第53話 魔王との絆を信じる修道女


 

「危ない所を助けていただき、ありがとう存じます」


 聖ジュリア女子修道院・院長室。


 ニルダ・ファーマス院長は朗らかに歓待してくれた。

 年齢は三五歳だという。伝統ある女子修道院の院長としては若すぎる就任だ。


 あと、ヴァンダーは自分の名を告げただけなのに、むこうからは年齢を告げられた。


 修道院の外ではブレシア衛兵らによる死体処理がはじまっていた。


 顔面や体をえぐられた死体を運び出す衛兵の士気は低い。


 墓場でできた死体なのに、修道院はさも当然に埋葬を断った。この聖ジュリア女子修道院は貴族墓地だった。埋葬する家門カーサがすでに決まっているらしかった。


 襲撃した鹿の角族チェルヴィーノ全員が武装し、ボウガンを所持していた。正当防衛は自動証明されたものの、衛兵隊長は地面に散らばっている鉄粒がなんなのか訊ねもしない。


 この修道院への襲撃は、今回が初めてではないのだろうな。


 ヴァンダーも行きがかり上、女子修道院の肩をもったが、妙な抗争に首を突っこんでしまったことをさとらずにはいられない。


 鹿の角族は、ロンバルディア王国の西端。連峰の麓にある霊丘ツェルマットの実質統治者とされる部族である。


 身長は百五十センチ程度で妖精アルプに分類されるが、人族の町で暮らし、税も納める。

 たまに酔っ払いが「山のゴブリン」と口を滑らせ、彼らに歯をすべて叩き折られることはあっても、さほど差別はない。

 ただ、彼らは他の部族と一括りに〝アルプ〟と呼ばれることが人族世界の日常であった。


 彼らも人族と同じ十五歳で成人し、男女ともに筋骨隆々とした体型だが、身長は人族の三分の二ほどしかない。鋼鉄のヘルメットは成人の証となる。大酒飲みな一方で、計算にも強く、言語の習得も早い。そのため鉱山採掘や鉄鋼精練、鍛冶加工、傭兵、銀行業、貸金業など幅広く活動している。


 部族の因習として二十歳になると故郷ツェルマットを出て、五年から十年の放浪をへて帰還し族長会議で武勇や智謀、商才の実績を披露しなければならない。その功績にあわせてヘルメットに角が与えられる。


 鹿の袋角は彼らにとって若輩ランクながら、一人前の証。最高位は七支の白竜角、推定四五〇歳という最長老ティアマットがつけている。


 ヴァンダーが将軍になりたての頃、ロンバルディア王国がツェルマット最長老の表敬訪問を受けたことがあった。そこで最長老が、「我々へのアルプという呼称は本来、大連峰への敬称であり、一般的に呼ぶことは山の神々アルプスへの不敬になる」との陳情があった。


 これに対し国王が「王都でも〝鹿の角チェルヴィ〟をよく見るようになったので、チェルヴィーノでよいか」と代案を出したところ、受け入れられたのでそう決まってしまった。


 師匠マーレファはこのことを聞いて、苦笑した。


 「陛下に悪戯わるぎはなかったにせよ、彼らにしてみれば鹿の角は若輩の証ですからねぇ。最長老も苦情だけが先にたって、部族の公称を決めてこなかったことは否めませんねぇ」

 

 ヴァンダーをふくめ現在も彼らを〝アルプ〟と呼ぶ人族が減らないのは、聖職者を含めた貴族が堂々と彼らをそう呼んでいることと、陛下には畏れ多いが、発音数が短いからだ。


「この鉄粒はなんなのですか?」


 あえてヴァンダーが指摘した。


「魔法増強の触媒です」


 ファーマス院長にヴァンダーが提供したトローネをかじり、いけしゃあしゃあと言い切った。


 無詠唱の火炎魔法という〝脅し〟に殺傷力を付加するため触媒を使っているという。


 一聞、筋が通っているようにも聞こえるが、無詠唱の火炎魔法に前へ飛ぶ力はない。火属星に風属星の文言を混交させることで魔法本来の推進力を得る。だがどっちへ飛ぶかは未知数だ。


 無詠唱の魔法に効力がないのは、魔法効果に目的を与えないからだ。


 ヴァンダーもゴブリンロード戦で無詠唱の火炎弾幕を張ったが、無詠唱の[火]と[風]を混交させたに過ぎない。そんな虚仮こけおどしに墓標を削る力もないし、現場に魔法で燃えた痕跡もない。それは死体にも同じことがいえた。


 修道女の片手間で学んだ程度の魔法知識で、本家の魔術師を騙しおおせられない。ところが衛兵隊長は耳に胼胝たこの説法を聞き流す顔色で押し黙っていた。


 要するに、修道院と衛兵はグル。隊長の不機嫌はそのことではないらしい。


「ファーマス院長。今回で何度目の襲撃でしたかな」


 衛兵隊長は押し黙っていた喉から唸り声が漏れた。

 修道院長は、涼しい顔で紅茶をすする。


「六度目です。彼らの邪望を止める術はこの町になく・・・・・・、私どもに苦言を呈されても困りますわね」


「ですから、魔神器の図面をこちらで保護させていただきたいと再三、申し上げた」

「ですから、当院において門外不出の秘宝だと、お断りもいたしました」


「失礼、魔神器とは?」


 ヴァンダーが二人の会話に割ってはいった。


 衛兵隊長が忌々しげに虚空を睨んだ。


「魔王指定されたニーヌマケースケがこの町を去った時に置いていった、異界の知識をしたためた武器の設計図と試作物、大小あわせて十五だったか。女ばかりの所帯だから護身のつもりだったんだろうが、おかげで石炭商会の息がかかった連中の死体が今回で四十を超えたんだ」


「ペスカトーレ隊長ぉ、部外者へうちらの戦果を誇大に吹聴するのは感心しねえなあ」


 黒い眼帯を今はチョーカーにしている美しい容貌の修道女が伝法な口調で咎めた。

 すると、衛兵隊長も負けてなかった。


「誇大なのは外のあの被害状況だ。ありゃなんだ、冒険笑劇かねっ。六回のドンパチで死体の数がもう四三だぞ。いい加減にしてくれないか!」


 彼らは魔王をよく知っているようだ。しかもどちらかといえば、好意的に。


「そもそもの原因はなんだったのですか」


 ヴァンダーが冷静な口調で事情を訊ねた。

 ペスカトーレ隊長が一度だけ、修道院長の顔色をうかがって口を開いた。


「三年前に、男の赤ん坊が捨てられた。孤児の遺棄は珍しくなかったが、その赤ん坊は半年で十二歳ほどに成長した」


「魔族だったと」


 ヴァンダーが口を挿んだが、隊長は肯定する代わりに話を続ける。


「その子は十歳で経典を諳んじ、賛美歌を暗譜し、一方で、アルプの作業場を遊び場にしてなんだかよくわからない物を作り始めた。井戸の水くみポンプだとか、天文書を参考にした時計だとか」


「衛兵局にもその作品が役に立っているのですか?」


「まあ、その……放水ポンプ車というのを寄贈してもらった」


 ブレシアは火を使う工場が多いので火災も多い。今では町の市庁舎から予算認可がおりて五台ある。それで少年を養育していた聖ジュリア女子修道院もずいぶん株を上げたそうだ


「だが有名になると、周りがあの少年は魔族ではないかと疑いの目を向けだした、と」


「うむ。そして少年が誘拐される事件が起きた」


「誘拐。身代金の要求は」


「もちろん、あった。だが金じゃない。魔族の少年が描いた設計図だ」


「設計図?」


「あんたも見ただろう。外の死体。あれを作り出した武器だよ。」


「あの武器の設計図を、少年が」


 ヴァンダーの怪訝に、ペスカトーレ衛兵隊長は苦々しく顔をしかめた。


「間違いない。誘拐されたとき、わたしがファーマス院長に呼ばれて相談にのった。拙は少年、ケースケから信頼されていたからね。もっとも設計図のほうは何がなんやらさっぱりで、現物が三十メートル先の水瓶を割った時にようやく驚いたものだ」


「まあ、そこを〝鹿の角族チェルヴィーノ〟に見られちまってたんだけどさ」


 チョーカーをつけた修道女が椅子の背もたれに肩をかけて、鼻先で笑った。


「失礼だが、ソレッラ。あなたは目が不自由なのですか?」


「ああ。だが日常には支障はねーよ。それに撃ち合いになっても、こいつがあるからさ」

 そういって、首のチョーカーを指で摘んでみせる。

「ケースケがあたしのために創ってくれたんだ。決まってんだろぉ?」


 修道女が剣士みたいに不敵に笑った。



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