第32話 読み替える魔王討伐事件の謎



「ミキ。前にも言いましたが」

「うん。忘れてない。変革とは、秩序と冷静を保ってこそ行われるべき、でしょ?」


「その通り。無関係の民を巻き込んでは、ただの戦争と同じ、不毛です。待っている未来は貧困と飢えの連鎖です」


「だからあたし、新沼に国造りの理想だけを掲げて、やってることはテロだって言った。そしたらあいつに殴られて、〝匣〟に閉じ込められて、〝雪虎〟の監視までつけられたから、頭きてぶっ飛ばして逃げてきた。もうアイツとは付き合いきれないよ」


「〝雪虎〟をぶっとばした? それではミキの〝雷鳳〟が完成したのですか?」


 魔王は恥ずかしそうに目線を逃がした。


「逃げるのに、嫌ってた力が必要だった。まだ制御は難しいけど。回数の問題だと思う」


「素晴らしい。おめでとうございます。その若さで、私と肩を並べる魔術師になりましたね」


 マーレファの弟子たちにとっては聞き捨てならない賛辞を、魔王に贈った。


「マーレー。あたし前にもいうたよね。この世界で魔術師になりたいわけじゃない。ファッションデザイナーになりたいの」


「ええ。忘れていませんよ。裁縫革命でこの世界を無双する、でしたよね。彼女なんかはどうです? 革の装備ですが」


 タイムがもじもじと佇むが、サトウミキはつまらなさそうに鼻塞した。


「ゴブリンが馬買いの服装してるだけだし。馬子にも衣装じゃなく、馬子の衣装そのものなんだけど。せめてゴブリンの貧相な体系が人族並みに均整が取れてないとね。あと機能一点張りのポケットが多すぎる。馬用の精力剤でも入れてたのかな」


 困惑の中にも、衣装のことになると魔王の目の輝きが変わった。


「ヴァンダーが今後、彼らを強くします、偵察にむいた衣装とか考えてみませんか」


「え、いいけど。マーレーがゴブリンを使役してるの?」


「いいえ。彼らの主人は、あそこです。キクチカレンです」


 サトウミキに窓の外のミルクティ色の髪を指差す。


「キクチ……彼女、この世界での名前は?」


 その問いかけの後、妙な間が生まれた。


「ありません。ですので、カレンと呼んでいます」


「ないのは逆に変。あの容姿はこの世界のものだし。なのに転生前の名前しかないのはおかしい。あたしに隠さんといてよ。何を考えて、何を企んでるわけ」


「ミキ。魔族側にくみしないで、もう一度……私を信じてくれますか?」


 黒髪ギャルの魔王はしっとりとした瞬きでうなずく。大魔術師を見つめ、目で説き伏せるように見つめ続けた。


「彼女はおそらく、カレイジャス・ロンバルディアです」


 魔王はがばりと毛布をはねのけて上体を起こし、マーレファの腕を掴んだ。


「彼が、死んだっ? ウソでしょっ?」


「いいえ。誓って本当です」


「それじゃあ、あなたが殺したの? そうでなきゃおかしいよ。彼ほどの魔力量は英雄クラスだった。彼も、自分を殺せるとすればヴァンダーか〝星霜〟先生くらいだって認めてた。そうなんでしょ?」


「ミキ、落ち着いて。殺したのは私ではありません。現場報告から転移魔法の余波衝撃の残滓を確認しています」


「転移魔法の余波衝撃? 〝竜属星〟? そんなはずないでしょ。あたし〝ドルイドの鏡〟を出したとき、そんな転移地場は……転移? 転移魔法の余波衝撃……それじゃあ、あのタイミングで謁見の間に転生者が現われた? なんでそんなことになったんよ。最悪っ」


 頭をかきむしる魔王に、マーレファは鼻息して、目を深く閉じてからいった。


「国王陛下への上奏文には、王子が魔王と交戦し、上位魔法〝礫鯨〟デブリスフロウを招来させたところに転生者キクチカレンが顕現。その守護障壁と〝礫鯨〟が対消滅し、王子はご自身の招来魔法の逆流および転移魔法の衝突余波衝撃に挟まれて消滅したと、奏上してあります」


「消滅っ!?」サトウミキは聞き返した。「王子の遺体は」


「髪の毛一筋たりとも、ありません」


「じゃあ、あの子は、何? どういうこと?」


 サトウミキが怪訝の眼差しで見つめる。


「カレンもまたこの世界に転生した直近に、魔法干渉を受けたことで肉体が消滅。カレイジャス王子の魂が彼女の魂と融合したことで肉体が再転生したと考えられます」


「魔霊融合した魂が一つの肉体に再転生。っていうの?」


 マーレファが軽く目をみはり、わが意を得たりと静かにうなずいた。外で肉を食べるホブゴブリンたちがカレンを囲んで騒いでいる。


「ミキ。やはりあなたは魔術師にむいていますよ」


「今はその話は勘弁してよ。魔術師なんて陰キャがやればいいのよ」


「私のどこが陰キャですか? ……魔霊融合のひらめきは見事と褒めているのに」


 タイムが難しい話になりそうなのを察知して、部屋から逃げ出した。


「招来魔法〝礫鯨〟が転移魔法の干渉を受けて逆流、発起動術師であるカレイジャス王子の肉体を消し飛ばした、その際の一緒に吹き飛びかけていた王子の魂魄は、菊地花蓮の魂魄を守護していた転生殻に入り込み、吹き付けられて、性格と容姿が王子と相似した少女として転生を完了した。この二魂一霊として融合した魔霊融合の仮説をずっと考えています」


 魔王サトウミキは上体を折り、両手で額を抱えて、やがて顔をあげた。


「招来魔法と、転生殻との対消滅事故。それでもまだ、魔霊融合したことを立証するのに必要なピースが足りない気がする。たとえば、〝触媒〟」


「まさに。対消滅に際して、となった魔法が報告されていませんでした」


「マーレー。さっき逃亡中だっていうたよね。王国内の反王体制派を抑え込みながら、王子の安否不明を隠しおおせる期間って、半年が限界なんじゃないの? その間に犯人も特定する気?」


「無茶でもそれしかないと、私は考えています。理由もあります。国王陛下の御身おんみの健康がここ最近すぐれぬご様子」


「それ、王子からも事情は少しだけ聞いてる。彼がほしいのは魔王の討伐実績で、魔王の首じゃないから、逃げてくれて構わないって言われてた」


 マーレファは無言で頷いた。


 魔王討伐はカレイジャス王子とマーレファが企画した狂言だった。

 その真実を知る者は、ドレスデン王を除けば、この場にもはや二人しかいない。


 ――はずだ。


「マーレー。現場で死んだ順番は」


「わかっていません。ヴァンダーには、ヤマダショーマ、ロッホ・ライザー、王子の順番だと説明しておきました」


「単純に魔力順ね」


「ミキが脱出したのは、どのタイミングですか」


「ううん……記憶がない。〝ドルイドの鏡〟を展開した直後は、翔馬も生きてたし、何かが現われてからは、一瞬で畳み掛けるように中位以上の魔法が連続発動して……あたしはそれに吹き飛ばされるように自分の転移魔法へ投げ出されて転移したから」


「彼らの安否を確認できないまま飛ばされた、とするとやはりカレンの出現……転生殻が影響した事故と考えるほかありませんね」


「マーレー。あたしの転生経験だと転生殻は竜属星で、魔法攻撃の被弾は想定されてないよ。それに地上に現れたら数秒で割れて消えてたはず」


「数秒で、消える……留まらないのは竜属星の性質として。カレンとカレイジャス殿下が融合。二魂一霊……」


 マーレファは長いこめかみの銀髪の一房を掴んで、眉間に苦悩を寄せた。


「マーレー。あなた自身が現場へ行って状況をもう一度、再検証したほうがいいかもよ」


「そうですね。いつにしましょうか」


「は。あたしも行くん?」


 サトウミキは目をパチクリさせた。

 友人の大魔術師は、些細な決定事項とばかりに、肩をすくめた。


「もちろんです。今や魔王サトウミキこそが、あの事件唯一の生き証人なのですからね」


   §


 ヴァンダーは解体した猪肉を新鮮なうちに近所に振る舞う。 

 ライザー家は六人住まいなので、バラ肉を差し入れた。


「ヴァンダー、ちょっと話せない?」


 ラミアが女主人として感謝を述べた後、相談を持ちかけてきた。


「どんな話だ」


「そろそろ、この町で仕事を始めようかと思って」


 三歳と一歳の子供を連れてか。いやライザー家の主人として使用人を三人も養わなければならない。


「わかった。あとで家に来てくれ」

「ええ」


 他の店子たなこたちにも肉を配り終わって、家に戻るとバルデシオがいた。


「おい、ロッセーラの店に行くぞ、付き合え」


「ちょうどよかった。ラミアがもうすぐここに来ることになってる。彼女に手頃な仕事を頼みたい」


「ん、仕事の相談か」


 悪友が少しがっかりした表情を見せたので、完全なプライベートだったようだ。


「お前もなにか相談があったのか、どうした?」


 バルデシオは逡巡を見せてから、いった。


「その、秋のアエリミア=ロマーニャ王国で催される御前試合に出ようと思ってる」



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