第24話 ゴブリン地下帝国の滅亡4 論功行賞



「いや~、火を消す手間が省けちゃったわねえ」


 ロッセーラがわたしの狼狽ろうばいを軽口で蹴っ飛ばす。通りの反対側の家の陰に身を潜めて、わたしの肩をぐっと掴んできた。指先が震えていた。


「魔法のことはよくわかんないけどさ。どのみち剣や弓と同じで、使いよう、狙いようってことなんじゃないの?」


「つかいよう、ねらいよう」


「あんた、さっきアイツらの頭ばっかり狙ったでしょ」


「それは。だって、ヴァンダー助けなきゃ、倒さなきゃって思ったから」


「まあそりゃそうよね。けどさ。それだと、アイツらの頭と一緒に、あたしらの手柄もなくなっちゃうのよねえ」


「え……っ」


「カレン。あたしらパーティなんだよ。こっちにも見せ場を用意してくれない?」


 うわ、馬鹿だな。わたし。先走っちゃった。カッコ悪。


「じゃあ、みんなで英雄になりますか?」


「ううん。そういうのは、ヴァンダーかバルデシオに任せるわ。あたしらはなんてったって、金よね」


「生活第一、ですか」わたしも彼女の調子にのった。


「トーゼン。酒のない酒場に、誰が客で来るかってなもんよ」


「たしかに」


「だからさ、トドメは任せな。あんたはその魔法で、あたしらに注意がこないように引っ掻き回してほしんだよ」


〝了解〟オゥカピート。任せてください。次はやれます」


「よーし、任せたよっ。魔法使いの弟子」


 ハイタッチして、わたしは通りに飛び出した。


「わが荊よっ。わが前に立ち塞がりし敵の脚を封じよ、

 暴虐の歩を止め、愚かなる侵攻をくじき、天元の大地に縫い付けよ。

締め殺しの無花果ストラングラー・フィグ〟!」


 呪文詠唱なんてラノベの中だけ。本当の魔法規則も術式もまだ知らない。


 だけど気合いと意思だけでも魔力に載せたい。


 脚だ、脚だ。すると野ばら[ ]がゴブリンロードの頭から膝に移動してロックオン。


っけええ!」


 せつな、ゴブリンロードたちの立つ地面からジャックと豆の木のような絡まる棘蔓が飛び出して脚に絡みついた。


 メキリッ!


 胸の悪くなる圧壊音が、わたしの耳朶じだを打つ。

 ゴブリンロード三匹が両脚を地面に立たせたまま倒れた。


「前衛ーっ、前にっ!」

「おうね!」


 わたしの号令で、サムがハルバートと大盾を掲げ、鎧と武器の重さを感じさせない速度でゴブリンロードへ突進。降ってくる石斧を大盾でいなすや、盾を手放した。巨躯が後ろへ流れたロードの喉笛をハルバートの穂先で鋭く突き刺した。


「ヴァンダーっ!」

「任せろ!」


 ハルバートを掴んで離さないゴブリンロードの背後からヴァンダーが首を切り落とす。

 遠巻きからでも怖くて、わたしは思わず目をつぶってしまった。


 次に目を開けた時、別のロードが矢の刺さった目を押さえてのけ反っていた。

 わたしの荊の魔法を退けた四匹目だ。


 ヴァンダーが跳躍から、矢の刺さった顔面への回し蹴り。そのまま地面に倒れこみながら重力と体重をのせて、一気にロードの太い喉を剣で貫き、横へ掻き切った。


 サムもハルバートで這って逃げようとするロードの首を容赦なく刎ねていく。そこへようやく騎士団の重装歩兵が到着して、残るロードを槍で滅多刺しにした。


「あと一匹よ、周囲警戒!」


 ロッセーラが弓を構えたまま仲間に警告を発する。

 五体のロードで最後の一匹が地上に現れなかった。


「カレぇン!」


 ヴァンダーが突然、悲壮な声でわたしを呼ぶ。

 直感的に後ろを振り返った。


 五匹目のゴブリンロードが、悪鬼の形相で覆いかぶさってくるところだった。


 不意を突かれた。荊の防御が間に合わない。

 わたしは自分の最後に、目をつぶることもできなかった。


 やっぱり植物系スキルばっかり選ぶんじゃなかった。荊の魔法なんかじゃだめだったよ。


 ……異世界転生シッパイだよ。


「カレン、あなたには〝テンセイガチャシッパイ〟なんて言葉はつかって欲しくないのですよ」


 おっとりした声とともに、ゴブリンロードが賽の目に切りわかれた。


 一体、何が。よくわからないまま目を見開くわたしの体を、肉塊がすり抜けて背後に斃れた。


 その背後から炎風に長い銀髪をなびかせながら、マーレファが右肩を押さえて歩いてくる。


 なびく髪の間から、上に鋭く尖った耳がのぞいた。


「マーレファ……あなたはもしかして、〝吸血鬼〟?」


「ほぅ、私の種族をノーヒントで言い当てた魔族は、あなたで二人目ですよ、カレン」


 絶句するわたしの肩に、マーレファは優しく手をおいた。

 周りの家屋には火の手が回っているのに、彼の手だけは冷たかった。


「私の過去はヴァンダーにも内緒で、お願いします。もっとも、この世界の古代種族は私だけになってしまいましたから、誰も気にしないでしょうが」


 砂ぼこりに汚れた顔で苦笑し、大魔術師は一件落着の息をこぼした。


    §


「晩餐会? あたしはお店があるから、パスする」

「その日は、真ん中の子の誕生なのよ。パスね」


「じゃ、わたしもパタータの生育が」


「あなたはヴァンダーについて行くのですよ、カレン。社交を学ぶのは早いに越したことはありません」


 マーレファにいさめられて、十五歳の少女は仏頂面で頬を膨らませた。


 前代未聞のゴブリン大キングダム討伐から、五日が経った。


 カレンの成長は十五歳ほどでとまった。マーレファがそれを待っていたように、彼女に課題を山と課して、ヴァンダーの弟子時代にすらなかった英才教育が始まった。


 カレンはそれをテキパキとこなして知識を頭に修めていく。

 早朝と夕方の食事前だけ許された、家庭菜園を楽しみに。


 もう一人テキパキとこなしているのはクレモナ執政官バルデシオで、ゴブリン討伐パーティのリーダーとして窓口的な交渉役を買って出た。


 討伐成果は、五匹のゴブリンロードの首とパンデミック級のゴブリンの大群、推定十三万匹の一掃である。


 地方行政にとっても傭兵の日雇いクエストと無視できない功績だ。なにより、恩を売れたカザヴォラ家にはルクレツィアがいる。彼女と会う口実にもなるから、執政官の意気も高い。


 チェルス農場のゴブリン襲撃事件の元凶は、メッツァ領の新興集落の地下と特定。カステルヴェドロ=メッツァ伯爵家公認の下、クレモナ市義勇討伐パーティ五名。カザヴォラ家、ベルモンド騎士団の三六騎と共同討伐という形式をとって、これを平定したことを確認した。

 こうして数百年に渡って看過され、蔓延はびこってきたゴブリン地下帝国の殲滅完了が領主イルミナート伯爵によって宣言された。


 また、地下帝国のゴブリンはいろいろな物品も集めており、その回収に時間が割かれた。


 将軍級の魔術師二名が戦略魔法を使ったことを差し引いても、原型をとどめているものだけで旧ヴィブロス帝国ほか金貨六千枚。人骨およそ二万頭。武器に至っては数百年前の意匠を残す剣や鎧などなど。それらすべてを回収するには時間を要するが、メッツァ家は財宝よりも人骨と遺品回収を優先するよう兵に命じた。


 あの青年伯爵はふざけているようで案外、道理を知っているらしかった。


 そして今朝、メッツァ領から討伐報奨の辞令と報酬が届いた。

 金貨一五〇枚と、ロードの首級報酬、四つで金貨四〇枚。しめて金貨一九〇枚也。

 ゴブリン掃除としては破格。パンデミック阻止としては、少額といえたかもしれない。


 ヴァンダーとマーレファは報酬の多寡にさほど興味なかった。


 もともとバルデシオの個人的な事情の「押しかけゴブリン退治」に駆り出されたのだ。マーレファが後れを取りかけて無傷とはいかなかったが、一人金貨四〇枚は贅沢をしなければ平民が半年は暮らせていける。何気に王都から追放中と逃亡中の二人には、まとまった現金収入はありがたい。

 

「ああ~ん、わたしのお金~っ!」


 カレンにも均等分配された金貨は、マーレファが容赦なく取り上げた。クレモナでカレンの公私の貴族衣装を調えた以外はお小遣い制となり、ヴァンダーの管理下に置かれた。


「あなたが大金を持っていたら、すべて花の種や野菜の苗代になりかねませんからね」


「だって動画とか写真集すらない世界で、きれいな花を見るためには現物しかないでしょ?」


「ちょっと何言ってるのかわかりませんが、花なら森でも休耕地でも行って摘んでくればよいのです。今の季節なら朝市でラベンダーでもマグノリアでもゼラニウムでも瑠璃茉莉プルンバコでもあります」


「眺めてるだけじゃ気分よくない!」


「眺めるだけで気分がよくなって、端から端まで衝動買いしそうだからお小遣い制にするのです」


「お花だって、友達は必要だもん!」

「植物を擬人化するのはやめなさい。彼らに感情はありませんよ」


「そんなことない。わたしには聞こえるの。そういうスキル獲ったんだから」


「でしたら、あなたに食べられる野菜たちは悲しんでいましたか?」

「果実は動物でいう卵だから、感情はまだ芽生えていませ~ん」


「セロリや人参ではどうですか」

「根毛はやめな、ボディにしな、っていってた」


「よくそんな薄気味悪い声を聞いて、野菜が食べられますね」

「フッフッフッ、甘いよ。魔法使いさん、野菜はね。食べられて種を増やす存在なのよ」


 などと意味不明の問答を繰り返す新弟子を眺める、ヴァンダーだった。


「それで、今夜の晩餐会には行くんだな?」



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