第43話 知り過ぎていた追手
「なんだ。まるでドラゴンが現れたみたいに驚いてくれるじゃないか」
ヴァンダーの声だった。オレガノに、声マネの才能があったなんて。
四十がらみの痩せぎすのフード男が、両手をあげておののく。
「お前――あんたがなんで、こんな森の中に?」
「この状況で、質問できる立場か?」
「そ、それは、たしかに」
「もしかして、お前も、この森に魔王が潜伏しているって噂を聞いてきたのか」
「……」
「なら、魔王が結託してこの国を滅ぼす、あの話は本当だったんだな」
「お、オレは関係ねぇ。本当だ」
「なぜ魔王サトウミキを捜してる」
冷たい金属定規をさらに押しあてられ、顎がさらに上がる。息のあった二人羽織だ。
男は喘ぎながら舌打ちして、
「け、ケースケがサトウミキの魔術師としての才能に目をつけて、自分の手許に置こうとしてる。ところが貴族の口車にまんまと乗せられて、サトウミキを夜伽に出しちまってな。その貴族はサトウミキの怒りを買って、川に落とされて溺れかけた」
「続けろ」
「ケースケはこの世界で自分の知識を貴族に売って、ある程度の地位を築こうと考えてる。独立は考えてなさそうだ。だがそんな甘ぇ考えじゃ貴族相手の世渡りは無理だ。貴族のほうが何十枚も上手だからな。計算、記憶力、人脈、根回しの連繋速度、言質の引き出し方、全部だ。特権っていう既得権益で守られた合法詐欺の怪物どもだ。早晩、身ぐるみ剥がされて捨てられるのが目に見えてる。あいつもなんとか対抗しようとして転がり込んできたサトウミキとの連帯を考えたが、言葉の掛け違いで頭にきて、つい殴っちまった。若さ故の過ちってやつだな」
「……」
「おまけにあいつ、女に逃げないよう、招来魔法に監視させるっていう暴挙に出た。女房を殴った男が安いプライドで謝れず、さらに高圧に出ちまうっていう、よくある男女の話だな」
「だが魔王サトウミキが逃げたから、お前はここにいる。そうだな」
「ま、まあな。あの女も以前から独自の招来魔法を開発してたみたいでな。ケースケが出かけた隙をついて、招来魔法ごとふっ飛ばして逃げやがった」
「で、なぜサトウミキがこっちに逃げたと?」
「シルミオーネにオレがいたからだよ。あの女魔王はオレがヴェネーシア共和国の密偵だってことに気づいてた。東に逃げれば土地勘があると思われたらしい」
「なるほど。お前、最初から信用されてなかったわけだ」
「え。それは……そうかも」
「サトウミキが、北の山脈を越えて逃げようとは思ってないのか」
「それはオレも提案した。だがケースケは女の足でなんの装備もなく標高三千メートル級の連峰越えは不可能だとさ。それにロンバルディアを出れば、魔王タカハシユーガの〝圏外〟になるんだと」
「ケンガイってなんだ?」
「知らねぇよ。たぶん結界みたいなもんだろ。なあ、もういいだろ。ひと通りの事情は全部しゃべったってぇ」
「よし。次だ」
「話が違うだろうが!」
「どんな話だったかな。俺も腕がだるくなった。このまま手許が来るって喉笛を掻っ切ってしまうかもな」
「やめてくださいお願いしますなんでも話しますからっ!」
「さっき俺のことを〝屠竜〟ではなく〝竜憑き〟といったよな。あれはなんでだ?」
男は顎から脂汗を滴らせて、口をアワアワさせた。
「あれは、その。で、出来心だったんだ」
「どんな出来心か聞きたいねえ……
「ちょっ、待っ。本当に勘弁して。口が滑っただけだからぁっ」
「思い出話をするだけだ。竜殺しの所から始めようか。あれは何年前だったかな」
「に、二十年前だ」
ふた昔ほど前のお話。
南のヴィブロス帝国の
大陸を統一した暁には邪竜を地底から地上へ出してやる、というテンプレートな約束だ。
この密約が半年という速さで外部に漏れた。
ロンバルディア王国をはじめとする他の五つの列国が脅威に思い、自国屈指の魔術師と剣士を五人一組とするパーティを選抜して、二五人のドラゴン討伐連合団[
「名調子だな。吟遊詩人になれる」
「ばか。オレは普段、これでメシ食ってんだよ……お前、ヴァンダーじゃねえな?」
佐藤さんは、男の喉許から金属定規を外すなり、腰を踏みつけるように思いきり蹴った。
ランブルスは地面に投げ出され、腰をさすりながら憤怒の形相で背後にふり返る。
「痛ぅっ。やりやがったなって、あれ? やっぱヴァンダーじゃねえか」
「あーあー。正体を見られたからには、生かして返されへんなあ」
「なあっ!? お前、その声っ、女っ。お前まさかそれ
「お前お前うっさいんじゃワレェ。埋めたろか!」
ランブルスが逃げ出そうと立ち上がった、その瞬間をわたしは見逃さなかった。
「ボーラ!」
茂みの影から叫んだせつな、森のあちこちから分銅縄が四つ一斉に飛んできて、魔術師の体に絡みついた。
「うがっ。なんじゃあこりゃあ!」
たちまち全身がボンレスハムみたいに縛りつけられて、首に巻きついたボーラの分銅が後頭部に当たり、ランブルスはあっさり白眼をむいて昏倒した。
「はぁ~、怖かったぁ~!」
ヴァンダーが胸を押さえて、安堵のため息をつく。わたしは茂みからつまづくように出た。
「あの、佐藤さん、わたし達の正体、見られずに情報収集できましたよね?」
「上出来なんとちゃう? にしてもさ、オレガノ。アンタやるやん。半分近くそっちのアドリブだったよねえ」
樹上から降りてきたホブゴブリンはムスッとした顔で魔王を睨んだ。
「かなり怪しかったけどな。こいつがマヌケでよかった。旦那の話は面白いから聞いて、声グセは覚えてた。あんたも旦那のこと、よく見てたな」
「まぁね~。ハリウッド級のイケオジは一度見たら忘れんし」
姿をヴァンダーから元の黒髪ギャルに戻すと、佐藤さんは右目にVサインで勝ち誇る。
「それで、この人どうするんですか?」
「竜憑きってのが、ただの悪口とは思えんかったし、そもそもヴァンダーもシルミオーネから追手のこと知りたそうだったから、テイクアウトちゃう?」
「わかりました。オレガノ、みんなで運べそう?」
「ああ、鹿より軽そうだ。だが運んでる途中で気づかれたら豚よりうるさそうだ」
「わっかる~。あははは」
佐藤さんは犯罪まがいの乱暴な悪戯が成功した気分なのか、興奮しっぱなしだ。
おもむろに金属の定規で空間を無造作に切り裂いた。姿見ほどの白銀の空間が現れる。
「佐藤さん、これって、魔法?」
「そ。これがあたしの固有スキル〝鋏〟の魔法。こっちじゃ〝ドルイドの鏡〟なわけ。そしたら帰るで。早よ入って」
佐藤さん、超絶ご機嫌で手招きする。
「えっと、はい。んじゃ、
わたしはみんなに号令をかけて、きのこ狩りの終了を告げた。
§
「ねえ、これもらっていい?」
夕方。
佐藤さんがうさぎの毛皮をもって、台所に顔を出した。
うさぎは五羽獲れた。うちディルが二羽だそうだ。皮剥ぎはタラゴンとバジルが早くも上達していた。肉もすでにタイムと腑分けして鍋の中だ。
「いいですけど、それどうするんです?」
「こんだけの量あるから、帽子にしようかなって」
「帽子、佐藤さんが縫うんですか?」
「まあね。夏から始めれば、秋ごろには全部完成するかなあって」
「へー、いくらで売れるんです?」
猪の毛皮と牙はヴァンダーが専門店に売ったらしい。いくらになったのかは聞いていないが、革兜衆の装備が中古ナイフから新品ダガーになったくらいの収入にはなったらしい。
「店先で銀貨四十枚くらいで売ってたのは見た。クソダサやったけど」
「クソダサですか」
言い方に懐かしさがあって、ほっこりする。
「あいつら被れれば何でもいいと思っとるんよ。あれは。うさぎにリスペクトが足らん」
「許せないわけですね」
「そう。でね、オレガノたちにかぶせて街歩かせたいわけ」
わたしは思わず鍋のアク取りの手を止めて振り返った。
「佐藤さんも、革兜衆のために造ってくれるんですか?」
驚くわたしに、サトウさんはさも当然に応じる。
「だって、あの子らが獲ってきたやつやし? なら、あの子らがかぶればよくない?」
わたしは一も二もなく承諾した。
「ゴブリンは耳が大切らしいので、耳を隠しつつ穴を開けて聞きやすくしたほうがいいみたいです」
「へー。あの耳がポイントね。うさぎの皮だけに。オーケェ。なんかアイディア溢れてきた」
「あの、佐藤さん」
「んー?」
「納屋にいるランブルスって人、どうします?」
「あー、あれ? 明日の昼過ぎまで食事抜いといて。元気なくなってからが会話だから」
淀みなく苛烈な処断に、わたしは首をすぼめた。
あの人、佐藤さんから相当な怨み買ってるんだと思った。
だいぶ後になって、この時の扱いが捕虜を扱う基本対応だとわかり、わたしは世の中の怖さを少しだけ理解することになる。
佐藤さんって、前世界なにやってたんだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます