第6話 荊《いばら》の転生者1
そして、現在――。
魔王城の現場に突如として現れたという魔族に会いに行く。
行き先は、カレイジャス王子の私室だった。
王子は、ミルクティ色の髪は王妃から、琥珀色の瞳はドレスデン王から面影を受け継がれた、なかなか端正な容貌の貴公子ぶりで、国民からの人気も高い。十九歳となり血気盛んで洞察も鋭く、なにより悪や卑怯を許さなかった。社交界では婚約相手の選定が常に話題になっていた。
唯一の欠点というわけでもないが、背が低く、骨が細かった。
だから、王子は剣よりも魔法の勉強に余念がなく、マーレファの召喚はドレスデン王が一粒種の我が子のわがままを聞いた親心だったのかもしれない。
マーレファの言ではヴァンダーの記憶にもある、あの王子そのものだという。
容姿だけは。
「やれやれ。今日は扉を塞がれてしまいましたね」
マーレファが部屋の前で立ち止まる。
ドアには
「
「
マーレファは杖で荊を叩くと、
純粋な魔力で作られているので、反作用の術式だけで解除できるのだ。
師匠が、あらためてドアをノックした。
「マーレファです。入りますよ」
ドアを開けると、王子の居室は密林になっていた。
距離にしてたった十二メートル奥に寝室があるとは思えないほど、丈の高い草が生い茂っている。
「こりゃすごい。相当な魔力量だ」ヴァンダーも唸らずにはいられない。
「きちゃダメ!」
部屋の奥から可愛らしい舌足らずな声が警告を発した。寝室にいるようだ。
マーレファは気にせず、杖で草を左右に割りながら進んでいく。
「カレン。あなたも、ずっとベッドの上では退屈でしょう」
直後、マーレファの側部が部屋の隅から飛んできた爆炎に飲まれた。
「師匠っ!?」
「心配いりません、散発です。ヴァンダー、対応を任せますよ」
涼しい声音で指示され、ヴァンダーも鼻息まじりにダガーを抜いた。
「うそだろ。あの銀髪
「ヤバいよ。カズヤのレベルに対抗できるヤツなら、この世界じゃ一流らしいよ」
「さすが一国の王子の護衛も本格的なわけか。楽しくなってきやがったぜ」
声は三つ。どれも十代と思しき未熟さゆえの勢いを感じた。
マーレファのいう散発とは、修錬されてない術式のことだ。
つまり人の入っていない木馬と同じ、からっぽの意味だ。
対応を任された以上は生け捕りにしたいところだが、さっきから声ばかりで姿が見えない。
「おーい、ガキども。お前らの任務は失敗したぞ。今回だけ見逃してやるからさっさと逃げるんだな」
「こいつ、日本語をしゃべってるぞ!?」
「こいつも転生者じゃね?」
「そんなわけないでしょ。うちらみたいなガチャ失敗勢から王族まで敗者復活したやつは、まだ聞かないよ」
でたよ。ガチャ失敗。こいつら全員、魔族決定か。どこで才能を安く買い叩かれたんだか。
「逃げないんだな。いいんだな? 今から逃げたら、追いかけて殺すぞ。本当にいいんだな?」
挑発を警告にかえる。
目をそっと
静止状態では目視できないが、動くと移動がわかる。
ヴァンダーは鉄靴の
すると波紋が一斉に床の空気を波打たせ、波は壁にまで広がり滑っていく。
「まずいっ。ステルス魔法を阻害された! 散れ」
「遅ぇよ」
見えない空気に向かってダガーを握った拳で殴る。手応えあり。窓ガラスが何もぶつかってないのに砕け散った。
「ここは地上三階だが、まあ魔族なら死にゃしないだろ?」
「克也!」
声のした方へ、回し蹴り。衝撃で壁が震え、人の形をした影が貼りついた。頭と思われる高さで血を吹き、壁を引きずる音がする。気を失いながらも術を解かないのは見事だ。
「あと一人、だよな」
「く、くそぉおお!」
声が姿を顕した。砕けた窓に足をかけている。まだ十四、五歳の少女だった。と。その足首に
「あ、なによこれっ?」
「人の睡眠を六時間も妨害し続けておいて、ごめんなさいもナシに出て行けると思ったあ?」
天蓋つきのベッドから、舌足らずな声とともに荊が屋外へ引っ張り出された。
女賊は、目を見開いたまま悲鳴をあげて乱線を描いて庭園の茂みの中に消えていった。
荊魔法が術者の意思を反映した?
あんなの見たことない。本当に魔法なのか。
「こんにちは、えーと名前は?」
ヴァンダーは魔族の言葉、日本語で話しかける。返事がない。荊ごしに警戒のトゲもこちらに向けられたように感じた。不審の視線だ。
「キクチ……カレン。言葉は誰から教わったの?」
おずおずと名前を口ずさむ。まずは新たな歩み寄りの一歩だ。
「二年前に十四歳の、転生者からだ。彼らは?」
「知らない。夜の間に入ってきたから……朝になれば諦めると思ったのに、あなた達が来た」
「それでドアを封じて、ベッドの周りを荊で城を作り、籠もったわけですか」
マーレファが確認をとる。
「〝マルチフローラ〟に捕縛攻撃は、ないはずですが」
「マルチフローラってなに?」
「
「ふぅん、女神から選ばされた技能で植物由来ばかり選んだら、技能同士が勝手に融合を始めて派生したみたい。だから今のところ、魔法らしいのはこれしか使えない」
「それは興味深いですね。〝マルチフローラ〟は、剣などの切断攻撃、また[火]に弱いので防御魔法というより、さっきのドアを施錠したり、簡易な橋や壁を作ったりする補助的な魔法です。ただ、無詠唱で操れるお手軽さもあります。見た目は地味ですが、たまにいい仕事をしますよ」
「それじゃあ、この
こちらの魔法名と、魔族側の呼び名が違う。やはり異界からやってきたらしい。
「あなたの場合、魔法防御を得ている上に、物理拘束力が強化されています。世の
師匠は昔から落ちこぼれの可能性を引き出すのがうまい。
あと、その場を取り繕う言い訳も、うまい。
四千年の歴史を持つといわれる魔法学において、絶対領域とされてきた属星系統が今頃になってその領域を外れて独自進化する魔法なんて、あるのだろうか。
「では、端的にあなたが狙われた理由を教えます。あなたは、ある男性の身代わりでここにいます」
「身代わり。男の人なのに?」
「ええ。そしてその男性はあなたがこの世界に現れると同時にお亡くなりになられました」
「えっ。それって……わたしのせい?」
「どうでしょうか。それこそ女神の手違い、予測できなかった不慮の事故かもしれません」
天蓋付きベッドを覆っていた荊がするするとほどけていき、元の瀟洒な寝室に戻る。
ベッドの上で少女が短い手足で
ヴァンダーも記憶している王子の幼少時代とそっくりだった。
マーレファは淡々と事務的に説明していく。
「いずれにしても、その男性には確実に死んでおいてほしい人々がなりふり構わず狙ってきているようです。しばらく、我々と身を隠していただけませんか?」
「身を隠す……かくれんぼって意味じゃないよね。その男の人、死んじゃまずい人だった?」
「この国にとってはいささか。ですが、世の中には彼の死を喜ぶ者もいるのです」
「そっか。わたし、転生していきなりお世継ぎ問題に巻き込まれた感じなのね」
「あなたは実に物わかりが早い。聡明ですよ」
「おだてても嬉しくない。この世界のこと何も知らなくて、命も狙われて、笑顔すらつくる気分じゃない。兵士たちの言葉もわからなくて、やっとコミュニケーションできると思ったら、これだもの。でも、いいよ。どこに行けばいいの?」
「彼、ヴァンダーの郷里で、クレモナという地方都市です。そこでこの世界を勉強してもらいます」
初耳なんだが。ヴァンダーは顔をしかめた。
ようやく王宮の外で騒ぎに気づいた近衛騎士が庭を探し始めた。
マーレファは気にした様子もなく、少女を勧誘を続ける。
「その町の特産は〝モスタルダ〟という果実をマスタード風味のシロップで煮詰めたものが、まあまあいけます」
「へえ、果物にシロップはわかるけど、マスタード入れるんだあ」
「あとは……ヴァンダー、他になにがありましたっけ?」
「ボッリートミスト(蒸し豚料理)とか、チーズとか?」
「ああ、そう。そうでした。養豚業が盛んな村でしたね」町です。
「師匠は果実や野菜しか食べないから、肉に興味ないんですよ」
「玉子も食べてますよ。焦げてなければね」
師匠が子供みたいに混ぜっ返すと、四歳児が妙齢の女性がするようにクスリと息笑する。
「わたしね、農業がしたい」
口調も変わった。四歳児の夢語りではない。確固たる願望だ。
「農業?」
「お米が食べたいの。知ってる、米?」
「コメ……初めて聞くな」
マコトは食文化についてさほど知識がなかった。食べた記憶はあっても、どれが美味しかったという記憶が希薄だったらしい。ジュク通いでコンビニベントーばかりだといっていた。
「あの、何をいってるかわからないと思うけど、お味噌汁や納豆とワガママいわない。ご飯に生玉子ぶっこんで、ワシャワシャかき混ぜたやつをかき込みたいの。それを食べないうちは殺されたって、死ねない」
「まあ、なんだ。食欲があるのはいいことだな」
ヴァンダーが前向きな言葉を選ぶ。
「では、決行は今夜、月が眠る時刻としましょう。それまでしっかり食べて眠っておくように。ヴァンダーが外から起こしにきますからね」
マーレファがカレンと約束の握手をした。
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