第29話 転校初日でケンカを売っていくスタイル


 

 課外授業は、天井付近が空調と明採り用の窓がついた倉庫でおこなわれた。


 カレンに言わせると、「体育館」ということらしい。

 いい表現なのでヴァンダーは心に留めおいておく。


 入るなり、レオナルドは準備万端、プロテクター姿で敵意むき出しの笑みを浮かべて待ち構えていた。


「カレンジャスは、俺がレクチャーするまで、他の生徒との組み手はさせない」


 ヴァンダーが宣言すると周りの生徒から気の抜けた落胆とともに解散となった。


「先生っ、話が違うじゃねえか!」


「レオナルド。今、お前の顔は恥をかかされた不名誉をそそぐ面構えじゃない。ただ弱者をいたぶりたい気持ちしか出てない。ひどい凶相だ。自分で気づいてないのか」


「そんなこといって、あいつの親の顔色をうかがって勝負させたくないだけだろうが!」


「俺は生徒をケガさせるために、ここを学院長から借りてるわけじゃない。喧嘩がしたいのなら町の掃き溜めにでも行け。容赦なくお前を殺してくれるだろう」


「〝グファーレ〟は、王族貴族なんざ目じゃねえっ。おれはこの中で一番強ぇんだよ!」


「それは大きな勘違いだ。俺がお前より強いに決まってる」


 ヴァンダーが大真面目に切り返したので、生徒たちから笑いが起こった。


「また腕を一本折られて治癒魔法をかけられながら、上には上がいることを思い出してみるか。今度は骨の髄まで刻み込んでやってもいいぞ」


「うっ、ぐぅっ」


「お前たちはこの先、何者になろうとして剣をとる。何を守りたくて剣を構える。ただ暴力をふるうためだけの拳、その延長の剣なら、お前たちは早晩、死ぬ」


「くそがっ。御託はもういいっ、こんなお遊戯、やってられっかよ!」


「わかった。だったら今すぐ出ていけ。ここは腕っぷしの強さを競う目的の場じゃない。心と身体の強さを身に着け、磨きあう鍛錬の場だ」


 レオナルドは無言で木剣を床に叩きつけると、体育館を去ろうとする。

 ヴァンダーが腕を横に伸ばして止めた。


「ひと晩、頭を冷やして明日必ずここに来い。本当に辞めるかどうか、みんなの前で決断しろ。その時に、カレンジャスとの手合わせもさせてやる」


「あぁ? さっきあんた、させてくれねえつったよな」


「今日はな。今から、俺が一晩で状況を変える。気づけよ、レオナルド。お前は明日。昨日までド素人だった相手に負けるんだ」


「はっ。んだそりゃ。いいぜ。あのきれいな顔をボロッボロにしてやる!」


 凶暴な捨てゼリフを吐いて、レオナルドは体育館を出ていった。


「カレン。今からお前に十三の型を教える。最初はゆっくり、五回目から徐々に速くする。覚えろ。他のみんなも見慣れているだろうが、改めて見て、復習確認するように」


   §


 翌朝。

 ホブゴブリンは、隣の家具屋で使っていない屋根裏部屋に毛布を与えて眠らせた。与えられた毛布に彼らは感激した様子で喜ぶ。その無防備な笑顔に、カレンがまた涙ぐんだ。


 で、朝稽古はカレンに任せた。


「今日もヴァンダーの旦那がするんじゃないんすか」


「今朝は事情があって、カレンに場数を稼がせたい。それにお前たちの主人に剣の型を教えた。それをお前たちも真似まねろ。それを確認したら、お前たちでカレンと五対一だ」


「え、お嬢一人にまとめてかかっていいんすか?」


「今日の夕方、ちょっと喧嘩があってな。付け焼き刃だが戦いの勝負勘をつけさせたい」

「けんかねえ。さっぱりわかんねぇけど。了解っす」


 それからヴァンダーは、バジルたちに革の頭巾と胸当てを渡す。


「それを頭にかぶって戦え。今日からそれがお前たちの装備になる」


「うぉおお、カッケーす!」


「ホブゴブリンという名も変える。今日からお前たちは〝革兜衆レザーヘッド〟だ」


「これの、こと?」


 タラゴンがかぶった革兜を指さす。目が完全に隠れていた。

 ヴァンダーは苦笑しながら、向きを前後ろに直してやる。


「もともと馬喰ばくろ(馬買人のこと)がかぶっている防寒頭巾を、お前たち用にイヤーカバーに穴をいくつか開けてある。それなら町にいてもすぐゴブリンとは気づかれないだろう?」


「なるほど。魔物の素性を隠す意味と仲間意識か」


 オレガノがかぶり心地を確認しながらつぶやく。


「そうだな。選んだのはお前たちの主人だが、そこまでの意図があったかは知らないが」


「ありましたぁ!」


 カレンがムキになって言うので、革兜衆もゲラゲラ笑う。


 そして、朝稽古。型の確認をした後、カレンは革兜衆五人を相手に三人まで倒して、負けた。


 ヴァンダーは魔族と魔物ではどちらが学習能力が高いか見比べるつもりだったが、結局、カレンの基礎体力がバジルたちの数に屈した形になった。学習速度は魔族。しかし集団の優位性を体で再確認した結果だ。このまま彼らが連繋チェーンを覚えれば、ヴァンダーも手を焼くだろう。


「もう、多勢に無勢だってば!」


 肩をさすりながらカレンは不平をいったが、楽しかったみたいで表情は明るい。


「戦場で多勢に無勢は、常に起こり得る状況だ。しかしよく善戦していたな。敗因は、目の配りが一つ所に留まりすぎている、それと逃げる方向も悪かった。全身が興奮していても、頭だけは冷静でいろ。場数を積み、生き残れば自然と視野は広がる。それと型も、教えた十三すべてできていた。昨日の今日で三人まで倒せたのは上出来だ。まあ予想外だったのは、タラゴンが前衛としていい動きをしていたな。きっとディルの入れ知恵だろう」


「そう、それっ。ああ、あの視界封鎖と油断が一番悔しい」


「あの、ヴァンダーの旦那」ディルが木剣を抱いてやってきた。「おいら、剣はやっぱり向いてない気がするんだけど」


「なるほど。それじゃあ、何ならできそうだ?」


「んー、鳥撃ち縄はよく使ってた」


 ヴァンダーは軽く目を見開いた。


「ディルは意外な武器を知っているな。だが、この稽古では使えない得物だな。もちろん実戦では鳥撃ち縄も有用な武器となる。最大の利点は、敵を生け捕りにできるのだからな」


「ヴァンダー、鳥撃ち縄って?」カレンが訊いた。


「人族では、ボーラと呼ばれる原始武器だ。仕組みは単純だが、これが馬鹿にできない」


 ひもの両端に石や金属のおもりをくくりつけた狩猟道具で、ロープの中心を持ち、頭上で回して遠心力をつけながら投げ放つ。錘は二つでも飛ばせるが、三つでまっすぐ安定する。


 戦場においても大型ボーラで馬上の将を落とすことができた、という記録もある。道具そのものが紐なので、武器で防御しても錘の勢いを殺せないため絡みつかれて厄介だ。将を逮捕できれば、身代金や捕虜トレードできる戦時債権になった。


「ならディルは次の稽古からドングリを投げてみるか。実戦ではつぶてとよばれる鉄片を投げる想定だ。投げ方にコツがある。あとで教えてやろう」


「ドングリか。うん。それならいいかも」


 ディルは小首を傾げる。これが五人の中で最も内気で思慮深そうなホブゴブリンの癖だ。


「ディル。鳥撃ち縄も使えるに越したことはないが、お前達はカレンを守るという使命がある。突発的な襲撃を受け、敵にすばやく致命傷を与えて制圧しなければならない場面が必ず訪れる。その時、自分も生き残るための近接訓練だと思って稽古してみてくれ」


「守るという使命、自分も生き残るため……うん、がんばってみるよ」


「よし。――なあ、バジル」


 ヴァンダーは革兜衆のリーダーを呼んだ。

 彼らの中で位置づけは決まっていないようだが、この誰に対しても人懐っこい、好奇心旺盛なホブゴブリンを中心にしたほうが分隊がしっくり回る気がする。


「なんすか?」


「今日の仕事だが。五人にナイフとボーラ十挺を支給する。それで鹿を一頭、狩ってきてくれ」


「えっ。オレら鹿なんて襲ったことないっすよ。春のメス鹿は気の荒さだけなら牛以上っす」


「わかってる。雌雄しゆうは問わん。一日でやれとも言わない。今日が空振りでも構わんさ。簡易の地図を書いておくから、どの地域を探して何頭見つけたかだけでもわかるようにチェックを入れてこい。森を知るのも重要な情報収集だ。それと国境には気をつけろよ。兵士がいるからな。日暮れ前には帰ってこい」


「了解っす」


   §


 夕方。カンボニーノ修道学校・体育館。

 レオナルドが課外授業の生徒以外の生徒も見守る中、木剣で空気を鳴らしながら待っていた。


「ヴァンダー、あの音」


「うん。わかってる。だが油断はするなよ」


 周りに昨日より大勢の観衆が集まっていた。そのせいでレオナルドは血昇のぼせあがり、力任せに振ってるだけだ。


 観衆にはきっと彼が強そうに見えているだろう。だがその実は無駄な動きが多いから風が鈍く鳴っている。ヴァンダーが言いつけた型をレオナルドはいまだ理解していないのだ。


「カレン」

「わかってる。手加減なんてしない」


 プロテクターの準備も整い、ヴァンダーは審判の位置で二人を見る。


「頭部や目への攻撃は反則とする。それと」


「ぶっ殺してやるよ。チビ」


「レオナルド、私語は慎め。不戦敗になりたいのか」


「いいよ、かかってこいよ。収穫泥棒。百姓は泣き寝入りなんてしないからな」


「カレンっ。双方、頭を冷やせっ」


 ヴァンダーが戦う前から警告を発すると、二人は黙ってぷいっと自分のポジションに戻った。

 まずいな。果たし合いとか冗談めかしにいったが、本当に殺し合う気か。


 もはや時すでに遅し。


 迂闊うかつだったが、今さら剣の心技体を説いて止まる二人ではなさそうだ。

 


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