「みんな。お願い、手を貸して!」

 肉塊がうごめいている。


 光のない坑道を触手あるいは触覚を伸ばす。


 肉塊のセンサーにメクラドラゴンが近づく。


 メクラドラゴンは完全に退化して埋もれた目の代わりに、長い髭をムチのように振り回しながら、陽にあたらず白く透ける体をゆっくりと四肢で這わせている。


 肉塊のセンサーとメクラドラゴンの髭は、ほぼ、同時に当たっていた。


 メクラドラゴンは反射的に動いた。


 メクラドラゴンの不釣り合いなほど巨大な口が裂け、大顎で、肉塊に噛みつく。闇のなかでいつ出会えるかわからない獲物を熾烈に襲う。


 だが、メクラドラゴンは知らない。


 肉塊はメクラドラゴンの手にはあまるほど巨大だということをだ。メクラドラゴンに幾つもの顎が噛みついた。


 メクラドラゴンが悲鳴をあげた。


 坑道を響き渡り反射するなか、その断末魔はただの風が吹くノイズに変わっていた。



「スカーレット!」


「何か用かな、リューリア」


 私は一人ぶんしかない狭い坑道の先頭だ。


 盾も構えられない窮屈さに、胸甲と籠手と脛当てに鎖帷子の最小の防具の他には、刃渡り20cm弱の短剣スティレットだけ。


 いつも両手に感じる重い武器はない。


 私の筋肉にかかる力が軽いことは不安かな。


「今までのことを謝らせてくれ」


「……」


「パーティーを解消してくれたってかまわない。もう一度、僕はやりなおそうと考えてるんだ」


「私に早くやめろって言ってるのかな?」


「スカーレット、違うぞ!?」


「冗談だよ、リューリア」


 私は、足を止めてしまった。


 そのせいで私の後ろのリューリアがぶつかる。


 ルーネは上手くかわしたみたい。


「鼻打っちゃったぞ、スカーレット」


 と、リューリアは鼻をおさえた声だ。


 前までのリューリアなら怒っていた。


 怒声は坑道に響いていただろう。


 そして坑道から出ても嫌味がずっと続く。


「罠か?」


「いや、なんでもないかな」


 と、私はまた歩き始める。


 リューリアは変わったぽい?


「今、告白するのはおかしいんだが」


 と、リューリアは真剣な声。


「リューリア、愛の告白?」


「スカーレット、まったく違う」


「ルーネが聞いても大丈夫な感じかな」


「違うと言った、スカーレット。それとルーネには明かしたことだ。スカーレットにも聞いてほしい大切なことだ。僕の秘密だ」


 リューリアの秘密?


「何日か僕がいなかったろう?」


「そうだっけ?」


「いなかったんだ、スカーレット」


「大変だったのかな」


「まあ……いや、どうでもよくはないが忘れてくれ。というかスカーレット、僕にまったく興味がないな!?」


「うん」


「うん!?」


 と、リューリアの驚愕が反響した。


 小さくだが、ルーネがケタケタ笑う。


 ルーネが嬉しそうか楽しそうに、子供っぽく笑い声をだすのも始めて聞いたかな?


「ライカンから戻れなかったんだ」


「へぇー。リューリアてライカンなんだ」


「正確にはクウォーターだが……そこは、もっと、驚けなスカーレット?」


「ムカデだ」と、私。


「ヤスデだよ」と、ルーネ。


「ひゃあー!?」とは、リューリアだ。


 なんだ。


 リューリアて意外と臆病なんだね。


「ライカンスロープだから何?て感じかな」


 細い坑道を抜けた。


 採掘する坑道が急に広くなる。


 今まで歩いてきた場所と採掘の規則が変わったんだろうね。何人も横に並べるような太い穴だ。


 息苦しい狭さからは少し解放されたかな?


「動脈の主坑道ね」


 と、ルーネが続ける。


「鉱山を掘り進める主要道路の一本。ほら、線路も引かれてる。演習の進行だとこの線路の確保が目的だから──」


「──ここで待ちというわけだ!」


 最後を〆たのはリューリアだった。


 リューリアは私の先を行って振り返る。


 リューリアの背中に影が広がっていた。


「モンスターッ!?」


 目だ。


 ぐちゃり。


 粘液を音立てながら肉塊の一部が開き、瞼だったものから目が出てきた。


 眼球が動く。


 瞳孔が光で絞られる。


 肉塊の姿が、炎の中で照らされる。


 形容し難い、ただ怪物と呼ばれるもの。


 それが甲高く、悲鳴のように、鳴いた。


「なんだ……この醜いバケモノは……」


 魔人だ。


 それもステージ6。


 原型を失った巨重。


 貪り喰う苦痛の獣。


「魔力で警報出して!」


 三人で手に負える敵じゃない!


 一番の魔力の持ち主であるルーネが、魔力の絶叫を坑道に放った。これですぐに近くの騎士団や仲間が応援に来てくれる……たぶん。


 正直、迷宮じみた坑道では……。


 線路の上を“それ”は来た。


「リューリア、スカーレット」


 と、ルーネが静かにささやくように言う。


 肉食動物に狙われた小動物のように、だ。


「応援まで時間を稼ぐんだ」


「倒さなくてもいいのか、ルーネ」


「リューリア。ちょっと無茶すぎ」


 私を含めて、三人。


 魔人はたった一人。


 数では勝てそうだけど……。


 私は自分の足が震えるのを見た。


 魔人はあまりにも醜悪な姿だ。


 御殿の魔人とも明らかに違う。


 この魔人は、もっと、生き物がもつ殻が崩壊して溢れた何かが、おぞましい魔法で命のように振る舞っている。


 命を模造した化け物に見える。


 本当に、これが生き物なの?


「スカーレット」


 と、ルーネがフードを外す。


 淡い灯火のなかルーネの顔が見える。


 ルーネには長耳があった。


 ルーネは、エルフなのか。


 今日はライカンだのエルフだのと会うね。


「今日──」


 リューリアが見るからに怖がる。


 頼りない。


 でもリドリーならどうする?


 リドリーなら絶対に見捨てない。


「──リューリア班は再結成、で、いいかな?」


 私は日頃使わない、軽くて弱い武器を見る。


 簡単に折れてしまいそうなレイピア程度ね。


 リューリアとルーネに頼らないと。


 不思議。


「みんな。お願い、手を貸して!」


 前までなら、上手く動けなくて、モンスターの壁になるくらいしかできなかったのに、今は、凄く怖い、怖いけど、動けるかも。


 そして……魔人が動いた

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