第23話 ゴブリン地下帝国の滅亡3 一網打尽



「アヴィドは一度、オリンドにルクレツィアとの婚姻を申し込んで断られたようですね」


「貴族に成り上がりたい父親にとって、娘の恋路の先が豪農の三男坊では、認める道理がありませんからねえ」


 師弟で夜闇を泳ぐように音もなく走りながら、となりでマーレファがつぶやく。


「その矢先だったそうですよ。オリンド本人と母親が消失したのは」


「消失?」


「室内に争った形跡はなく、近所もそれらしい音は聞いていなかったそうですよ」


「では彼女一人が生き残ったのは、どうしてでしょう」


「それが……」


「ああ、なるほど」マーレファがさっさと理解を進めた。「夜な夜な親の目を盗んで家を抜け出し、アヴィドと会っていた。それが幸いして難を逃れたわけですか」


 これにより、オリンド一家は破産状態になった。

 事態を重く見たアヴィドが彼女を婚約者として自宅に引き取った。


「あとはカザヴォラ家の当主を説き伏せたいところですが、持参金の問題があるでしょうか」


 かくして恋する青年は愛する恋人のため、親を説き伏せる持参金の工面に手を尽くす。そこへクレモナから十八頭の豚をゴブリンがメッツァ領の巣まで運んでくる話を聞いた。


 アヴィドからすれば最初は半信半疑だったはずだ。

 だが現実に豚を盗んできたゴブリンたちを目にし、天の配剤と思ったかもしれない。


 ただし、その代償として神が求めた結末は、悲劇だった。


「師匠が恋愛戯曲にまで精通しているとは知りませんでした」


「失礼ですね。ロンバルディアの恋愛戯曲には語ることが少ないのですよ。今ひとつ垢抜けていません。恋愛譚にかけてはヴィブロス帝国に一日の長、実によく洗練されています」


「適当な評論いうの、やめてくださいよ」


「おや、ヴァンダーさん。帝国戯曲をご存じない?」


「地下で研究に明け暮れてきた大魔術師が、戯曲を観に行く暇があったとは思えませんがね」


 二人で向かっているのは、おそらくオリンドが経営していた元運送商会の敷地だ。


 馬はなく荷台だけが骸のように散乱している。その駐車場の中央に、巨人が斧で大地を割ったような割れ目クレバスができていた。無理やり埋め立てたが地盤を固めきれず崩れた、あるいはゴブリンたちが地底から地上への出口を求めて掘り返したか。


 気合の合図も、雄叫びもなし。二人は躊躇なく大きく割れた闇の中へ飛びこんだ。


    §


 起こしてくれるって言ったのに。


 微睡まどろみながらわたしは、穴に飛びこんだヴァンダーに文句をいった。


 たしかに疲れていたけど、置いてけぼりを食らわせるなんて、ひどくない?


 眠っている間も、〝荊の荒城〟ハイデンレースラインは微量の魔力をつかって稼働している。


 魔術師二人が地下へ飛びこんだ。


 これ、モノクロカメラなんだ。気づいた直後に視界は真っ白になった。

 それから五分くらい眺めて、二人はいつ出てくるんだと待っていたら、


 ドォウォオオン!


 夜を叩き起こすような轟音が遅れてやってきた。

 わたしは、かっと目を見開いて上体を起こした。


「カレンっ」


 突然の強風でなびく髪を押さえながらロッセーラがやってくる。

 わたしは起き抜けに走り出したので、砂漠の美女を驚かせた。


 南の空が真っ赤に燃えていた。


「ロッセーラさん、師匠とヴァンダーが地下にいるゴブリンの群れの中で魔法を放ったみたい」


「えっ!?」


「わたし、魔法で二人を追ってたの。割と大きな火の魔法だった。今からわたし達の出番かも」


「わかった。――サムっ」

「んあ」


 巨漢が重鎧をやかましく鳴らして馬車の準備に駆け出す。


 そこへカザヴォラ家の当主が馬でやってきた。


「もうすぐゴブリンが来るぞ。皆の衆、迎撃準備だっ。村を守れーっ!」


 叫ぶとまた村を飛び出していく。村人たちはあたふたとピッチフォークや棍棒を持ち始めた。


 サムが幌馬車でわたしたちの前に乗りつける。

 わたしとロッセーラが無言で荷台に飛び乗るとすぐに動き出した。


「カレン。無人の集落が燃えてるっけど、どうしようかね」

「向かいましょう。そこでわたし達もロードを迎え撃ちます」


「んあ。わかったあ」


   §


〝深淵の闇にて燃え盛るは轟炎 羅刹の煉獄

 虚空天より流れ来るは灼熱 修羅の終焉

 大霊神ヴォルカヌスのあかき浄炎雷火もて

 浅ましき邪悪の魂礫こんれきひと欠片残さず 灰燼かいじんと帰せ〟


 ――紅炎煉獄燼ハイスヴァルム


 大空洞に中位火炎魔法を十字法火で撃ちこんだ。


 二つの火炎は直角交差する中央で衝突すると、灼熱の赤い滴が床面に落ちて広がるように闇底を焼いた。


 バレたら国際問題まったなしの戦略的火炎魔法は、闇底で毒パタータを食べて苦悶にうめくゴブリンの群れを飲みこみ、瞬く間に消し炭へと変えていった。


 残心をとり終わると、ヴァンダーとマーレファは布で鼻と口を覆った。


「ヴァンダー、撤収しますよ」

「了解」


 天井をあぶる炎と黒い煙の中を脱出口まで退がろうとした、その直後だった。

 炎のヴェールを傲然ごうぜんと掻き割って、巨体が飛び出してきた。


 横薙ぎの石斧がマーレファを捉えた。

 華奢きゃしゃな体がくの字になって吹っ飛び、壁に叩きつけられて砂塵さじんけむる。


「師匠ぉおおっ!?」


 ゴブリンロードがマーレファにとどめを刺そうと横を向く。ヴァンダーは無詠唱の[火]をゴブリンロードの顔面に叩きつけて、自分に注意を引きつけながら後退する。


「ちぃっ、半端な魔法とはいえ、肉にも届かねぇのかよ」


 地下に封印され続け、仲間さえもくらって生き残ってきたロードの器量を見誤ったか。


「師匠っ、作戦は引き継ぎますから、あとは自分でなんとかしてくださいよ!」


 ヴァンダーは師の安否に後ろ髪を引かれながら、離脱を決断した。炎のヴェールから迫りくる四つの巨影に火弾を連射して弾幕を張り、一人で四頭を引きつけて地上へ逃げる。


 地上まで駆けあがる傾斜は文字通りの這々ほうほうの体だ。

 手はず通りなら新興集落へ向かえば、あのいばらの転生者がいる。


「師匠っ。くそ、情ねぇっ!」


    §


 地面の裂け目からヴァンダーが転がり出てきた。

 直後、土柱が噴き上がり、巨大な人影が次々と地上に現れた。


「ヴァンダーが出てきた、その後にゴブリンロード。かなり大きいっ」ロッセーラが鋭く叫ぶ。「合計四、確認っ。さあ、あんたたち気張っていくよ!」


「んあ。前衛出るよっ」


「まって、ヴァンダーが追われてる。わたしが先に牽制する。サムはその後!」


「んあ、了解」


〝荊の荒城〟ハイデンレースラインが三匹のゴブリンロードの顔面をロックする。


「あったれーっ!」

 野ばらに向かって電信柱ほどもある荊が殺到する。


 ブゥオオオオ!


 雄叫びともイビキとも思えない不快な声で、土から壁が現れた。荊が突き刺さる。

 さらに、


 ブゥオオオオ!


 土壁の表、地中から石の棘杭スパイクが飛び出し、伸び切った荊を次々に刻んでいく。


「カレン!」


 ロッセーラがわたしを横抱きにして屋根から飛び降りた。数秒後、その家屋に石の棘杭スパイクが到達し、通り沿いの数軒も巻きこんで木っ端微塵に吹き飛んだ。


 土星フムスの魔法。これがゴブリンの上位種、ゴブリンロード。


「何よ、これ。わたしの知ってるゴブリンじゃないっ」



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