「デートて見抜かれてるのかな?」
「リドリー!」
「お前が寝坊したんだ!」
俺とスカーレットは跳ね起きて、お互いのプライベートとか肌着だとか寝巻きだとかすっぴんも裸も気にせず着替えた。
寝過ごした!
昼の鐘が鳴ってる!
くそッ!
昨夜、調子にのったせいか!?
ついうっかりゲームで遊びすぎた!
修学旅行とかお泊まりは興奮するからな!
デート衣装が半分ズレたまま、家のドアを蹴り破るくらい乱暴に開け放つ。
「ど、どこがデートマスターかな!?」
と、スカーレットもほとんど準備なく、陽の光のなかにあらわれた。ちょっと髪のクセが残ってる。ぴょこぴょこと跳ねているほどだ。
社交に出る姿ではないな。
俺は吹きだして、スカーレットにはたかれた。
「デートプランはどんなのかな?」
「デートマスターにおまかせあれ」
「ほんとかなァ〜?」
「ほんとがちょっと期待しないでほしい」
マジで。
都と村では村のデートスポットは退屈だろう。
流行りのどれそれなんてものは村には無いし。
村の近くでもっとも美しい場所。
あと初夏で暑いから涼しいとこ。
ミスリル鉱山、旧リエラ坑道だ。
坑道と言ってもまあ地底湖だな。
「噛まない?」
と、スカーレットはオオガマイタチを怖がる。オオガマイタチは間抜けな顔で口を開け、犬のように息をしていた。暑いのだろう。
「噛まない。たぶん忘れてなければ」
オオガマイタチを撫でようとしたら、アホなオオガマイタチは俺の腕を食べようとしたので拳骨した。
オオガマイタチは冗談ですがな!冗談ですがな!と口を閉じたが、今はもう忘れてアホ顔で口を開けている。
油断したら喰われる。
「噛みませんよ」
オオガマイタチに相乗りだ。
蛇のようにオオガマイタチは左右に揺れながら、鋭い前腕の四本でどんな地形にも手掛かりに、後ろ脚で駆けのぼる。
「ウマと違ってクセがあるだろ?」
と、俺はオオガマイタチの手綱をもったまま、後ろのスカーレットに訊いてみた。
「そうだね! ウマはズドンと上下に跳ねる感じだけど、オオガマイタチは、こう、ダンスをしてる気分!」
「腰がくねくねで?」
「腰がくねくねで!」
と、スカーレットは、おほほ、と、ウマとは違う変な感じを面白がっていた。
「あら! 畑!!」
「村の食べ物を作ってる畑だ。祭りのときに食べたようなのも、このあたりで作ってる。今は昼休憩だな。弁当を食べてる」
「おーい!」
と、スカーレットは手を振る。
畑作しているご婦人に乙女が、きさくに手を
振り返したり、相乗りのオオガマイタチに黄色い歓声をあげていた。
「デートて見抜かれてるのかな?」
「……恥ずかしくなってきた」
「リドリーでも照れるんだ」
手綱の手が少し弛む。
オオガマイタチは、あっという間に、俺たちを載せているのを忘れて、チョウを追いかけようとしていた。
俺は慌てて、オオガマイタチを戻す。
「照れるんだ」
と、どこか悪戯な声のスカーレットだ。
「うるせぇ……」
と、俺は赤くなった顔を風に当てた。
あっという間に畑を抜けて森へ入る。
分厚い木々の天蓋が夜を作っているわけでなく、よく間引きされた明るい里山だ。
「木が服を着てる?」
と、スカーレットが不思議そうに言う。
整備された森の木々の幾らかには、麦わらをぐるりとあてて縛られている。
「木の皮を剥いだあとの養生だ」
「木の皮を?」
「あぁ。髪を作るのもあるんだが、舐めして袋、バネ、船に張るとか、あとは、ほぐせば紐になる。服だって作れるんだぞ」
「木の皮で服を!」
「冬の魚が大量なら、魚の皮でも服だな」
「魚の皮で!?」
スカーレットには何もかも新鮮なようだ。
鳴き声だけ聞こえる鳥の正体。
タダ乗りする昆虫が何者か。
あの花は、あの獣は何か?
スカーレットは好奇心旺盛だ。
「スカーレットはもったおとなしいと思ってた。見た目は大きくとも、押しは弱いみたいな」
「私そんなふうに見られてたの!?」 おっかしいー!」と、スカーレットは「おほほ」と笑うがちょっとテンションがおかしい。
「……ウマじゃないけど遠乗りは久しぶり」
と、俺の背中から聞こえてきた。
まるでスカーレットではないようだった。
ギルヴァンで知るスカーレットは何者か?
俺が知っているのは……少しだけ、違った。
もっと、ずっと、楽しくて魅力的に感じた。
「……リドリーのお腹は、もう大丈夫?」
と、スカーレットが後ろから俺の腹を触る。
俺はくすぐったくて「おほほ」と笑った。
「へーき。魔法はまったく使えなくなったが、リドリーからもらった物がよく治してくれてる。定着してなければ、もっと苦しんでた」
「お役にたてたなら幸いかな」
と、スカーレットは、ふふん、と自慢気だ。
「スカーレットのウンチだけど──」
「──おバカ!!」
スカーレットにすごい叩かれてしまった。
痛くて、痛くはなくて変な気分だ。
「学園! 学園生活はどうなんだ!?」
と、俺はスカーレットに違う話題を投げた。
するとスカーレットが俺の脇をギュッと締める。
「魔人討伐の功績でいっぱい加点されたかな。実技は問題ないよ。むしろ優等生のほう。騎士団のお墨付きも強いしね」
でも、と、スカーレットは続けた。
俺の後ろでスカーレットの顔はわからない。
だが彼女の息が、不安からか青い気がした。
「リューリアが日に日に追い詰められてる」
「リューリアさんが? 良い男だと思ったが」
「男?」
リューリアとスカーレットの親密度は低いのか? スカーレットはリューリアを避けているような感じに聞こえるが……。
「リューリアのパーティーだ。心を補佐するときもあるだろう。放置はダメだぞ。同じ仲間で命を預ける。魔人との戦いだって、パーティーでだろ?」
背後で、スカーレットが頷いた気がした。
「俺としてはみんなで仲良くしてほしいな。スカーレット、きみが心配だぞ俺は。リューリアがおかしいと思うこと、ルーネに相談していないだろ?」
「……してない」
やっぱりか。
「リューリアを虐めてやるなよ」
「虐めてなんかないかな」
と、スカーレットはちょっと気を立てた声だ。
「仲良くするかはともかくだ。大切だぞ、良いパーティーにはな、お互いが妥協できるだけの『好き好きポイント』てのがある」
「す、好き好きポイント……?」
「あッ! バカにしたな!?」
「してないかな!?」
「まあいい……ようは最初の投資というか、自分からちょっと親切にしてみることだ。挨拶とか気遣いとかな」
「それで変わる?」
「さぁ? だが案外、人間てのは貰いっぱなしではいられないてのが多いよな」
「……リドリーが言うなら、がんばってみる」
「俺は嘘吐きだから信用しないほうがいいぞ」
「リドリーはさ──信用できるかな」
嬉しいことを言ってくれるなァ。
デバフの最弱お嬢さまとは思えない。
いや、おかしいことを言ったな。
ギルヴァンでは戦闘能力、あるいは支援とか、シミュレーションRPGとして攻略に役立たない数値のキャラは、ゲームクリアにおいて無能というだけだ。
ここは、ギルヴァンじゃないんだ。
「むッ、やなことを思いだしたかな!」
「スカーレット全部受け止めてやるぞ」
洞窟まで距離があるしな。
サービスだ。
「リューリアが、ルーネとすごいねちょねちょしてる。三人パーティーで恋人同士でいられると、ちょっと嫌ッ!」
嫌ってあなた……。
子供っぽい口調になっちゃって。
「リューリアとルーネはくっついてるのか」
リューリアはそういうルートなんだな。
仲間が二人の時点で随分と親密度が高い。
ギルヴァンの序盤とは思えない進展……。
あッ。あ〜……ルーネか。
「しかもリューリアて、私との距離を凄い詰めてくる。趣味とか好きなもの全部知ってるし、聞きたい言葉を選んでいるというか……不気味」
「不気味は、リューリアさんが可哀想だ」
スカーレットは自分好みすぎる男だと嫌になる天邪鬼か。贅沢だねェ。
「二股はダメ」
「うッ」
スカーレットが、俺の脇、横腹を挟む。
けっこうな握力で締めるな!?
「二股はダメ」
「リューリアさんの話だよな!?」
まったく。
息が止まってたぞ。
恐るべき怪力だな。
巨人の一族だな!!
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