「あれよあれよと最悪だァッ!」

 不味い状況、ね。


 ルーネ・ドラゴンジュール、けっこう長く戦ってきた年数のなかでも今回は、もうダメかもしれない。


 ドワーフの棲家みたいな場所。


 弱い味方がたったの二だけね。


 おまけに弓無しで軽装備。


 諦めちゃうほうが気楽よ。


「この化け物がッ!」


 リューリアが吠えた。


 魔人が無数の触手だか筋繊維の束ともしれにまいものを無数に打ち、幾つかは洞窟の壁を手掛かりに巨体を引っ張り、幾つかはリューリア自身に放つ。


 そして魔人の肉がリューリアに体当たり。


 リューリアのボアスピアを片手に腕を開いた。


 そんな……信じられない!


 エルフの戦士でも無理だ!


 リューリアは肩を貸した!


 リューリアは魔人の質量を受け止めた!?


 目を見開いてしまった。


 肉と肉が激突して打つ音が響く。


 リューリアが凶暴な長い犬歯をむきだす。


「ルーネ!」


 と、スカーレットに呼ばれ終わる前に、私は走りだす。狭い坑道のせいで弓は置いてきたが、代わりに手裏剣を持ちこんでいる!


 スカーレットが走る。


 スカーレットに、リューリアを迂回した『新しい腕』が魔人の肉から伸びた。


 させない。


 私は、鉄の棒の質量を指の腹に感じながら投げ放つ。鎧さえ、まともに当たれば貫通する衝撃の手裏剣の杭じみたそれが一瞬、灯火に照らされる。


 スカーレットの髪を数本切る。


 私の投げた手裏剣は、魔人の腕を、元ある肉に縫い付けた。


 手裏剣だけじゃない。


 スカーレットのレイピアも刺さっている!


 スカーレットの得物は……。


 その時だ。


 轟音が、響く。


 スカーレット。


 あの巨女が……打ち捨てられている岩を持ち上げていた。そしてそれが当然であるかのように魔人へと投げる。


 岩と肉なら、岩が硬かった。


 魔人の肉が裂けて血飛沫が壁を染める。


 リューリアの体から魔人は剥がされた!


 リューリアもスカーレットもこうも強かったか?


 リューリアの肉体は組み手ができる。


 スカーレットの肉も同じくらいよね。


 肉体派が二人。


 ならエルフの私はどこなら援護できる?


 いつのまにか私は、リューリアとスカーレットを頼れる仲間として計算している。それに気がついてしまった。


「ルーネ!」


 と、スカーレットはレイピアで魔人を牽制する。


 魔人は岩を投げつけられのたうちまわる。


 魔人とは逆の線路の先から声と明かりだ。


 人間にしちゃ、随分と速いじゃない。


 あら、先頭はラグナ・ゴジソン?


「ひぃ〜騎士じゃないんですって!」


「騎士団、正面へ展開!」


 魔力の密度が、のしかかる。


 騎士団団長イレーヌが完全装備で、そこにいた。


 あのケルメスの従士の生き残りか。



「あれよあれよと最悪だァッ!」


 ラグナ・ゴジソン伝説の終わりだァ!


「ドルイドでもシャーマンでもなんでもいい! 壁の再生を急げ! 奴はすぐに──」


 肉塊がヘビじみた動きで坑道内を滑り、騎士の兜をもぎ取った。鎖帷子のチェーンが力任せに千切られ、パラパラと降り注ぐなか、遅れて噴きだした血潮が坑道の壁を染める。


「──恐れるな勇者たち!」


 ダメだ。


 騎士はともかく学生は狂乱してる。


 俺だってこえェよ!


 騎士の重外骨格鎧が、ほんの少し魔力強度を落とした程度で肉塊に引き裂かれるんだぞ!?


 俺みたいな生身なんて撫でられただけで骨から肉を剥がされるに決まってるじゃあないのよ!


「ごふッ……」


 肉塊が、騎士の壁を失った学生を狙う。


 めざとい野郎がッ!


 学生の標準的な胸甲が陥没していた。


 学生は潰された胸から逆流した血を吐く。


 俺は倒れかける学生を支えた。


「プリースト! 後ろへまわせ!」


 陣形に空いた穴は、体中からあらゆる体液を撒き散らしながら来た学生が埋めた。


 下がるのも一苦労じゃあないのよ!


「ラグナ!」


 誰だ俺を呼びやがるのは!?


 ゲェ! いつぞやの四奴隷騎士!


「ご主人」


 と、ねっとりした声だ。


 バシネット越しにもわかる!


 アイツらじゃないか、アイツらだ!


「ウォーキャスターを入れる。まったく、情けない尻を蹴らせるんじゃない」


「ひうんッ!?」


「魔人ども倒すぞ!」


「征伐! 征伐!!」


「ウマ無しだが俺らがウマだ!」


「ランス正面、全力でかけよ!」


「チャージ用意! 進路開けろ」


 頭のおかしい連中め!


 頭が狂ってるから魔人に突撃するんだ。


 くそォ、これじゃ俺が腰抜けじゃない!


 俺は背後を見た。


 ビビってる役立たずのガキどもだ。


 ムカつくが、リドリーなら逃げない。


 あの雑魚は身の丈をわきまえないな。


 俺は騎士みたいに戦えねェ!


 ガキみたいに泣き叫べねェ!


 なら俺は、俺のやり方をしてやる!!


「わァー!」


 叫ぶ。


 声の大きさだけなら騎士並みだ!


 王都で買った聖剣グランドールの偽物を、鞘から抜いて振りまわす。


 騎士が魔人に倒された。


 あっという間に俺が最前列だ。


 嘘だろ……?


 魔人と目があう。


「へば?」


 偽グランドールが鋭く斜めに構える。


 なんだ、今、こうしないとダメだと?


 魔人が自分から首をグランドールに刺していた。


「へう?」


 と、俺は間抜けな声を出す。


 魔人に偽グランドールが効いた?


 ら、ラッキー!!


 その時、野獣の咆哮が響いた。


 それは俺の背後からの突進だ。


 リューリアが──気のせいか人間に見えなかった──魔人の腰に組みついて壁に叩きつけていた。


 あの憎いスカーレット、それにルーネ、騎士だけでなくビビりの学生までが魔人に刃を突き立て串刺す!!


 魔人は体液を溢れさせるが動かない。


 魔人は断末魔もあげない。


 魔人はすでに果てていた。


……俺のグランドールのおかげだな!?


「リドリーたちが危ない」


 と、スカーレットが腹に手を当てながら言う。


「急いで救援にいかないと!」


 へへッ、俺の魔人斬りグランドールさまの伝説にはもっとハクがいるものなぁ?

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