「高級なんだぞ。それ舐めてろ」
「魔力干渉を検知……魔人です」
「学生に気取られず防御陣形を形成しろ。気取られるなよ。逃げ惑われた全滅する。冷静に動け。シールダーを前と後ろへ急がせろ」
「総員! 戦闘準備!」
「このバカッ!」
騎士の指示で従士が動く。
騎士と従士はともかくだ。
学生は突然の空気の変化でもたついた。
心はつい数秒前の洞窟探検の気分まま。
「スカーレットたちは問題ないだろう。問題は俺だな。死んじまうよ。個体値強い奴ら、マジで頼むぞ」
と、俺は強者たちにお祈りした。
俺の祈りはとどかかないジンクスでもあんの?
将来有望な学生のため、もっとも安い命である俺は、騎士たちと並んで最前列だ。
「お、お互いツイてないぜ!」
とお隣の従士が小便を漏らす。
闇のなかから魔人がくるんだ。
怖いに決まってる。
「落ち着け戦友。お前の両肩は仲間だぜ?」
「あ、あァ! 頼りにしてやるぞ!」
そんな後ろでは学生が混乱し始める。
始めは戦闘前なのに私語が増えた程度で、やがて大きな声が坑道へ反射する頃、騎士の言葉も学生には届かなくなっていた。
「ここから出してくれ!」
と、狭い坑道から逃げようとする学生を、従士が数人がかりで捕まえる。坑道で迷子になれば白骨死体になっても見つからないぞ。
ほぼ、学生はパニックだ。
従士は学生の面倒に手を焼いた。
そんな時に救世主があらわれた。
「みんな落ち着いて! 魔法を使える子は!?」
学生に変装したケルメスだ。
赤毛の彼女は、魔人を前にしてうろたえる学生連中を、なだめ、叱りつけ、あらゆる手段で秩序を回復させた。
すげぇな、ケルメス。
だが魔人の彼女がなぜ俺らを助ける。
俺の目とケルメスの目が交差した。
ケルメスは、俺に気がついている。
信じて良い。俺の勘が言っている。
「おう、どうした?」
坑道で震えている学生がいた。
ケルメスの言葉の取りこぼし。
まあ怖いよなァ。
俺だって怖いぞ。
「早く逃げよう! 殺される!」
と、学生は、俺が話しかけた瞬間、感情が玉突き事故して急に動き始めた。よく喋る。ちょっと混乱しているな。
「落ち着けよ。深呼吸だ」
深呼吸、深呼吸、と、学生に言い聞かせる。
学生はやっと大きく息を吸ってくれた。
そうして、何度も胸が上下したことだ。
俺は学生の開けた口に飴を入れた。
俺の手が唾液まみれになる。
俺は、学生が口に飴を入れられたと気がついたのを確認してから、飴ちゃんを離した。
「高級なんだぞ。それ舐めてろ」
学生はコロコロと口の中で飴を転がす。
本当は他の人にやるつもりだったがな。
「よし! 実は俺も魔人が怖くてたまらんのだ。同じ仲間を探そうぜ。魔人とチャンバラなんて気がしれねェ」
と、俺は、学生の手を引く。
他にも何人か、空気に流されて恐怖しているやつ、動けないやつ、絶望だとか悲観のどんぞこだとか、戦いに心構えできないのを引き抜いた。
大漁、大漁!
「戦えないなら仕方ないさ。俺らは、俺ら自身を守ろうぜ。正面は旺盛な連中だ。俺たちは一緒に後ろで仕事。背中を守る、傷ついた仲間を守る! なぁに、これだけ頭数がいるのに坑道だ。役割分担てやつよ」
「こ、こんなこと許されるのかな!?」
「心配すんな学生ども。俺がお前たちを勝手に呼んだ。それだけだろ? 誰が逃げてんだ? 俺には見えんさ」
剣は鞘に入れたままだ。
グラディウスの尻鞘が尻尾みたいに揺れる。
「お前たちを臆病者だとは言わせねェ。今日、魔人と戦う全員が伝説に名を連ねるだろう。そして、そこには『お前たちの名も刻まれる』のだ!」
勇ましくグラディウスは抜かない。
俺は騎士団のプリーストから、医療品や痛み止めなどの鞄を受けとる。それを引き抜いた学生らの肩にかけた。
学校の授業で応急処置はやったな?
「己に果てせる義務をなせ!」
学生でも剣を振るえない連中はプリーストに預けた。剣を使うばかりが戦いじゃあないさ。
使える場所にいてくれれば良い。
さあ、これで傷を負っても放置はなくなった。
「リドリー」
「なんだケルメス」
と、祭り上げられていた空想の英雄ケルメスが静かに言ってきた。
「こぼした連中を拾ってくれてありがとう」
「ケルメスに礼を言われるものはない。それより魔人が魔人と戦えるのか?」
「ふッ……みくびってくれるな」
ケルメスは完全装備だ。
角の生えた兜のバシネットをおろす。
「今生きている人種が産まれるよりも前から魔人を討ってきた。……他の仲間がどさくさで合流する。フォローを頼む、リドリー」
「ケルメス、任されよ」
◇
「傷ついた仲間を見捨てるな!」
俺は、血肉にビビる学生に叫ぶ。
プリーストから貰った救急キットから、止血に必要な物や痛み止めを使った。できることは、死ぬことを先延ばしすることでしかない。
だが、やらなければ誰も間に合わない。
傷を負わずに戦うだとか。
傷を負ってもすぐ再生は。
それはもう普通の人間ではない。
「しっかりしろ。おい、痛み止めを打つぞ」
俺にはすぐに次が来た。
足を切り飛ばされて暴れる従士を押さえつけて、プリーストが出血を止めるだけの簡単な縫合と処置をする。
「リムル、そっちの騎士の兜を外して!」
「ソフィアは腕の保存だ、捨てるな!!」
「アイシス、ローレリア! これ頼む!」
俺は今のまに覚えた名前をとにかく呼ぶ。
一々だが、誰に何をしてほしいのか頼む。
なんだみんなちゃんと動いてくれるじゃない。
「大丈夫だ。すぐに助けはくるぞ」
湿度の高い坑道だ。
俺は額をぬぐった。
汗だか血だかで濡れていた。
俺は前線を見た。
戦列は維持されていた。
そして人の身の丈を凌駕する魔人が見えた。
魔人はウォーキャスターの巨躯でさえも、すでに何機も撃破している強敵だ。
俺が遠目でバケモノを見た。
「“当たり”はこっちだったか」
俺は不運を呪いそうになりやめた。
「リドリー! ケルメスと学生に伝令頼む! 長くはもたない、騎士と従士を壁に、ケルメスと学生連中は下がれと伝えてこい! 負傷者とともに外へ出す!」
それは、賭けだ。
坑道で分散すれば、待ってましたと、他の魔人が襲ってくる可能性が高いし、魔人はそれを狙っているのだろう。
魔人は待っているんだ!
だが、もう、とどまれない。
全滅を避けて、半分を生き残らせるには、騎士と従士で固めて、もう一方から逃がすことだ。
俺は走った。
「ケルメス!」
ケルメスが『いつのまにか増えた学生たち』を使って、騎士の穴埋めをするため戦っていた。
「伝令! 学生は下がれと! 学生は負傷者を連れて坑道の外へと退避する!」
ケルメスが血塗れのメイスを持ち、荒い息遣いで小さく頷いた。
「学生連中を下げろ!」
学生のなかに動きが明らかに違うのがいる。
ケルメスの魔人だろう。
ケルメスの魔人は学生と騎士の間に立ち、騎士を飛びこえる魔人の肉を叩き潰した。
「誰一人、置いてはいかないぞ」
スカーレット。
リューリア・レッドナイト。
ルーネ・ドラゴンジュール。
なんか、ラグナもいたか。
騎士団のイレーヌ・ヴィンケルマン。
まったく……お前らがいないと、俺は弱くて死んじまうんだぜ? 個体値強い奴ら、守ってくれよ。
なァ、マリアナ姫?
心のマリアナ姫は落ち着いた微笑みだ。
「行こうか。できることを成そうじゃん」
とはいえ先には、闇が深く続いていた。
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