第7話 荊《いばら》の転生者2



 ヴァンダーはいったん師匠とわかれて、王城を出た。

 行き先は、内壁城下町にあるロッホ・ライザーの邸宅だ。


 玄関のノッカーを叩くと執事のパオロが出てきた。


「ヴァンダー様っ」

「知らせを聞いてきた。ラミアは大丈夫か」


「はい。すぐに呼んでまいります。しばしこちらでお待ち下さい」


 ロビーに招じ入れられてから、待たされることはなかった。


「ヴァンダー!」


 涙のにじむ声で歩み寄ってきたラミア夫人を、ヴァンダーはそっと抱きしめた。


 ラミア・ライザーはマーレファの弟子で、ヴァンダーとは四つ上の姉弟子だ。


 ヴァンダーが弟子時代にすでに結婚していたラミアがたまに師匠の様子を見にやってきていた。彼女にしてみれば師弟というより親も同然らしい。だらしがない意味の。


「すまない、ラミア。俺のせいだ。ロッホは死なずにすんだ」


「いいえ。ヴァンダー。あの人はきっと嵌められたのよ」


「嵌められた? どういうことだ」ヴァンダーは戸惑った。


「ちょっと来て、ここじゃ話せないの」


 ラミアは執事パオロに軽い酒食の準備を言いつけると、弟弟子を家主の書斎に案内した。


「ロッホの遺品整理をしていたのか?」


「ええ。埋葬をすませて、なんとなくで始めてみたんだけど、ちっとも片付かなくて。彼もこの二年で読書をずいぶん趣味にしていたから」


「剣一筋だったあの無骨男が読書か。二児の親になるとそこまで変わるかね」


 故人への軽口に、夫人は微苦笑すると執務机から一枚の書類を拾い、ヴァンダーに差し出した。


 ヴァンダーは書類にざっと目を通すと、執務机に取りついて別の書類を次々と手にとっていく。

 時間とともに将軍としての顔に険しさを増す。


「王国内に魔王が六人。しかもそいつらが裏で連携をとり始めてるっていうのか」


 さらに都合の悪い情報として、王国政府の文官を中心として魔王支援に回る派閥があることも掴んでいた。これを〝転生派〟とロッホは命名している。


 その中にあの右尚書グラッグ伯爵の名前も連なっていた。


 さらに――、


  【 マーレファ・ペトラルカ 】


「ラミア、これ。師匠の名前っ」

「ねぇ、ヴァンダー。彼が本気でそこに並んだと思う?」


 姉弟子から肩をすくめながら聞き返されて、ヴァンダーは即座にかぶりをふっていた。


「いーや、あのズボラ師匠に限って魔族を人体実験にしても、政治利用とか……けど王子の件も、この派閥がらみなのか?」


 うちの大魔術師の頭にあるのは異界からもたらされる新知識の吸収と応用だ。転生派もその知識、とりわけ異界の武器製造に関するものを引き出したいのだろう。逆に魔族が持っている知識技術すべてを邪悪な知識として排斥する〝保守派〟の動きもあるようだ。


「あれ?」

「なに? なんか気づいた?」


「俺、どっちの陣営からも誘われたことないんだが」


「ぷっ、今さらじゃない?」


「その、友達いないんだぁ、みたいな生温かい目をするの、やめていただけませんかね」


 いずれにしても国内の転生派も保守派も、対外的にはカレジャス王子の死を隠し、時が来るまでカレンを影武者に仕立てて諸外国への弱味を補修したいところだろう。売国奴でなければ。


 とすると、今朝の襲撃は隣国から……?


 魔王サトウミキ討伐から五日経っているが、対応が早すぎないか。

 だがこのロッホの調査にある魔王連合の連携がすでに機能しているのなら、ありえなくはない。

 国内に現れた魔王の規模はどれも野盗、個人組織だ。

 これから周辺国の情勢を調べるにも時間と労力がかかる。


「ロッホは、この事実を掴んだことを敵対勢力に感づかれてしまったのか?」


「たぶん、そうだと思う。彼が家を出る直前に私に言い残したの」


『ラミア。もしオレに万一のことがあったら、クレモナの〝屠竜〟スレイヤーを頼れ』


 このままじゃ、ここもまずいか。ヴァンダーは机の書類をかき集めて揃えると、棒状に丸めながらいった。


「ラミア。今この館で自由にできる金は、いくらある」


「お金? そうね……金貨で一五〇枚くらい、銀貨なら二三〇枚くらいあったかしら。パオロに聞いてみれば正確にわかるはずだけど、なに?」


「銀貨で六十。貸してくれ。いつか必ず返す」


「どうする気?」


「人を雇ってこの館を見張らせる。ラミアはエルヴィとアレシアに旅支度を。パオロに馬車を家から離れた場所に待機させるように伝えてくれ。外で騒ぎが起きたときが脱出の合図だ」


「ヴァンダー。私たちまで狙われているの?」


「狙われてるのはたぶん書類コイツだ。敵は調べる手間を惜しんで館ごとすべてを灰にしようと襲ってくるかもしれん。ここにいちゃまずい。俺とクレモナに来てくれ。ただ、俺も今夜はいささか大きな問題を抱える予定になってる」


「問題って?」


「それも向こうに着いたら話す。使用人はパオロ以外にメイドが二人だったな。どうするかはラミアに任せる」


「わかった。ちょっと待ってて。――パオロっ、パオロっ?」


 軍資金が用意できるまで、ヴァンダーはもう一度書類を広げて託された情報を頭に叩きこんだ。


『古臭い国はいらない。自分たちで国を作る』


 たった一年前、魔族ヤマダがいったあの言葉が耳の中でざらつく。若者特有の見栄でも幻想でもなかったというのか。この国に現れた転生者は彼らだけではなかった。


 そのことを師匠も、国王陛下も知っているのか。

 カレイジャス王子はこの事実を知らずに一人の勇者として死ねたのか。


 そして自分はなにも知らずに、一年も田舎に引っこんで安穏と暮らしてしまった。


「ロッホ。許せ」

 

 ヴァンダーは彼の書斎で、今は亡き英霊に心から詫びるしかなかった。


    §


「師匠、これは一体なんなのですか!」


 夕方。

 あらかたの脱出の手配を終えて、王城の東、王宮の地下にある師匠の研究室に向かう。

 首席魔術師としての公務が終わると、マーレファはここに移って自分の研究に心血を注ぐ。


 師弟関係を続けて二十年以上たっても師匠の行動する時間帯は決まっているので、すぐに居場所は見つかった。


 ヴァンダーは一応怒った態度で、ロッホ・ライザーが書き溜めていた書類をつきつける。

 マーレファは両手にポーショングラスをもったまま、書類に顔だけむける。


「ん~? あー、それですか」


「師匠、転生派なんですか?」


「一応そういうことになってるみたいですねえ」


 やっぱりだ。他人事すぎる。政治派閥に首突っこんだっていう自覚すらなかった。ヴァンダーは苦々しく顔をしかめた。


「また内容を精査せずに、二つ返事したんですか?」


「年会費無料といわれたので大丈夫かな、と。それに魔王級の転生者にも会わせてくれるっていうから。ほら、転生者語を覚えたての頃ですよ」


 一年前か。マコトから習得した異界語の知識をすぐに使いたがる。子供か。


「どこの魔王と接触したんですか?」


「サトウミキです。最寄りでしたからねえ」


「五日前に討伐されたばかりじゃないですかっ!?」


「いっておきますが、あの戦いに私は従軍してませんよ。軍議だって外されましたから」


「首席魔術師なのに? 軍議も献策もなく幕僚から外されだっていうんですか」


「ええ。カレイジャス殿下から作戦解任をいわれましてねえ。やむを得ずです」


「カレジャス殿下は、転生派じゃないんですか」


「そのリストに名前がありませんからねえ。ライザーくんは優秀ですね」


 本当に興味ないんだな。権力闘争。転生派の連中も名義だけ引き込んだはいいが、興味なさすぎて腫れ物あつかいになってるオチか。


「そうでした、ヴァンダー。私も王都を出ることにしましたから」


「はあ、はっ? えっ。それじゃあ陛下への献策は? 首席魔術師の重職を棒に振っていいんですか?」


「後任に、きみの兄弟子レーベン君を推挙しておきました」


 小太りメガネの兄弟子ヴェシュト・レーベン。土傀儡ゴーレムを作らせたら師匠以上という土星フムス魔法の名手だ。ラミアにフラれて十年以上、国内での生存確認を聞いたことすらなかった。


「生きて……いや、陛下もその人事で承認を?」


「もちろんです。二年したら一人前の王子とともに戻ってこいと、両陛下からご厚情も賜りましたよ」


 あの両陛下はもっと動揺していいはずなんだが、わが子が大変なことになってるのに。


「ねえ、師匠」


「なんです? 今、手許が狂うと、あなたと地下心中することになりますが」


 魔術師の弟子にその手は乗らない。


「それ、マジックポーションですよね。ミスっても折角のグレードが生ゴミになるだけでしょ」


「あなたは剣士のくせに魔術師としても優秀だから、からかい甲斐がありません。それで?」


「サトウミキの死体、検分させてもらっていいですか」


 返事がない。予期せずマーレファの心の鍵に指が触れたらしい。


「師匠。カレイジャス王子とロッホ・ライザーの戦死は……師匠の目論見ですか?」


「違います」即答された。「でも、ロッホくんを殺害した人物は何人か浮かんでいます」


 質問をはぐらかした上に明言を避けた。誰かをかばってる……?


「では質問を変えます。サトウミキはまだ生きてるんですか?」


「はい」


 自白というには罪の意識も感じられない。実際に知っていることが罪ではないにしてもだ。


「魔王戦、一体どういう状況だったんですか」


「報告書を検証した限りでは単純でした。連鎖ドミノです。ヤマダという若者が、ロッホ・ライザーに討伐され、弱っていたライザーをサトウミキが魔法で吹き飛ばし、カレイジャス王子が魔法でサトウミキを吹き飛ばしたのです」


 のっけから嘘くさい。ヴァンダーは書類の巻き束でこめかみをゴリゴリ掻くと、


「そうすると、生き残っているのはカレイジャス王子、ということになりますが?」


「私、いま王子の魔法でサトウミキが死んだと言いましたか」


「今日みたいに時間がないときに、叙述トリックみたいな説明で俺を混乱させるの、やめてもらっていいですかっ?」


 マーレファはおもむろにポーショングラスの中身を一方に移した。


 光るわけでも爆発するわけでもない。ただ、双方で満たされていたはずのポーション量が一滴も溢れることなく片方へ移された。そして鮮やかな緑が目の覚めるようなブルーに変わる。マジックポーションの調合の成功だ。


 師匠は謎を解く。


「現場から上がってきた報告を聞く限り、魔王サトウミキは逃げたのです。〝ドルイドの鏡〟を使ってね」


 高位の転移魔法、ヴァンダーは真実をひらめいた。


「まさか魔王との直接対決の現場に、あの[荊]魔法の少女が現れた?」


「ご明察です。さすが私の弟子ですね」空々しい響きだ。


「師匠。今回の魔王討伐、どこまで知ってるんです?」


「だから報告を聞く限り、それ以上は推測になります。調査部隊からも事実物証はあまり多くないようです。現場はヴェレス城を残してふっとび、周辺は荒野だそうです」


「城を残して吹っ飛んだ?」


「そもそも、王国軍における魔王討伐の基本目標は、魔王およびそれに付随する魔族の鏖殺おうさつです」


 マーレファは、マジックポーションにコルクで栓をして、


「転生者がこの世界に人の母体を通らない場合は、時空の歪みが生じる空間から幼子として現れるようです。その場合、彼らは大地に立った瞬間から自我を持っています。召喚魔法と同じですね。カレイジャス殿下は、その召喚魔法と同レベルの[竜]を直撃ないし解放衝撃の余波を至近で受けたために亡くなられたと推定しています」


「それでは犯人はやはり、あの少女だと?」


「それは彼女の前で否定したはずですよ。私の弟子ならその理由はわかりますね」


 ヴァンダーはうなずいた。


[竜星]ドラコーンは、この世界に滞留とどまれないから、です」



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