第22話 ゴブリン地下帝国の滅亡2 薄幸美女



 深夜。

 無人の新興集落にゴブリンたちは大挙して押し寄せた。

 調達に出た仲間が地上に出るなり、やられたらしい。


 どれもみな、殺気立っている。腹が減っているのだ。

 だが地上に顔を出してみると何やら、いい匂いがする。


 食い物。どこだ。ドコドコ、食い物どこだ。


 広くもない集落だ。周囲の警戒をすることなく探すと、見慣れぬ馬車の荷台に麻袋が積んである。

 ゴブリンの一匹が食欲に任せて麻袋を引き裂き、中の湯だつイモを口に頬ばった。


「んまァい!」


 その絶叫で、他のゴブリンもが一斉にその麻袋にたかった。

 間もなくして、芋を頬ばっていた一匹がひょいと空中に吊り上げられると、爆ぜた。


 ゴブリンたちは、イモを頬ばったまま凍りつく。


「なぁに、つまみ食いしてやがる、てめぇらあ!」

 ロードが地上に出てきていた。

「さっさと運び入れろ。あと、てめぇらのメシはそれで充分だよなあ」


 高圧の眼力にゴブリンたちは急いで袋を担いで、仕事のフリ。逃げる速さで地下の穴へ駆け出していく。一袋が約六十キロなので、骨格の弱いゴブリンたちは四人がかりで御輿のようにかついで運ぶ。


「ちっ。これっぽっちか。だが川向うへ遠征した奴らも戻ってこなかったらしいし、オレたちはこれで当座を食いつなぐか。いや、まてよ。こいつは……」


 ロードは潰れた鼻を動かし、あくどい笑みを浮かべた。


「クククッ。はぁん、人間どもがあっちの集落でまだ食い物をつくってるな。しかも大量だ。遠征に失敗した奴らが飢えてることに気づいて、オレ達を地上までおびき出して迎え撃つ餌ってわけだ。ゔぁかが、生かしてやってることも知らないでオレ達を釣ろうってか。おい、そこのお前、それとお前とお前。それにお前もだ。他のロードへ伝令に走れ。一時休戦だ、人間に仕掛けるぞ。大量の食い物だってな」


 くれるってんだから、もらってやろうじゃねえか。根こそぎな。


    §


「畜生っ! ゴブリン狩りの言い出しっぺが散々カッコつけた挙げ句、手ぶらで先に帰還するとか、カッコ悪すぎて泣きそうなんだがっ」


 午後から公務の予定があるバルデシオは悪態をつきながら、馬でクレモナに帰っていった。


 クレモナ市庁舎からカザヴォラ家まで、伝令騎士四騎が到着したのだ。行き先を読まれていて当の執政官も呆気にとられるほどだ。バルデシオは午前中、居場所を報せてなかった。


 敏腕秘書官アウレリア・バーリは市長の安全第一。大冒険をさせる気はなかったらしい。


 バルデシオは夜にまた戻ると言っていたが、日が落ちてもその気配もなかった。


 チェルス家のゴブリン襲撃事件の元凶が絶望的な規模からの尖兵にすぎなかったことを律儀に報告し、関係各所との緊急対策会議が長引いているのかもしれない。


「あの人は戦力にならねぇけど、お膳立てと事後処理やらせたら右に出るヤツいないのよね」


 行政官のかがみ(お手本の意)。サムが的確に人物評価し、討伐パーティは苦笑まじりでリーダーを戦力除外した。


 とにかくも、ゴブリン殲滅作戦の現場は、徹夜作業となった。


 大鍋六口へ順番に芽吹きパタータを投入して茹で上がったものから、村の女たちが籐かごであげて、麻袋へ。湯気が立ちのぼる麻袋を男たちが汗だくになりながら肩にかついで馬車の荷台に積みこんでいく。


「ヴァンダー、町に置いてきた第二便も全部、巣に持ち去られたみたい」


「了解だ」


 カレンの報告に、ヴァンダーは第三便の馬車発進を指示する。


 設置場所は、新興集落そばのソアンツァ村から矢が届く範囲。ここからカザヴォラ家を中心に軽装歩兵団が矢で餌を取りに来たゴブリンを迎撃する。ただし殺さないようにだ。彼らには毒を考える暇も与えず、巣穴へ運び入れてもらわなければならない。


 カレンには魔法〝荊の荒城〟ハイデンレースラインの「眼」で、ゴブリンが餌に食いついたことを確認させた。今夜は威力偵察に前線歩哨に、初陣ながら斥候として大活躍だ。


「カレン、人用のパタータがそっちの小鍋に用意してある、それで腹を満たして少し寝ておけよ。出番が来たら起こしてやるから」


「わかったあ」


 流石に魔族とはいってもまだ子供だ。素直に皿を持って鍋の列に並ぶ。


 カザヴォラ家のはからいで、まとまった量の塩漬け豚が提供されたので、それと村で持ち寄られた根菜と乾燥トマトに、皮を厚くむいたパタータでスープにした。

 カレンは「炊き出しって言ったら、トンジルなの~」とよくわからないことを歌いつつ嬉しそうに食べていた。


 カレンの荊魔法は、敵を倒すごとに成長していく奇妙な術式だ。

 自律改編術式はないわけではないが、古代魔法の領域だったりする。しかも威力は絶大。師匠はさぞ研究対象にしたがるだろう。


「ヴァンダー」


 噂をしたら、師匠に呼ばれた。いつの間にいなくなって、いつの間にか戻ってきていた。


「あの第三便が発出して四時間後、払暁を前にあなたと私で、かの帝国へ攻め込みます」


「二人だけですか?」後でカレンに恨まれないか。


「地上は、サムさんとロッセーラさん、そしてベルモンド騎士団のみなさんが対応します。私たちは彼らのための露払いをします。〝紅炎煉獄燼ハイスヴァルム〟の準備を」


 中位火属星魔法で、戦略性の高い破壊魔法だ。他国でぶっ放せば国際問題必至の火力だ。地下だからこそ「国を滅亡させるための魔法」を選ぶだけ、師匠の短期決戦に賭ける本気が伝わってくる。


「わかりました。それでもロード五匹は残りそうですが、彼らに花を持たせるわけですね」


 マーレファは指でこめかみをこりこりと掻いて、


「これでも我々はの身の安全を考えて逃避行中の身です。花よりも転ばぬ先の杖を持っておかねばなりません」


「そうでしたね。承知です」


「それにこの件、バルデシオ市長に花を持たせると、ちょっと面白いことが起きるかもしれません」


 普段は世俗になど興味を持たない師匠が物見高いことだ。バルデシオを気に入ったのだろう。


「師匠。あいつは顔に似合わず根は真面目なんですから、妙な期待を持たせては哀れですよ」


「いえいえ。彼が帰りたがらなかったのは名誉のためではなく、ルクレツィア・ブラッツィですよ」


「ええぇ」


 師匠が細いあごを振る。その先へ目を向けると、炊き出しのスープを配給している女性を見つける。アヴィドの婚約者だという金髪美女だ。皿を持って並ぶ男たちの笑顔のむさ苦しいこと。


「カザヴォラ家から手伝いに出たのは、彼女だけのようです」


「そうですか。まあ、ほかの家人は三男の葬儀やらゴブリン迎撃に忙しいでしょうからね」


「ヴァンダー、修行不足ですねえ。この一年、何を見てきたのですか?」


「いや、わかりますよ。彼女、カザヴォラ家で家人待遇であるはずが、使用人のような扱いを受けてるようでしたからね」


 言動に表れていたのではない。彼女を見る当主の目が、使用人たちの目が、雄弁に語っていたのだ。


 この女さえいなければ――、と。


「アヴィドと彼女の婚約に、例のストロッツァ司祭が関与を?」


「自明でしょうね。家同士の婚姻ともなれば、教会を通さなければ成立しません。ましてや、あの司祭は黄金色に目がない様子。彼女からお金のいい匂いがしたのでしょう」


「バルデシオはその辺のことは?」


「露ほども察してないでしょう。一人で勝手に湯昇のぼせていた当事者なんですから」


 仕方なく、聞き込みに回る。といってもその場で村の耳年増もとい井戸端会議婦人連合会に声をかけるだけだ。あの美人は誰ですか、と。


 ルクレツィア・ブラッツィ。十九歳。


 父親オリンドは新興集落でリーダー格の商人だった。王都フェルシナからやってきて村長を目指していた男の一人娘らしい。彼はあわよくば、ソアンツァ村との統合すら視野に入れて動いていた。いわゆる野心家だった。


 王都フェルシナで塩の取引によって一財を築いて村経営に乗り出し、その傍らでアエミリア街道を当てこんだ運送業を新たに始めた。村落のそばに馬車十五台を所有する広大な土地も確保していた。


 運送業は新街道の追い風に乗って繁盛していたようだ。年齢は四二歳。商人としては円熟、人生は折り返し地点。その彼が次に目をつけたのが、家門カーサだった。つまり貴族グループへの参入だ。


 商人が貴族の特権を欲して、家門を金で買うということは都市部ではよく聞くことだった。


 井戸端会議夫人連合会の推察によれば、どうもオリンドがこの土地に移ってきた理由がメッツァ家にすり寄るためだったようだ。


 領主メッツァ家は二つの街道の尽力者で、現王太子の覚えもめでたい。しかも当主イルミナートは十七歳で独身。オリンドは自分の切り札である娘ルクレツィアが使えると踏んだらしい。


 だが結果は、に門前払いを食った。


 家格がつり合わない。貴族にとっては当然の査定基準だった。貴族の婚姻は家と家の繁栄争いだからだ。


 オリンドにしてみれば当てが外れたが、へこたれなかった。

 当てつけのように隣領家のレッジョ伯爵家当主の四人目の後妻に娘を嫁しすることに成功した。ちなみに婚約時、レッジョ家当主は六八歳。


 メッツァ家の家格が合わないという理屈を覆した形だ。が、婚姻が決まって数カ月後。今年の冬にその当主が逝去し、婚姻が立ち消えとなった。だがそれで終わらなかった。


 レッジョ家は納めた多額の持参金を葬儀費用に当てるので借用するという旨を一方通告で持参金を返さなかった。


 オリンドは即刻これを裁判に訴えたが、持参金トラブルは慣例で貴族が勝つのが、どの王国でも共通だった。とくに持参金が利息付きの金銭債権にかわったのだから、オリンドにとっては利益になっている。という司法判断だ。


 だが娘の評判はどんどん下がっていった。

 どんなに美しかろうが、あちこちの貴族に粉をかけていって成婚に至らないのは、商家の娘のほうに何か問題がある。という曲解された醜聞ゴシップが貴族の間で広まる。身分の壁を股にかけたロマンスならよくある話だが、貴族に成り上がりたいオリンドの野心は満たされなかった。


 そんな時期に、ルクレツィアはアヴィド・カザヴォラと出会ったらしい。



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