「いくぞイヌッころめお前なんかこわかねェ!」

「もううんざりなんだよ」


 と、俺は息を吐く。


 ライカンめ、躊躇ったな。


 ギルヴァンのZOCシステムは生きてる。


 特殊なスキル無しなら必ず足は止まる!


 実証されちまったな。


 ライカンの荒い鼻息。


 小刀みたいな歯の列が、グラディウスごと、俺を押す。そして俺の膝は容易く折れ、泥がついていた。


 ライカンの強い敵意が目の前だ。


 俺ァ今にも頭が噛み砕かれそうだ。


 だが、笑わなくちゃならない。


 大丈夫だと──。


 言ってやらなくちゃならねェだろ!


「いくぞイヌッころめお前なんかこわかねェ!」


 パピーな子イヌだろ。


 俺は息を吐いた。


 浅く鋭い息だ。


 吐息でグラディウスが曇る。


「ッ!?」


 俺のバネみたいく跳ねた剣と体だ。


 パワー勝負なら負けるが綱引きじゃない『跳ね返し』でライカンをのけぞらせ、グラディウスの刃から左に滑り落とす。


 マジかよ。


 牙と剣で火花が散る。


「なんのつもりだッ!」


 と、ライカンは、呻き声か、遠吠えか、咆哮なのか……まるで泣きじゃくるみたいだと勘違いするような高いから声で吠えた。


「やっぱ喋れるのかよ、お前さん」


「なぜグラディウスを捨てる……」


「捨てたくて捨てたわけじゃねぇよ」


 俺のグラディウスは弾かれた。


 俺の手から離れて泥に沈んだ。


 もし持っていれば腕ごと折られた。


 たった、それだけのこと、だろう?


「ライカン! お前の足を相手には逃げられん! ならばグラップラーみたくこの全身の肉で戦うしかないな! お前、俺に毛をむしられるのは痛いぞ! あと俺はケモノでもなんでもいけるクチだ! 負けたら覚悟しろよ!」


 気のせいか?


 負けたら覚悟しろ。


 俺がそう言ったときライカンがこわばった。


 ライカンの、柔らかな猫のごときしなやかな肉だったものが焼きすぎた肉くらい固まった。


 ライカンの中身はリューリアだが……。


 俺、もしかして……同性愛者の扱いか?


「俺は魔法が使えない! 手加減しろよな!」


 俺はライカンに頼んだ。


 ライカンのモフモフに霜が降りた。


 聞いちゃいねぇのかよ!!


 ライカンが霜を踏みながら突進!


 ライカンの手足が異様に伸び、爪が霜の降りた土を掴みさらに──加速!


「こんな美しい獣に勝てるかよ……」


 激突した。


 普通人とは比較にならない種の体重差。


 その衝撃はトラックにぶつかったくらい?


 俺なんかじゃあバラバラにされちまうよ。


「リドリー……ッ!」


 スカーレットの悲鳴が聞こえた。


 俺ァ、ちょっと後悔してる。


 俺とスカーレットの二対一で、死に物狂いに戦えばライカンには勝てた可能性がもう少しある。


 かっこつけなきゃよかった。


 弱いヤツが背伸びすれば死んじまう。


 あたりまえのことなのだ。だが──


「ッ!」


──俺の身の丈はここじゃねェ!


 ライカンの胸を掴む。


 ライカンの纏う霜の鎧が、俺の掌を貫通して血が伝う。だが──だが約束通り掴むッ!


「うおおおぉッ!!」


 俺はライカンの腹にしがみつけた。


 ライカンはぶら下がった俺を、不愉快な害虫のように掻きむしり、跳ねまわり、始末しようと暴れた。


 だが絶対に離さんッ!


 俺の手を霜がさらに深く刺さる。


 だからどうしたよ!!


 俺は引きずられていた足でライカンを締める!


 頼むからチンコだけは刺すなよ!?


 俺は全身でライカンに抱きついた。


「何なんだよお前はッ!」


 ライカンの爪が背中を裂く。


「離れろッての!」


 ライカンの掌が骨を掴み揺さぶる。


「身の程知らずのバカがッ!」


 ライカンが走り俺の体が地面に研がれた。


 皮が裂け、肉を削がれても伝えたいんだ。


 バカヤロー。器用ならこんなのするかよ。


「──」


「なんだと……」


 ライカンが反応した。


 やっとこさスタートライン?


 俺、ちゃんと言えてたかな?


 ライカンの動きが止まる。


「俺と友だちになろう」


 これは縁だ。寂しがり屋め。


 俺が、どれほど傷つくかは考えなくていい。


 俺が、傷ついたことなどはさっさと忘れろ。


 だからこれからの話を聞いてくれライカン。


「人間を食わないなら俺の家に来い。いや、それはまずいな。俺は村の門にいる。こっそり俺の影を踏んでみろ。美味い飯、それに、お前を最高の相棒として面倒を見てやるぜ?」


「……大きなお世話だ」


「実を言うとな俺が寂しいんだ。自分から孤独を選んじまったのに、孤独は嫌だと村を出ることもできない。大切にするぞ、お前だからだ。孤独なライカン、どうだ一緒に……」


 俺はライカンを口説いた。


 俺の言ったことは本音だ。


「なァ、ライカン。お前はここになんでいる?」


 狼は群れを作る。


 孤独な狼は気高いんじゃない。


 群れから捨てられた不出来だ。


「お互い不器用だな……」


 俺は血のなかで見上げた。


 ライカンはスカーレットを見ていた。


 リューリアはスカーレットに執着か。


 だあが何故なんだ?


 ギルヴァンで特別なイベントなどない。


 当たり障りのない、スカーレットの個別ストーリーしか浮かんではこないぞ。


 ライカンは何に執着しているんだ。


 いや、考えを切り替えてみろ、俺。


 スカーレットのほうじゃない。


 リューリアのほうに目的がある。


 リューリアが個人的にスカーレットを?


 そんなもん──恋心しか、ねぇよなあ。


 こいつァ命を張って生き延びないとな。


 半端だと俺が喰い殺されるぞ。

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