「リドリー・バルカはここで門番をしてます」

「リドリーは?」


 王都の門に、怪しい男が立っている。


 私はその男の特徴を聞いて足を運んだ。


 首実験の練習みたいなものかな。


 その男は学園の試験を落第して行方をくらまし、王都のどこかへと潜伏している。王都の外には出てはいない。


 スカーレット家の使用人を動員してまで探していたが、まさかこんな堂々と働いているとは思わなかったよ。


 ずっと待ってたのに!


 編入してこないなと!


 びっくりだよ試験落ちて王都に住んでるて!


「リドリー・バルカはここで門番をしてます」


 と、衛兵が淡々とすぎる口調で言う。


 今日の私は、話を複雑にしないために、学園の制服ではなく貴族の高級な服装と、従者も連れている。スカーレット家の家紋のある馬車も!


 衛兵も大抵のことなら口を割る。


 騎士団団長イレーヌおばさまに根回し済み。


 彼は、リドリー・バルカはここで働いてる。


「リドリーはどこですか?」


「こちらに」


 私は衛兵を訝しむ。


 反応が嘘の臭いな感じ。


「リドリーです」


 と、衛兵は無機質なほど淡々と言いながら、詰所から、門を通る人間を監視している人を指差す。


 だけど顔を隠す兜のせいでわからない。


 それに『私が来たのに』!!


 リドリーの反応が薄すぎる。


……私はそのリドリーの兜に手をかけた。


 抵抗は無かった。


「……やっぱり別人!!」


 だけどおかしい。


 なんで衛兵が協力を?


 情報ではいびられて……可愛がられているから、私が助けてスカーレット家に奉公というていで生殺与奪を計画をたてていたのに。


「スカーレットさま。こやつ、暗示をかけられておるやもしれません。挙動が常人には妙です」


 と護衛の騎士が言う。


 騎士は暗示された衛兵の頰を平手打ち。


 壮絶な音が響いたが衛兵は胡乱なまま。


 リドリーが偽装した?


 いや……彼じゃない。


 誰か別の人間の魔法。


 彼のことはお腹でわかる。


 私と彼は半身を預けてる。


「……逃げなくてもいいじゃない……」


 リドリーがいないのは確定だ。


 私は膨らんでいた気持ちがしぼむ。


 首から下げた勇者の資格が揺れた。



 ノミに食われたかゆさで目が覚めた。


「目覚めのキスはいる? ムスコちゃんのほうがずっと早起きだったよ。おはよう、ここはラフィーリアさまの根城で、リドリーを招待したから連れてきた」


「情報量が多すぎる……!」


 俺、拉致された。


 蒼髪蒼目の爆乳ラフィーリアはたしかに、迎えにくると言っていたが、まさかその日の晩にこっそり連れ出されるとは思わなかった!


 チクショウ!


 ノミに食われて痒くて仕方がない!


 俺はバリバリと掻きながら頭を落ち着けた。


 広い部屋ではない。


 中級のそれなりにランクのある一室だ。雷気を引きこんでいて、安定した明るさがある。家具や壁にも目立ちような傷も無いし、ベッドには砕けたクッキーみたいなノミや何かの幼虫が動いてもいない。


 掃除が行き届いていて清潔だ。


 家具は安物ではなく、ニスが塗られていたり、焼きを入れた美しい焦げが芸術になっている物もある。


 かなり裕福さを感じる部屋だ。


 ラフィーリアはノルダリンナの姫も同然なのだからお金持ちなのかもしれない。ギルヴァンでのラフィーリアは、蠱惑的な美しさで翻弄していたが……。


「私のお願いは一緒に仕事をしてほしい」


「迷子の猫の捜索かい?」


「そんなところかもね?」


 と、ラフィーリアは言いながら、俺の寝ていたベッドに腰掛けた。ラフィーリアは重厚な皮の手帳を開いた。


 びっしりと記憶が書きこまれていた。


 左から右に文字や絵がかすれていた。


 綺麗な字というわけではない。


「男が襲われる事件が連続して起きている。生死は不明、忽然と姿を消す誘拐事件だよ」


 人が消えることは珍しくはない。


 借金やらから逃げだすためとか。


 そうでなくても人権の無い浮浪者や奴隷は、日々、現れては消えていくような世界だ。王都だって例外ではない。


 残酷だが……誰も気にしないことだ。


 ラフィーリアはそんな日常から、消失事件の幾つかをピックアップしている。俺とて多少は文字が読めるのだ。


「もちろん、そんなことなら私が調べたりはしない。問題があるとすれば……スケッチを見てどう思う? これはシティウォッチより早く、誘拐直前に発見した被害者の特徴を描いたものだ」


 皮の手帳には解剖の絵みたいな精緻な記録が描かれていた。今にも動きだしそうな雰囲気だ。


 スケッチの対象は当然だが男性。


 男性には外傷が複数あるが、その内の幾つかは咬み傷だ。顎のサイズや歯の痕から豚か人間が噛んだものに似ている。


 犬歯が少し長いのか目立つくらい?


 と、俺はラフィーリアへ率直に言うと、彼女は満足そうに皮の手帳を閉じた。俺なんかしちまったかな?


「調査を君に任せたい」


 ラフィーリアが俺を指名する。


「ラフィーリア、協力ではなかったのか?」


「リドリー、何事も手分けするべきだろう」


「つまりラフィーリアには調査の仕事を預けて優先するべきことがあるわけだ。ラフィーリア、俺を信用しすぎだぞ。こいつはシティウォッチの仕事だ。それか騎士団」


「それじゃあダメなんだよリドリー」


「なんでだよ。お嬢さんがやることじゃあない」


「王都に関する重要な秘密を一つ明かすから、現場資料の調査分くらいの信用の材料にしてくれない?」


「信用て言われてもな」


 俺は頭を描掻いた。


 そういうんじゃあないんだよ。


 ラフィーリア・ノルダリンナ。


 ライトブルーの髪と目をもつ、ギルヴァンにおけるキャラクターでありサキュバスでダンピール。柔らかな態度だが、行動は過激な女だった。ギルヴァンで彼女は評議会を皆殺しにする。それはラフィーリアの最重要の秘密を守るためだ。


 ギルヴァンでは、ラフィーリアが男の消失事件を調査していたという描写はない。しかし彼女の行動原理はルーツの否定と秘密が明かされることの拒絶があるはずだ。ラフィーリア自身と消失事件に関わりがあるのだろう。


 だがそれは王都に強力な人外勢力がいるということだ。人外勢力が王都に根ざしていること自体には驚きはないが……。


「王都の貴族はほとんどがヴァンパイアだよ」


 ラフィーリアがとんだ爆弾発言をかます。


 それは……ギルヴァンで知らない情報だ。


「……貴族がヴァンパイアなら、王都は大騒ぎでしょう、ラフィーリア。人間がヴァンパイアの支配を受けていて気がついていないということになります」


「事実その通りなんだよ。人は気がついていない。超帝国の崩壊から五〇年、受け継がれてきた伝統だね」


「ヴァンパイアだけでなく超帝国ですか」


「少しは事態の深刻さをご理解?」


「荒唐無稽な三文小説みたいな話です」


「だけどきみは知っている。OSETとの大戦争のあと超帝国は崩壊した。同じ時期にヴァンパイアどもの大氏族も零落して消えた。今の歴史書では超帝国とヴァンパイアの繋がりはない。OSETとの大戦争は超帝国崩壊よりも遥かに昔の話で今や考古学だ」


「消失事件と何か関わりが?」


「ヴァンパイアが公然と活動している。歴史からも消えた連中がなぜ? その理由が気にならない? もちろんまだ可能性の話」


「気にならないと言えば嘘だけど……」


「充分! まずは一緒に調べてあげる」


 OSETとヴァンパイアだ。


 ギルヴァンの根幹である。


 俺にも好奇心はあるのだ。


 俺の想像もできないような世界だ。


 ギルヴァンの設定では正直、そこまで考えていたのか怪しいものだが……たぶん考えてないだろ大風呂敷すぎる。


 ギルヴァンを考察しようにも不可能な要素。


 だが、それが、ある……かもしれない。


 OSETの遺跡は見たことがある。


 ヴァンパイアは、まだ見たことがない。


 ラフィーリアはぶっちゃけバケモンだ。


 俺程度じゃあ身にあまるものへ手を伸ばしても、ラフィーリアがいれば大丈夫なんじゃね?


 強いものには巻かれろ!


 ラフィーリアにくっついていくのは魅力だ。


 OSETとヴァンパイアはそれくらい見たい。


「……」


 ラフィーリアは輝く青の髪を揺らしながら腕を組み胸を持ちあげながら満足げに微笑んでいた。


 俺はチャーム魔法にかけられたのだろうか。


 ラフィーリアが美人に見えて照れちゃうぞ。


 ギルヴァンでは見た目に騙されて数々の男を奴隷みたいに扱ってきた女がラフィーリアだ。用心しないと!


 俺の心の師匠であるマリアナ姫も言っている。


「ラフィーリアてオフィーリアと似てない?」


 と、心のマリアナ姫が当然の疑問だ。


 オフィーリアというのは、ギルヴァン最強キャラの一角で、あの伝説的な強者であるマリアナ姫と双壁をなす怪人である。


 ライカンだったかな。


 ダンピールがヴァンパイアとすれば──こんなことラフィーリアに言えば殺されるぞ──ヴァンパイアとライカンなら反対な感じがするな。どっちも銀弾で撃ち抜かれる系だ。


「酷くない?」


 と、マリアナ姫が言う。それもそうだ、申し訳ないマリアナ姫。マリアナ姫が偉大すぎて俺からだと光が強すぎるのだ。


「……なんかヤだけど許す」


 マリアナ姫との脳内会話を光の速度で終える。さて、ラフィーリアの依頼だ。思わず引き受けてしまった。


 だが物は考えようさ。


 将来には屍喰い事件は起こる。


 主人公リューリアは解決する。


 主人公リューリアが円滑に事件を操作するための下調べだと思えば、ラフィーリアに目をつけられたのは幸運だ。


 なんだかんだでリューリアは友人だしな。


 きっとリューリアは俺の物知りに驚く!!


 パワー勝負じゃあ負けるが、面白くない。


「調べるのは二人だけ? 俺とラフィーリア」


「いや、一応は『もう一人』いる」


 ラフィーリアが資料を見ながら淡々と言う。


 その時、ドアが勝手に開いた。


 軋んだ響きの蝶番の嫌な音だ。


 開けたのは生気を感じない人だ。


 それは暑いこの時期に厚手の服を纏っているが、人間ではない。僅かに覗く肌は皮ではなく、陶器かそれに似たものであり、それが人形であることを語っていた。


「ゴーレムか」


「ひと目で見抜くとは流石だね」


 入ってきたのはゴーレムだけではない。


 ゴーレムに案内された男?がいるのだ。


「げげェッ!? リドリー・バルカ!!」


「ラグナ・ゴジソンじゃあねぇかよ……」


 村の魔人事件以来の顔だな。


 そういえばこいつにラスピストル返せてない。決闘の戦利品にパクってたらOSETの遺跡で吹き飛んでしまったきりだ。


「久しぶりだなァ、ラグナ。ハグするか?」


「しねぇよ!」


「相変わらず口が悪い」


 俺は苦笑してしまう。


 スカーレットと俺で、ラグナをタコ殴りした決闘をした日が遠い思い出のようだ。学園組はともかく、こいつなら、なんか、知られてもどうでもいいかて穏やかにいられる。


「俺はラフィーリアさんに仕事を頼まれたんだが、ラグナ、お前もなのか?」


「……う゛!?」


「なんだそれはラグナ」


 ラグナがさっさと言わない代わりに、ラフィーリアが教えてくれた。


「それはわしに借金してる。ラグナ・バジソンが聖剣グランドールを質に入れて、後から聖剣だとしって暴力行為に訴えたのを、シティウォッチに引き渡さず使ってやっているのだ」


「……ラグナ、お前……」


 最低だな、とは言わない温情だ。


「うるせェー! おい、リドリー、油断するなよ、このババアはな──」


 ラグナの口が止まる。


 このババアというのはラフィーリアだろう。


 ラグナならばさぞ罵倒するのかもしれんが。


 口を閉じるとは殊勝らしいな?


「──リドリーくん、ラグナ」


 ラフィーリアが呼ぶ。リドリーくん?


 部屋に備え付けられたテーブルが、魔法の力でひとりでに折りたたまれていたカラクリを展開して広がった。


 不純物の無い樹脂を固めたプレートのような物が次々と重なって積まれていく。透明なプレートには線が書かれていて、全てのプレートが重なったとき、それが立体的に表現された地図だとわかった。


「凄いな。こんなに高低差がわかるのか。等高線? 地図に書かれているような、あの」


「なんだあそりゃ?」と、ラグナだ。


「地図の線が丸く繋がっているだろ。これは同じ高さなんだ。何層も輪が入れ子になることで一定の高さの変化、その地形を表しているてことだ」


「わからん」


「……海岸線がある。海辺だな」


 ラグナのことは忘れよう。


 取り敢えず、この器用な地図だ。


「リドリーくんが指摘したとおり」


 ラフィーリアが地図の解説をしてくれた。


「これはある漁村とそ周辺の地形だ──」


 ラフィーリアが輝く青の髪をすくった。


 そしていつものようにおっぱいを揺らす。


 その光景にラグナが長い鼻を伸ばしていた。


 こいつ、まさか、ラフィーリアの大きな胸に目がくらんだとかでいるんじゃないだろうな?


「──その漁村の名前はマルメリルダーラ」


「…………人魚の村か」


 俺はラフィーリアの地図を見る。


 ギルヴァンでは名前だけ登場だ。


 屍喰い事件の予兆のあった村だ。

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