「みんな。お願い、手を貸して!」
肉塊がうごめいている。
光のない坑道を触手あるいは触覚を伸ばす。
肉塊のセンサーにメクラドラゴンが近づく。
メクラドラゴンは完全に退化して埋もれた目の代わりに、長い髭をムチのように振り回しながら、陽にあたらず白く透ける体をゆっくりと四肢で這わせている。
肉塊のセンサーとメクラドラゴンの髭は、ほぼ、同時に当たっていた。
メクラドラゴンは反射的に動いた。
メクラドラゴンの不釣り合いなほど巨大な口が裂け、大顎で、肉塊に噛みつく。闇のなかでいつ出会えるかわからない獲物を熾烈に襲う。
だが、メクラドラゴンは知らない。
肉塊はメクラドラゴンの手にはあまるほど巨大だということをだ。メクラドラゴンに幾つもの顎が噛みついた。
メクラドラゴンが悲鳴をあげた。
坑道を響き渡り反射するなか、その断末魔はただの風が吹くノイズに変わっていた。
◇
「スカーレット!」
「何か用かな、リューリア」
私は一人ぶんしかない狭い坑道の先頭だ。
盾も構えられない窮屈さに、胸甲と籠手と脛当てに鎖帷子の最小の防具の他には、刃渡り20cm弱の短剣スティレットだけ。
いつも両手に感じる重い武器はない。
私の筋肉にかかる力が軽いことは不安かな。
「今までのことを謝らせてくれ」
「……」
「パーティーを解消してくれたってかまわない。もう一度、僕はやりなおそうと考えてるんだ」
「私に早くやめろって言ってるのかな?」
「スカーレット、違うぞ!?」
「冗談だよ、リューリア」
私は、足を止めてしまった。
そのせいで私の後ろのリューリアがぶつかる。
ルーネは上手くかわしたみたい。
「鼻打っちゃったぞ、スカーレット」
と、リューリアは鼻をおさえた声だ。
前までのリューリアなら怒っていた。
怒声は坑道に響いていただろう。
そして坑道から出ても嫌味がずっと続く。
「罠か?」
「いや、なんでもないかな」
と、私はまた歩き始める。
リューリアは変わったぽい?
「今、告白するのはおかしいんだが」
と、リューリアは真剣な声。
「リューリア、愛の告白?」
「スカーレット、まったく違う」
「ルーネが聞いても大丈夫な感じかな」
「違うと言った、スカーレット。それとルーネには明かしたことだ。スカーレットにも聞いてほしい大切なことだ。僕の秘密だ」
リューリアの秘密?
「何日か僕がいなかったろう?」
「そうだっけ?」
「いなかったんだ、スカーレット」
「大変だったのかな」
「まあ……いや、どうでもよくはないが忘れてくれ。というかスカーレット、僕にまったく興味がないな!?」
「うん」
「うん!?」
と、リューリアの驚愕が反響した。
小さくだが、ルーネがケタケタ笑う。
ルーネが嬉しそうか楽しそうに、子供っぽく笑い声をだすのも始めて聞いたかな?
「ライカンから戻れなかったんだ」
「へぇー。リューリアてライカンなんだ」
「正確にはクウォーターだが……そこは、もっと、驚けなスカーレット?」
「ムカデだ」と、私。
「ヤスデだよ」と、ルーネ。
「ひゃあー!?」とは、リューリアだ。
なんだ。
リューリアて意外と臆病なんだね。
「ライカンスロープだから何?て感じかな」
細い坑道を抜けた。
採掘する坑道が急に広くなる。
今まで歩いてきた場所と採掘の規則が変わったんだろうね。何人も横に並べるような太い穴だ。
息苦しい狭さからは少し解放されたかな?
「動脈の主坑道ね」
と、ルーネが続ける。
「鉱山を掘り進める主要道路の一本。ほら、線路も引かれてる。演習の進行だとこの線路の確保が目的だから──」
「──ここで待ちというわけだ!」
最後を〆たのはリューリアだった。
リューリアは私の先を行って振り返る。
リューリアの背中に影が広がっていた。
「モンスターッ!?」
目だ。
ぐちゃり。
粘液を音立てながら肉塊の一部が開き、瞼だったものから目が出てきた。
眼球が動く。
瞳孔が光で絞られる。
肉塊の姿が、炎の中で照らされる。
形容し難い、ただ怪物と呼ばれるもの。
それが甲高く、悲鳴のように、鳴いた。
「なんだ……この醜いバケモノは……」
魔人だ。
それもステージ6。
原型を失った巨重。
貪り喰う苦痛の獣。
「魔力で警報出して!」
三人で手に負える敵じゃない!
一番の魔力の持ち主であるルーネが、魔力の絶叫を坑道に放った。これですぐに近くの騎士団や仲間が応援に来てくれる……たぶん。
正直、迷宮じみた坑道では……。
線路の上を“それ”は来た。
「リューリア、スカーレット」
と、ルーネが静かにささやくように言う。
肉食動物に狙われた小動物のように、だ。
「応援まで時間を稼ぐんだ」
「倒さなくてもいいのか、ルーネ」
「リューリア。ちょっと無茶すぎ」
私を含めて、三人。
魔人はたった一人。
数では勝てそうだけど……。
私は自分の足が震えるのを見た。
魔人はあまりにも醜悪な姿だ。
御殿の魔人とも明らかに違う。
この魔人は、もっと、生き物がもつ殻が崩壊して溢れた何かが、おぞましい魔法で命のように振る舞っている。
命を模造した化け物に見える。
本当に、これが生き物なの?
「スカーレット」
と、ルーネがフードを外す。
淡い灯火のなかルーネの顔が見える。
ルーネには長耳があった。
ルーネは、エルフなのか。
今日はライカンだのエルフだのと会うね。
「今日──」
リューリアが見るからに怖がる。
頼りない。
でもリドリーならどうする?
リドリーなら絶対に見捨てない。
「──リューリア班は再結成、で、いいかな?」
私は日頃使わない、軽くて弱い武器を見る。
簡単に折れてしまいそうなレイピア程度ね。
リューリアとルーネに頼らないと。
不思議。
「みんな。お願い、手を貸して!」
前までなら、上手く動けなくて、モンスターの壁になるくらいしかできなかったのに、今は、凄く怖い、怖いけど、動けるかも。
そして……魔人が動いた
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