「さっきは悪かったな」

 ラフィーリアが男の頬を張り倒した。


 やりやがった!!


 いや手が早すぎる。


 会話とかどこにあった!?


 俺、聞き逃したか時間止まってた!?


「うわァ」


 肉が波打つ嫌な音が響く。


 男は白目を剥きながら顔面から床とキス。


 あちゃあ……。


 ダンピールは混血。


 純粋な人間でない腕力だ。


 ラフィーリアは声をかけない。


 ただ、ただ彼女は足を振り上げる。


「やりすぎだ」


 と、俺はラフィーリアの足の前に立つ。


 目を回している男をかばう位置に、だ。


 ラフィーリアの見た目は幼い。


 どれほど力の差があろうとも。


 印象というものは重要なんだ。


 ましてや泡沫楼で大勢が見た。


 これでは男の立つ瀬がない。


「実力をわからせる」


 と、ラフィーリアはそよかぜのように言う。


 ラフィーリアの小さいがハッキリと意志だ。


「ダメだ。圧倒したとしてどうする? 殺すのか? 俺が許さない。じゃあ半殺しか? 怨みは一生忘れないものだ。こんなことでこの男から一生怨まれるのか」


「だから?」


「余計な摩擦は作るな」


 俺は男の頰を叩いて起こす。


 脳震盪とか起きていないことを祈ろう。


 後々に脳に血が固まったらそのときだ。


 俺の背中からは、ダンピールの殺気だ。


 ダンピールの蹴りを受ければ背骨がやられる。枯れた小枝のように折れるだろうさ。それでも俺はラフィーリアに背中を向けた。


 彼女との絆を信じている。


「おーい、起きろ、起きろ」


「うぅ……」と男はうめく。


「さっきは悪かったな」


 男は生きているようだ。


 男が死んでなくてよかった。


 ラフィーリアに睨まれた男は、号泣していた。……俺は男を客から隠す。


「ラフィーリア、ラグナを頼む。それと喧嘩を始めたんだから店に謝っておいてくださいよ、まったく」


「リドリーは?」


「この男を店の外に出してきます」


 と、俺は男と一緒に泡沫楼を出た。


 男は羞恥か酒気か赤くなっていた。


 ぽつり、ぽつり、雨が降り始める。


 潮風の匂いから土のむせる匂いへ。


 熱くなった頭を冷やすにはちょうど良い。


「くそッ、くそッ、魔法が使えりゃあもっと強いんだ、くそッ」と、男は立ち去るわけではなく雨を浴びながら言う。


 魔法か。


 男は魔法が使えないんだろうな。


 ギルヴァンでは、魔力の無い生物てのは存在しない。魔法を使えない障害者──俺みたいなのだな──は、いるがギルヴァン世界の生物の大半は魔力を持っている。


 それは魔力を作るのが共生細菌だからだ。


 共生細菌が定着している生物は、腸を持つ全ての生物だな。独立して魔力溜まりを作るのもいるが基本的に多細胞生物は魔力はある。


 進化の大元から続いている能力だ。


 ただ、いわゆるところの魔法が使えるかは別だ。魔力を、魔法という電撃や燃焼に使うこともできるが、それは、鳥が仕方なく飛んでいるのと同じで負担が大きい。


 鳥は飛ばないほうが長生きするもんなんだ。


 魔法はできれば使わないほうが良い能力だ。


 魔力を作る、効率よくエネルギー吸収する。


 それだけで地球系とは違う生物なのだ。


 例えばオオガマイタチなんかは基本的に魔法を使わないからこそ大きくなっているし、亜種で風切りの魔法を使う個体は、体格が半分ほどまで小さく、寿命も大きく削れるのだ。


 魔法は命を使っているのと同義だ。


「魔法てのはそんな良いもんかね」


 と、俺はふところをまさぐる。


 呑みもしないタバコのローリングマシンが出てきた。ちょっと面白い小道具だ。


「ほぉ」と男が気になると言っている。


 ローリングマシンの金属ケースを開けて、刻みと巻紙をセット。紙は数枚、刻みも数種類ある。あとはケースを閉じるだけで、ポンと巻かれたタバコが出てきた。


「面白いな」


「呑んでけ」


「タバコを吸うと?」


「指を見ればわかる」


 男の左手の指。


 タバコを持つ指がヤニで焼けていた。


 俺はタバコを叩いて寄せたあと吸い口にする部分を潰して軽く捻った。俺はマッチを擦り、火をタバコに移す。


 紫煙をあげるタバコをつきつける。


「タダだからな」


「タダなら仕方ない」


 男はタバコを吸った。


 浅くだ。


 赤ん坊が乳に吸いつくような呑みかたとは違い、それは浅く、深く呑みすぎない。


「このオモチャ、お前にやるよ。魔法が使えなくても面白い道具はたくさんあるぜ」


 俺は店内に戻った。


 それから男がどうしたかは知らん。



「リューリアくん、どう?」


「……なんか……嫌な感じだな。イヌ扱い?」


「でもリューリアくんが一番鼻が効くんだ」


「それは、そうだが……なんだかな……」


 偶然出会ったのがリューリアくんとはついてるかな。一緒にリドリーくんの痕跡を追うのに最適だもの。


 王都を出たリドリーくんの痕跡が無い。


 どこかの町に向かっていたとは聞きこみ済みだけど……曰くつきの土地かな。


「スカーレット。シティウォッチの先輩が話していた噂があるんだ。悪霊都市ノルダリンナて知ってるか?」


「呪いが強すぎて廃都したあとその上にもう一度、都市を築いたけど、長年、地下では悪霊との死闘や生贄がはびこったとかいう町だったかな?」


 何度か聞いたことがある。


 小さな頃散々に脅された。


 聞き分けないなら、ノルダリンナに捨てる。


 そう聞いて知らない町が全部怖くなってた。


 もう、随分と昔のことだけど。


「シティウォッチの先輩いわく、ノルダリンナの廃都がまた動き始めたんじゃないかて」


「まさか。仮に住人がいたとして犯罪者とかが少し居着いているくらいだと思うな。都としてなんて!」


「死んだシティウォッチ、ようするにアンデッドになった仲間を見かけたそうだ。シティウォッチのベテラン、あやふやな印象では話さないて信用がないか?」


「たしかにそうかな。でもそんなことある?」


「ちょうどこのあたりだ」


 私は周囲を見渡す。


 崩壊した、かつての街道だ。


 石を敷き詰められ日々大量の車は走っていただろう道は、今や栄えていた面影なんて何もない。崩れた石、雑草が生い茂りかろうじて道に見えるだけ。


「ノルダリンナの港が見えてくる」


 正確には、と、リューリアは続けた。


「跡地だがな」


 私は見た。


 巨大な穴が地面をむさぼる。


 遥か先に見える海は、その巨大な穴の中へと滝として降り注いでいた。


 ノルダリンナの町が無い。


 それもそのはずかな。


 ノルダリンナは消滅しているんだから。


「私たちもうこんなとこまで!」


「旧ノルダリンナの侵食は日々進んでる。近づいてきていたんだろうよ。まあ、リドリーはいないだろ。森の中まで海水の臭いだらけだ。腐った魚の臭いはいやだぞ」


 私たちが抜けてきた森は塩を浴びていた。


 潮風に吹かれた森は、青々としているべき葉が枯れ、死につつあるようだ。


「リドリーの手掛かりはここまで……」


「スカーレット。リドリーも気が向けば会いにくるだろ。伝書竜だけ送っとけばそのうち会えるさ。まさかノルダリンナの底にいるわけでなし」


「……底!?」


「伝説にもあるだろ?」


「ノルダリンナの魔獣」


「そう。ヴァンパイアの置き土産。OSETの魔法で町ごと消滅したて伝説だ」


「よっぽど恐ろしい魔獣だったんだろうね。町が消えただけじゃないから」


 と、私は穴を一望する。


 星そのものが。


 穿たれていた。

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