「奇遇だな、珍しい友よ!」
「レッドナイトさ……」
僕は、スカーレットに話しかけようとした。
同じパーティーだ。
せっかく仲間なんだ。
もっとも仲良くしたい。
僕が誘わなければ、スカーレットは学園で孤立してた。良いことをしている。でも僕からもっと積極的にならないと!
スカーレットは勝手ばっかり!
僕とルーネじゃ大変なんだぞ。
もっとスカーレットに空気を呼んでほしい。
スカーレットとは疎遠になるばかりだ。
……困るんだ。
流石に僕の居場所が無くなる。
村で贈り物を買った。
アシツキクジラの干し肉。
村のカリンとかいうおチビが、行商人から買うのを見ていて咄嗟に買ったのだ。
腹をいっぱいにすれば仲良くなれる。
食べ物てのは大切だし感謝される!!
僕はそうなる未来の絵を描いていた。
「嘘だ」
気難しいスカーレットが、リドリーとかいう男と話していた。あの、気難しいスカーレットの顔なんてどこにもなかった。
僕はスカーレットに尽くしている。
なのに、スカーレットは振り向かない。
リドリーは?
あの男はスカーレットを雑にあしらっている。
なんで!?
僕ではなくリドリーになつく!!
そんな、だって、おかしいよな?
「リューリア!」
誰かが僕を呼ぶ。
いや、ルーネだ。
だが僕は走った。
走るほど、体が溶ける。
そんな気がした。
引き伸ばされた。
いらない物も落ちていく。
走って、走って、心もだ。
僕が誰だったかも遅すぎる。
「はッ! はッ! はッ!」
獣のように息をしていた。
獣のように?
なぜそう思う。
僕は──ライカンスロープなのに。
四肢で森を駆ける。
爪が、肉球が、食い込みが、冷たさが。
毛の下にこもる熱が、風を流すさまが。
全てが僕になっていた、そんな気がした。
「なんだあありゃあ!?」
「えぇい役立たずラグナしかいないの!?」
「てめぇどういう意味だこのラグナさまに! あッこらレギーナに乗るな──レギーナさま俺じゃねぇッての!!」」
「うるさい! あの……」
置いてきた声が聞こえる。
仲間のルーネ。
それと派手なラグナ。
「……ライカンを追って!」
やっぱり僕は“そうじゃないか”。
◇
「スカーレット・レッドナイト……」
と、うめくような獣の人型だ。
人狼だ、俺は人狼と遭遇した。
ボロボロの衣服。
帯剣した武人だ。
「リドリー! ライカンだ!!」
とスカーレットが『敵』を前に叫ぶ。
いや──こいつ、リューリアじゃね?
もふもふのライカンは紺色の毛並み。
リューリアと同じ髪色だ。
ライカンモードの青白い月の瞳だ。
「オオガマイタチが喰われるな」
と、俺はオオガマイタチから降りた。
リューリアだが様子がおかしい。
口からよだれを垂らし、四肢を地面につけて低い姿勢で毛を逆立てながらゆっくり動く。完全に、獲物を狙うとか威嚇している。
お前、どうしたよ、人間らしさが無いぞ。
だが……リューリアと名前を叫ぶのもな。
リューリアにはデリケートな話なのだ。
俺は腰のグラディウスを抜くか迷う。
「リドリー」
と、スカーレットは獲物である細身のレイピアを抜いていた。色々持ってんのね。
「スカーレット」
「リドリー、それは子犬じゃないよ」
「知ってる。ライカンスロープだ。獣人で、恐ろしい力をもっている」
生身で相手するもんじゃない。
だが、リューリアだ。
あッ。
正気を失ってたら死ぬな、俺。
主人公リューリアを信じるさ。
「少し、話す機会をくれ」
俺はスカーレットをオオガマイタチに残した。
リューリア……ライカンと話だ。
「奇遇だな、珍しい友よ!」
ライカンは、俺のことが見えていない態度だ。
ライカンはスカーレットに話しかける。
だが呻めきと吠えの間みたいなライカンの言葉に対するスカーレットの顔は、引きつっていた。
そういえばギルヴァンの世界では、ライカンとかトロルみたいなのは女を攫うのだ。
「お前は誰だ?」
と、やっとライカンが俺を見て言う。
なびかないスカーレットから俺にだ。
青白い月の瞳は、冷たくも憎しみで燃えていることくらいは見ればわかる。こいつァ、ライカンモードの快感で変身している隙に、たまたま遭遇しただけて雰囲気じゃあなさそうだ。
俺はグラディウスに伸びかけた手を封じた。
「とんだデートになったかな」
と、スカーレットがオオガマイタチの上で手綱を握りながら言った。
──その瞬間。
ライカンの目がさらに鋭くなる。
獲物を奪われたクマみたいな執着だ。
やっと合点がいった。
どうして気づかなかった。
俺がギルヴァンをやっていた時どうだった。
攻略キャラに恋をしていたじゃあないかよ。
そうか……お前はスカーレットが好きなんだな。
ライカンの体からは魔力が溢れたらしい。
生物的に合成される魔法のエネルギーが、おそらくは腸のなかの細菌たちに励起されているのだ。
初夏前の森に霜が降りた。
分子運動が強制的に抵抗を受けて、熱を無くし、強い陽射しさえも曇らせる霧が空を覆おうとする。
ライカンを怒らせたらしい。
ライカンの牙が折れそうな軋みを聞いた。
「ちょっとヤバいか」
俺の背中に嫌な汗が流れる感じだ。
ミスコミュニケーションだったか。
主人公リューリアは、スカーレットが好きなのだろう。そして今、スカーレットは俺に奪われているような状況だ。
デートが原因だな……。
村の連中にも見られていた。
隠していなかったしな……。
リューリアはそれを聞いて、これか。
げに、恋心の恐ろしさだなこいつァ。
「俺ァさ仲良くなりたいんだ」
恐ろしくてたまらない。
ライカンスロープ。だ。
ギルヴァンでは雑兵みたいなユニットが大勢いる。大抵は、どんな敵でも余程でなければ勝てないよう数値を調整される。
主人公、引いてはプレイヤーが操作するユニットが敵をちゃんと倒せる、勝敗を決めるゲームバランスにするためだ。
ギルヴァンなら、俺のユニットとライカンが衝突したらどうなるだろうか。まあ死ぬ。絶対に死ぬ。一撃では無いが、ダメージレースで確実に死ぬ。
勝つことは俺が操作するなら期待しない。
そのくらい俺クラスとライカンには差だ。
「俺さ、イヌ……好きなんだよ」
飼ったことあるのは猫だがな。
「それに一度手に入った物はもう手放したくない。ずっと一緒にいたいと思うくらい傲慢で我儘なのが俺なんだ」
全部、いなくなってしまう。
それは寂しいもんだ。
失ったらおしまいだ。
リューリア、気がついているか?
お前そのままじゃあ失っちまうよ。
俺だったら嫌だな。
だから──お前にもさせないよ。
ライカンが俺に吠えた。
「スカーレット!」
と、俺は四肢に運ばれるライカンの牙に、グラディウスを抜きながら叫ぶ。
「絶対にライカンを殺すなッ!」
グラディウスと怒りの牙が激突した。
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