第49話 ニーヌマケースケとサトウミキ、そして電話
グファーレ団のリーダー・ティグラートをクレモナ市街で見つけるにはちょっとしたコツがいる。
いきなり遊びに行けないが、ツナギをとれば、どこにいるかは知恵競べとなる。
「ニーヌマケースケに会いたいだって?」
クレモナ地下水路の某所。グファーレ団、地下醸造所。
「ああ、話し合いだ。それでだいたいの居場所と手土産をな」
「ヴァンダー先生、あの人は酒を飲まないぜ」
「そうなのか?」
「シルミオーネの魔王関連で顧客になってたのは、もっぱらランブルスって修道士だよ」
「ランブルス。あの男が魔王のそばにいるのか」
「へぇ、先生も知ってるのか。ネズミ面の」
「そう、それだ。ねずみ面。もう二十年も前になる。野営の建設と海鳥の卵のオムレツがうまかったのと、しきりに日記をつけて、それを大都市で活版印刷で出版して大儲けするんだとうそぶいていた、記憶がある」
「記憶がある、か。けどまあ、うまい飯が作れるのはポイント高いな」
「そうだな。あとは敵地で珍しいスライムを見つけて愛ではじめて、パーティを困らせていた、記憶もあるな。師匠が見かねて、スライムを回収して相手パーティから感謝されていたようだが。しかし、そうか酒はダメか。困ったな」
「なんで、ニーヌマケースケを懐柔したいんだ?」
「シルミオーネからブレシアに動いたことが王都に伝わったらしい」
「それだけ、王都の年寄り連中を刺激するって?」
ティグラートがなぜかカレンやサトウと同じ目の逃げ方をした。今朝の雑談といい、何か隠しているのか。
「俺も向こうとさほど深く踏みこんだ関係は望んでいない。せめて一触即発の敵対関係になるより、こうして世間話ができる程度の距離感なら利害のすり合わせができる。話に聞けば、彼はすでに政治利用されているようで、反体制派閥の地方領主とつながりを持ったようだ」
「あの人、頑固っていうか、変にマジメ過ぎるからなあ」
「しかし酒を飲まないのは、どうしてだ」
「あの人、前の世界で酒が原因で死んだらしいんだ」
「酒で、死ぬ? 凍死か、溺死か?」
「前世界じゃ急性アルコール中毒っていうんだよ。上司や同僚の先輩に無理やり酒を飲まされて、泡吹いて意識失ったまま、それっきり。気づいたら女神の前に引き出されてたんだとさ」
「ふむ。それでも貴族の社交会には出たんだよな」
「仕事だからだろ? ここで造ったウイスキーを振る舞って、宣伝にかこつけて、自分だけ飲むのを回避したらしい」
「なるほど。それで例のトワイスアップという飲み方か。飲まないために、先に相手を酔い潰すか。策士だな」
「そのおかげでうちも結構、儲けさせてもらってるよ」
「ティグラートはニーヌマケースケとは、どこで知り合ったんだ?」
「そりゃもちろん、こいつだよ」
ティグラートがあごをしゃくるので振り返ると、巨大な銅製の蒸留釜が四基ならんでいる。
「ケースケはおれと逆で、戦闘系を無視して製造系スキルに全振りして転生してきてるんだ」
「製造というと……?」
「おれも詳しくは知らないんだけどさ。鉱物から金属を集めてインゴットにして、そこから釘や鉄板を造る感じ? その知識と
「あの閉鎖的な
そこに醸造知識を持っていたティグラートの要望は、渡りに舟。大量生産のためにこの大きな
ティグラートが少し誇らしげに装置を見あげる。
「この蒸留釜は原料の大麦を三日間発酵させた〝もろみ〟って呼ばれるアルコール度数七%の発酵液をいれて下から石炭を使って蒸発加熱、その蒸発液をとなりの冷却器で冷やしてアルコール度数六八%前後にして取り出す。それが蒸留だ。この蒸留酒の原理を理解して、おれのイメージ通りに装置を造ってくれたのが、ケースケなんだ」
蒸留酒における蒸留原理は、水の沸点一〇〇度に対して、アルコールの沸点は八〇度である。この沸点の差を利用して蒸留物だけを取り出す。施設を見る限り、ウイスキーの蒸留工程は二回行うようだ。なので大型ポットが四基あるのだろう。
「恐ろしく知識力が高い魔王だな。歳は」
「二七。知識は売るほどあるって言ってたよ。ただ、サトウさんと喧嘩別れしてからツイてないことが続いてるらしい、とは聞いた」
「わかった。いい情報をもらった。助かったよ」
「手土産、なんか思いついたのか」
「いや、特には……そうだな、トローネでも買って持って行ってみるか」
「うえ、もう夏だぜ?」
トローネは、煮詰めたハチミツと泡立てた卵白でつくるナッツ菓子だ。
大陸の各都市に一流のこだわりがあり、町ごとの独自フレーバーがある。たとえばクレモナは、ナッツは少なめだが、松の実やアーモンド、ピスタチオなどのナッツ類だけでなく、柑橘系ピールやバニラなどフレーバーが豊富だ。
ただ焼き菓子でもハチミツやココアで包むため、暑さに弱い。
「将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、だ。俺は魔法使いだぞ、菓子の弱点くらいなら克服できる」
ティグラートの肩を叩き、礼をいってヴァンダーは地下醸造所を出た。
§
一方その頃、
わたしはクレモナの古着屋で、ハイウルク・タイムの服を選ぶ。
前世界、中学三年間を農作業用のツナギと学校制服だけで過ごして、普段着も[ましむら][ユニシロ]でしか買ったことがないわたしには異世界すぎた。マーレファやヴァンダーの魔術師たちは、わたしの初期服をどうやって買い揃えたのだろう。
「やっぱり、ここに来たんか」
古着屋の前でふり返ると、佐藤さんが腰に手を置いて魔王立ち。本人にそのつもりがなくても、様になる人は得だ。それよりも、どうして今朝旅立った人がここにいる。
「佐藤さん、どうしたんですか?」
「えっ。えっと……その子の服、あたしに作らせてくれない?」
「服を、作る?」
わたしはタイムと顔を見合わせた。
タイムのほうがわたしより頭二つ分も高くなってしまい、見上げるが正確なところだ。
「いいですけど。本当にそれだけのために戻ってきたんですか?」
「重要なことよ。あたしらにとって。早くこっちよ」
それ以上の質問を嫌がるように、佐藤さんは歩きだした。
「どこへ行くんですか?」
「
佐藤さん宣わく
「この世界では、生地と裁縫は別なの」
普段着は古着屋で買うか、生地だけ買って自作が基本らしい。
裁縫は母から娘や嫁へ家庭で習得継承するものらしくて、産着からウェディングドレスや成人式の晴れ着までも、自作が当たり前。裁縫技術が高い女性ほど婚活は成功するそうで、一般女子は教会で字を習うよりも裁縫を母親から言いつけられるそうだ。
「ちなみに、前世界の仕立て屋いうたら、十八世紀の産業革命で洗濯屋ができた辺りからなんやて。ニーヌマケースケから聞いた話だと、この世界の仕立屋は大都市限定で、貴族専属の商売してるみたい」
「へぇ。じゃあ、この世界の服はほとんど自作しないとダメなんですか」
「おおむね、ね。ま、そのために、このあたしが来たんやけどね」
服飾の知識に不安なわたしに、佐藤さんはかなり心強い助っ人、のはずなんだけど。
「テキスタルはフランネルで、シャツとベスト、下は麻のキュロットでいいわよね」
入店即決が、わたしを不安にさせた。ヴァンダーの財布を危ぶむ。さらに、
「なあ、おっちゃん。縫製室あるぅ? あったら貸してくれへん?」
佐藤さんがわたしの腕もひっつかみ、女子高生の魅惑二人分で押す。
生地屋のおじさん、胡散臭そうに奥にある広いテーブルを借してくれた。
佐藤さんは、買ったばかりの生地を持ち込み、あの銀の物差し一本で帆布にコンテで下書きする。曲線の多い生地パーツを淀みなく描いていく。
「あれ、そういえばタイムの採寸は?」
声をかけたが返事がない。もう必要ないようだ。佐藤さん、服飾の天才というより変態の域だ。
そして、ここで魔法〝鋏〟で裁断が始まる。〝鋏〟は線で切り離すのではなく主人の意を汲み取って、形状をくり抜くように切断されていく。こんな円切断魔法なんて聞いたことがない。
それら切り抜いた帆布のパーツをシャツ生地にマチ針で縫いとめて、さらに裁断。ここから裁縫に入るらしい。
ところが佐藤さん、縫製室にあった針と糸を見て、
「なんやねん、これ、畳針とタコ糸か」
つぶやくや、魔力で火花を散らしながら針を微細に削り、糸を撚り直して縫い始める。
これには生地屋のおじさんも口をあんぐりさせていた。
「佐藤さん、縫うのは魔法じゃないんですね」
「何言うてんの。ここが服飾やっててよかったて思う、楽しくて苦しい、腕の見せ所やねんで?」
上機嫌でうそぶくだけあって、佐藤さんの目は活き活きしていた。
手許の縫うスピードが早い。ミシンもないのに針が布の中を若魚のごとく泳いでいく。
「あーもう、新沼に頭下げて足踏みミシンつくってもらおうかなあ。ちょっと癪なんよなぁ」
独りごちながらも、嬉しそう。わたしが楽しそうだなと羨ましく思っているうちに、シャツがもう完成した。
襟はやや広く黒レースをあしらうのみで、全体的にダークグレーでスッキリとシックにスマートさを演出。ボタンは真鍮製だ。
生地屋の主人のどこか悔しそうな傍観を置き去りにして、次にベストとキュロットスカートに取り掛かる。キュロットスカートというのは、スカートの中央を縫ってズボン仕立てにしてあるスカートのことだ。たしか元は英国女性による乗馬ブームから始まり、この世界ではまず存在しない。
モンペほど露骨にパンツスタイルではないけど、この世界のロングスカート文化をリスペクトしながらこっそり機能性を隠す、ちょっと挑戦的なデザインに映るかもしれない。
それらをタイムに着せていく。具合を尋ねるのは、わたしの仕事だ。
「どう、苦しいところない?」
「ううん、ちょっきりだぁ!」
花が咲いたような笑顔でハイウルクがはしゃぐ。かわいい。
「ちょっくら剣さ振っできてもいいかね?」
「やるなら店の裏でしてくれ。表でやんじゃねえぞ。衛兵が飛んできちまう」
生地屋の主人に釘を刺された。
サムズアップでぐったりしている佐藤さんをいったん置いて店を出ると、裏で型を三つ四つ受ける。
「どう?」
「うん、動きやすいだよぉ。ほんでも戦闘さして返り血浴びだら、魔王様に申し訳ねぇなあ」
浴びる方なんだ。わたしが苦笑した直後、だった。
ふいにタイムが動いた。
わたしの横を低姿勢で駆け抜けるなり、ダガーを抜く。
「なっ。まだ仕掛けてねえのになんでバレた。こいつ、人の動きじゃねえ!?」
わめく男は腰からナイフを抜く。遅い。
回し蹴り。空を切るが、フェイント。ふり切った足の背後で旋回するボーラを男の首に巻きつける。
紐は高速回転し、ものの数秒で獲物を絞め落して昏倒させた。
タイムって普段は温厚で
わたしは初めてハイウルクの機動性を知り、改めて仲間の頼もしさを感じた。
「やんだもぉ。ヒジに血ぃついちまっだよぉ」
「うん。膝ね」
ツッコむ前にボケ倒すの、やめろよ。
わたしが獲物の持ち物を探っていたら、板が出てきた。
材質の触感、手に収まるサイズと薄さに、親しみと恐怖を覚えた。
その板が鳴り出した。黒電話ベルの電子音。
( 皇帝Ⅳ )
通話ボタンの赤い表示すら前世界のまま。
懐かしいというより、この世界にとんでもない物を持ち込んだヤツがいる、という警戒が先に立った。
『鳴ったら二秒で出ろつったろがぁっ。んで、どうよ、終わったのか』
「誰?」
相手が不気味に沈黙した。
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