


「なにが恥ずかしいだ」


「リドリー、ラフィーリアは女の子だぜ」


 忘れてた。


 俺はラフィーリアの頰に指でフック掛けながら広く開けつつ、喉奥を見た。小骨はとっくに流れてるようだ。


 綺麗な喉だな。


 タバコや異臭もない。


 俺の指に牙が当たる。


 ヴァンパイアの牙と同じ物だった。


 蛇と同じ構造だ。

 

 中空、毒液注入の穴がある。


 強度はあんまり無いだろう。


 まあヴァンパイアではなくダンピールだが。


「小骨は無くなってたぞ」


 と、俺はラフィーリアの口から指を抜く。


 指にはラフィーリアの唾液で橋ができた。


 ラフィーリアは間違いなくダンピールか。


 犬歯と言うには構造が違いすぎるな。


「……恥ずかしい」


 と、ラフィーリアは顔を真っ赤にする。


 ラフィーリアはこそこそと歯を確認だ。


 まあそんなことよりもである。


「注文した献立で一番注目してほしいのは、やはりサクラクエの蒸し焼きだ。このふわりとした食感、焼くのではない、蒸すことでの脂のあんばいは、この泡沫亭でしか食べられないだろう」


 絶賛していたら店奥から感謝の声と一緒に、透きとおるグラスに酒が一杯サービスできた。


「ほ、黄酒……いや琥珀色だ、こいつァ老酒か……」と、俺はアルコール高めで独特の匂いの酒にちょっと引いてしまう。


 酒は苦手なのだ。


「ラグナ、酒も飲んどけ」


「なんだこれ!? キツい酒!!」


 ラグナは酔い潰れた。


 老酒の残りはラフィーリアがあおった。


「泡沫楼なんてよく知っていたわね」


 と、ラフィーリアは小さな声で言う。


 泡沫楼の騒がしさに消えてしまいそうだ。


 ラフィーリアは小さな口いっぱいに料理を頬張っていく。俺はラフィーリアの食事を眺めつつ、春雨を巻いて辛い味噌タレをつけて食べた。ひんやり、もっちり、野菜のシャキシャキの歯ごたえに、辛味が舌に広がる。


「おいおい『新婚さん』たち」


「幸福をちっとわけてくれよ」


 と、別テーブルから言われた。


 あまり雰囲気の良い客ではない。


「いいぞ! タバコがある! そいつならな! だが普通とは違うのを見せてやろう!」


 俺はポケットに手を入れた。


 俺が取り出したのは金属ケース。


 ローリングマシンてやつだ。


 タバコを巻くのに便利道具。


 ローリングマシンの金属ケースを開けて、刻みと巻紙をセット。紙は数枚、刻んだ葉も数種類ある。あとはケースを閉じるだけで、ポンと巻かれたタバコが出てきた。


 俺は全然タバコを呑まないが面白いから買った。タバコ好きが多いしな。……一緒に入れてる刻みや紙の臭いが混じる、と、安く叩き売りされてたんだ。


「おぉ! すげぇー!」


 下品な連中だが、悪いやつは見た目よりは少ない。俺は不躾に割りこんできた輩どもに、巻いたばかりのタバコを投げた。


「こいつは礼だ!」


 と、輩からは木細工みたいなのだ。


 なんだこれ?


 タコのような、邪神像?


 ラフィーリアが袖を引っ張る。


 何事もなかったかのようにだ。


「ところでリドリーはどんな料理が好き?」



 ラフィーリアとラグナに酒がまわる。


 酒気は薄いが、二人の口は軽かった。


 この席でのことは秘密にしてやるか


「リドリー、このバカヤロー」


 と、ラグナが絡んでくる。


 ラグナはついでに俺のキンタマ鷲掴み。


 いやな絡みかただなァ! まったく!!


「やめてくださいよ、ラグナ」


「お前は武装修道女の種馬だろ気にすんなよこんくらいィ」とかなんとか、ラグナのよくわからない理論だ。


 ラグナはアルコールが入ると男にセクハラ。


 俺はラグナへのメモを、心の中で追加した。


「え!? あんた修道女と性行為したの!? それはあれかしら本にあるような懺悔室の、顔を隠す小部屋で下半身の怪獣を修道女に出すのかしら!」


「のらないでくださいよラフィーリアさん」


 ラフィーリアも、下品な話題大好きらしい。


 ラフィーリアのちょっと意外な一面だ。


 ラフィーリアはもっと嫌うと思ってた。


「……人と人の触れあい……とっても憧れるわ。営みも、怒りも、ずっとあり続けて……向けてほしい」


「被虐趣味ですか?」


 と、ラグナがケタケタ笑う。


「違うわよ!」


 と、ラフィーリアがラグナの頭を小突く。


 気のせいか一瞬、ラフィーリアの細い腕が膨らみ黄金色の毛並みをもつ獣の腕になったように見えた。


 部分的肉体変身!


 この目では初めて見た。


 ギルヴァンでは主人公リューリアが──あいちはライカンスロープて狼人間なのだ──暴発させて、大慌てなイベントということが、部分的肉体変身を見ることのできる、ほとんどのシーンだ。


 レアだな。


「……」


 ラグナは沈黙していた。


 ラグナは真っ黒い麻婆豆腐の残りに頭から突っこんで寝ている。溺れないよう起こすけれども。まったく……。


 俺はラグナの顔を拭いた。


「ねぇ、リドリー」


 とラフィーリアが近づく。


 甘えた声で子猫のようだ。


 可愛いな。


 ダンピールで、自称はサキュバス。


 魅力が高いのはそれはそうだろう。


 蒼の月色をしたラフィーリア瞳が見上げる。


 ラフィーリアが俺の腕に絡みつく。


 ラフィーリアの柔らかな乳の感触。


 ラフィーリアの豊満なおっぱいだが、輝けるライトブルーの髪がかかるそれは、心なしか、初見よりも小さい気がした。


「愛を教えて、リドリー」


「何を言ってるんですラフィーリアさん」


「難しく考えないで。帝国貴族みたいな複雑な表現や裏は無し。もっと純粋に、あなたが旧市街でやったことを、私にも教えて」


 妖艶なラフィーリア。


 女性の性としては発達しているが、幼い外観のラフィーリアは、娼館の高級娼婦かのような言葉で、俺の理性を焼いてくる。


 酔いすぎだな、ラフィーリア。


「え?」


 と、ラフィーリアがこぼす。


 俺はラフィーリアを抱き寄せた。


 椅子を寄せて、ラフィーリアと肩をつける。彼女が落ちてしまわないように、しっかりと手を回して、ラフィーリアを腕のなかに入れた。


「少し眠る間くらいなら、ラフィーリアさん守ってるんで、寝ていてください。酔いですっかり疲れている様子だ。なぁに任せてくださいよ」


 まさかラフィーリアを、泡沫楼の床で寝かせるわけにもいかないだろ。申し訳ないが俺の肩を、枕代わりにする事で妥協してもらおう。


 酔ったラフィーリアと、潰れたラグナを宿に背負って帰ることもできるが……俺はラフィーリアを見る。


 ラフィーリアのライトブルーの瞳は……。


「おい、そこのガキ」


 俺たちの一席に男が乗りこんできた。


 個室じゃあないんだ、こういうこともある。


 だが、猛烈に嫌な予感が湧いてくる。


 ラフィーリアの目から酔いが消えた。


 俺はテーブル下に下げたレイピアを確認。


 男は恰好からして、ノルダリンナでよく見かける船乗りではない。かと言って役人と言えるほど小綺麗でもない。普通の上下の服、顔には浅い切り傷。戦傷か。縫った跡が見えた。


 戦働きをした『平民』だ。


 つまりは俺と『同じ』だ。


「ふざけんな」


 男は震えていた。


 男は怒っていた。


 男がテーブルを蹴り飛ばす。


「ガキどもが何もしらねぇクセになに知ったふうなこと話してやがる!!」


 男が叫んだとき。


 強烈な酒の匂い。


 おい老酒じゃねぇかよ。


 ただの酒飲みじゃねェ。


 相当酔っているらしいが……。


「どいつもこいつもふざけやがって!」

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