第17話 副業で、ゴブリン討伐



 食事が終わった後、バルデシオの手打ちを話して聞かせるとロッセーラは泣きながら帰っていった。


「ロッセーラさんって、バルデシオさんのことが好きなのかな?」


 ヴァンダーが洗った食器を拭きながらカレンが訊いてきた。


「あいつは誰に対しても、あんな感じだ。情が深いんだ。そのくせ普段はサバサバしてるから明日にはケロッとしてる。だから俺もバルデシオも常連だし、店も繁盛してる」


 ロッセーラはもともと、東から流れてきた砂漠の民だ。


 出会ったのはちょうどヴァンダーが追放刑を受けた一年前だ。


 家族も国も、神すら捨てて、ここまで流れてきたらしい。その場では何があったのか深く聞かなかった。そのかわり剣が達者で、並みの喧嘩では彼女に太刀打ちできる町衆は、ヴァンダーくらいしかいなかった。


 しばらくしてロッセーラは、ある男を殺すために探して旅をしていることを聞いた。


「こっちに流れたのは確か、でも、わからない」


 そういって疲れた顔を見せたので、ヴァンダーは知り合ったばかりの酒場の爺さんに預けた。


 酒場〝南風シロッコ〟は当時、ひどくさびれていた。


 だから砂漠の薔薇バラでも花になるだろうと、気軽にロッセーラを紹介した。


 それから間もなくしてロッセーラが酒場で踊り始めたら、酒場は息を吹き返したように繁盛した。


 酒場の爺さんは、ムルシドといった。

 この爺さんがロッセーラが探していた男――、婚約者だった。


 父親を殺すために自分を利用して近づき、婚礼の当日に父親を殺して逃げていたらしい。


 老人は男の偽装、いや不治の病を患って死にかけていた。


 髪も白く、顔もやつれて人相が変わっていたらしい。おまけに砂漠の民は戒律で酒を飲めない。飲酒ご法度の砂漠の民が酒場経営者なんて、砂漠の神も盲点だったのだろう。


 ロッセーラが仇敵かたきだと気づいたのは、爺さんの手にあった剣だこだったらしい。


 半年後。ロッセーラは仇敵で、婚約者の死を看取った。


「なぜ殺さなかった?」


「正体が知れて、やっぱり生きてたんだとわかった。酒場と貯めた金は全部くれるっていうからさ、勘弁してやろうかなって」


 辛気臭い老人と思われていた男が経営する酒場に、どれだけ蓄財があったかはヴァンダーも知らない。だがロッセーラは憑き物が取れたように清々した顔をしていた。


「結局、人は善人でも悪人でも、いつかみんな死ぬんだってわかったら、仇討ちなんてどうでもよくなったよ」


 それから一年。ロッセーラの店〝南風〟は、町の良き友人となった。


    §


 その夜。ヴァンダーはそれを夢と感じた。

 眠りながら両腕で体をかき抱き、その硬さに恐怖する。


 黒曜石のように鋭くて、硬い黒いからだ


 ひどく寒い以外は痛みもなく、静かに蝕まれている不安に汗が体を伝う。

 夢の奥の帳から誰かがこちらをじっと見つめられているのがわかる。


 弱るのを、気配に気づくのを待っている。そんな気がした。

 誰だ。いや、なんとなくわかる。


 その名は、〝邪悪〟。

 ヴァンダーみずからが一度、首を落とした絶対的暴力の根源。


「竜、つきの……宿命か」 


 ヴァンダーは声ならずつぶやき、波に洗われるように意識を失った。



 朝。

「ヴァンダー、ちょっと来てくれ」


 チェルス家の慰問に出かけようとしたところに、バルデシオが顔を出した。

 きつい酒を浴びるように飲んだ翌日なので、いつもの強面が二次発酵したパン生地みたいになっている。カレンがしきりに笑いをこらえていた。


「バルデシオ、朝食は?」


「まだだ」


「なら、みんなでロッセーラの店で食おう。話は秘密計画じゃないんだろう?」


「例の首の話だが、いいのか?」


「首桶は昨日のうちにサムに渡してある。まさか首が消えたとは言うまい?」


「それだよ。あの野郎、朝っぱらから市庁舎に首桶を持ってきやがって、見張りの代金をせびられた。それで、午前のうちに家族へ返そうかと思ってな」


 斬首刑の亡骸は執行後はさらすことなく埋葬される。これに対して、絞首刑は死体を町の外れに吊るして晒し、腐り落ちるまでが刑となる。今回は国を跨いだ越境事件なので、首だけをもってきた形もとっている。


 とはいえ、豪農チェルス家の災難をクレモナ市民がどれだけ気にしていたかは怪しいが。


「いいんじゃないか。それなら、もう俺の肩は貸さなくても大丈夫だろう?」


「肩はいらんが、手を貸せ。どうやらカザヴォラの村近くにゴブリンの巣がある可能性がでてきた」


 ヴァンダーは思わず師マーレファと顔を見合わせた。


「なら、ロッセーラもか?」


「サムはとっくに巻きこんである。見張りの金を渡したら暇そうだったんでな。少数精鋭でいって、サポートは現地調達する。今回は急ぐ理由もあるから、報酬もおれの財布から出す。例の魔貴族どのにもアイサツの鳩は送っておいた」


「市長。昨日、できる限り知らぬふりをして、関わらないのが長生きの秘訣だといったよな?」


「まあ、聞け。こっちでわかっているのは巣の在処ありかだけだ。こいつは対岸の火事を間近で見に行こうって酔狂だからな。手に負えないと分かれば、退き返したっていい」


「弔いか?」

「他に何がある」


「まったく、お前らしい律儀さだな。実に尊いよ」


 ヴァンダーは両腕を広げて、ももを叩いた。もう勝手にしろだ。


「うっせ。いいから早く支度してこいよ、酒場にいってるからなっ」


 声を荒げて、バルデシオは外に出ていった。


「というわけです。師匠。朝食は外で食べることになりました」


「薪作業しなくていいですから、私は歓迎ですねぇ」


 面倒くさがり屋の師匠があくび混じりにいった。


    §


 今朝のカレンは予想通り、十二歳ほどに成長していた。


 あどけなさがやや薄れ、知性の片鱗が目の輝きに付加されている。それに応じて学習能力も飛躍向上して、昨日ロッセーラと六斎市で遊んだ数時間で、会話はカタコトながら疎通ができていた。魔族は一体どんな頭脳をしているんだか。


 ロッセーラは、その時に穴を空けた売上の補填を条件に、パーティ参加した。成長したカレンを見てヴァンダーに説明を求めてきたが、そのうち成長が止まると言ったら小首を傾げられた。


「魔法使いの体質なんだ」


「そなの?」


「嘘だ。俺にもわからないが、そういうことにしておけば気にしなくなった」


「確かに、割とどうでもいいかも。可愛いこそ正義だし」


 ロッセーラもまた魔族の魅惑チャームにかかったか。自分も流浪した身の上もあってか、細かいことは気にしない、良い女だ。


 サムは単純に金に誘われた。頭にはフルヘルム。右手に金棒。左手にカイトシールドという、真っ当な対ゴブリン装備でロッセーラの酒場に現れた。


「サム、前衛に出る気か?」


「んあ。その方が市長の払いがいいらしいのよね」


 カネカネいっているが、サムはパーティ中、唯一の既婚者だ。子供は三人いる。細君はサムが首切り人ではなく、安定的な牢役人だと信じ切っているらしい。


「ロードを倒したら、首一つに金貨五枚を上乗せって話なのよ」


「本当か。市長も奮発したな」


 とはいえ、ロードは蟻で言えば女王蟻だ。たおせればゴブリンの指揮系統は崩壊、巣も縮小傾向に入る。斃せれば、だが。


 問題があるとすれば、ゴブリン討伐で最も期待される師マーレファだ。


 幌馬車に乗りこむなり、杖を抱き枕にして眠ってしまった。着いたら起こせといわれたので、着くまで起こすなという意味だ。ヴァンダーは事情を相部屋の居候に訊ねた。


「ヴァンダーが寝た後に、どこかへ出かけてたよ。西へ向かってた」


「なぜ西だと?」


 すると少女は人さし指を出すと、そこに荊が伸びて花が開き、花弁の中からつぶらな瞳がまばたきした。


「だって、見てたもん」


 成長めざましい少女は、いたずらっぽく微笑んでみせるのだった。


 俺は道中、師匠に代わって、草木魔法の活用法をいろいろ教授した。





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