第28話 収穫泥棒は死罪って農業全書にも書いてある



「なあっ、ノヴェッリ。おれはここでやるなって言ったよなあっ?」


 体格のよい男子生徒が三人、いかにも内気そうな男子の胸ぐらをつかんでいた。


「せ、先生には許可もらったんだ」


「あぁ? ここじゃあ、誰の許可が必要だって?」


「だから、せんせ――」


「ここは学校だよなあっ。農業がしたけりゃ学校の外でやれって、このオレが言ったよなあ」


「そ、そうだね」


 カンボニーノ修道学校。

 クレモナ修道会が、王都の魔法学校制度に影響を受けて設立した公立学校だ。


 十一歳から十八歳までの男女を受け入れ、語学や算数など一般知識を授ける。ただし有料だ。中流階級の子弟が対象となる。


 この背景には、低所得者層にはいまだ徒弟制が根強く残り、親は子供が六歳を過ぎたら商家なり職人ギルドに奉公先を探し始める。


 中流階級は商家や下級官僚といった徒弟制に固執しなくていい人脈をもっているので、親方について辛い修業を経て専門技術を身につけるより、一般的で幅広い知識を持たせれば社会に出ても苦労はしないだろう、という傾向にある。

 

「ねえ、今、農業っていった?」


 男子制服のカレンが揉めてる最中に首をつっこんだ。

 劇薬をもって毒を制してみるか。ヴァンダーは少し離れた場所で様子を見る気になった。


「ねえ、それなんの作業?」


「おい、お前。クチバシ突っこんでくんな」


「ねえねえ。なんの作業?」


「おい、お前っ!」


 肩を掴まれた瞬間、カレンが切れた。掴んだ手首を手刀で鋭く払いあげた。


「お前お前うっさいなあ。文句があるなら人の言葉で会話もできないわけ? ホブゴブリンでも、ちゃんと会話できるだけど」


 ヴァンダーは思わず噴き出したが、鉄火場まで聞こえてない。聞こえてなくても、出会い頭にゴブリン程度にされた男子三人は怒り心頭に発するのが見てとれる。内気そうな少年を手放し、カレンに殺気ともいえない硬い興味を向ける。


「ちょっとツラ貸せ」

「いいけど、わたしの顔は利子高いよ」

「あぁ?」


 ずっとわめき続けている男子がカレンの肩を掴んだ。体格差は三倍あった。


「いいから、こっちこいよ!」

「んじゃ、先に利子、取り立てるからな」


 せつな、男子生徒が一回転して花壇に頭からつっこんだ。


 何をやったのか、ヴァンダーからはよく見えていた。それだけに手で顔を覆った


 荊の魔法で少年の足を払ったのだ。鞭よりも鋭く。

 彼らはカレンの顔しか見ていなかったので足下で荊がうねっていることまで気づかなかったようだ。

 あの荊は本当に魔法なのかカレンの意思を汲んだ別の何かなのか、ヴァンダーもわからなくなってくる。


 盛大に花壇の泥へつっこんだ男子生徒は何が起きたのか理解した様子もなく、泥まみれの顔で立ち上がって、猛牛のように逆上した。


「てめぇ、もう許さねえ!」


「許してもらわなきゃいけないこと、したっけ? 自分から花壇に頭突っ込んだんじゃない」


「なんで、おれが、自分から花壇に頭つっこまなきゃいけねぇんだよ!」


「さあ、趣味とか? ていうか、そっちが被害者ぶるなら証明できるわけ? わたしがやったって証拠、ある? わたしはあんたが泥に突っこんだ所しか見てなかったけど」


 家庭教師があの星霜せいそうなだけあって、弁の滑らかさとあおりが凶悪すぎる。


「ほれほれ。証明してみなさいよ。できなきゃ、独り相撲してましたって詫びなさいよ!」


 カレンは端正な顔を前に突き出して、一歩前に出る。男子は逆に一歩後ろにさがった。

 ここで勝負あり。ヴァンダーが建物の陰から出た。


「レオナルド・チェーザリ。そこまでだ」


「ヴァンダー先生……ちっ。見てたのかよ」


「よく殴らなかったな、レオナルド。成長してるじゃないか」


「けっ。うるせえよっ」


「紹介しよう、〝彼〟は、カレンジャス・ロン。王都マイラントから一年ほど、こっちで俺が従者と預かることになった。実家は知らないほうが、お互いのためかもな」


「ヴァンダー、こいつ知ってるの?」


「課外授業で剣を教えてる生徒の一人です。二五人中、上位六人には入りますか」


「ふぅん、どうせ型も無視の力押し一辺倒なんでしょ? 足下がお留守だったもん」


 ヴァンダーがちらっと目線を逃がしたので、カレンも口が滑ったことに気づいた。


「やっぱり、てめぇの仕業なんじゃねえか!」


「うーん、さすがに気づくか」


「従者殿の依頼で、今日から剣の課外授業に参加することになっている。よければ相手してやってくれ」


 レオナルドは悪魔みたいな笑みを浮かべた。揚げ足を取られた屈辱も倍加して、相当な怨嗟が顔に出た。


 ヴァンダーは別に気にしなかった。カレンの学習能力は規格外だ。おそらくカレンがレオナルドにいじめられている時間は一瞬のはずだから。


 子供の手習いとはいえ、目の前で実力を追い抜かれる恐怖と絶望が彼に耐えられるか。そっちのほうが心配ではあった。


「レオナルド、顔を洗ってこい。後でな」


「逃げるなよっ。ロン!」


「はっ、誰が。まだ場所も知らないんだけどぉ。明日の朝まで顔洗ってろ」


「あぁっ!?」


「不毛だ。さっさと解散っ」


 ヴァンダーが一喝して、その場を解散させると、カレンはさっそく少年の野良作業に興味を持った。


「わたし、カレンジャス。ここで何してたの?」


「え。あ、ボクはノヴェッリ。うん……リーゾの発芽を勉強しようと思って」


「きみ、農業に興味あるんだ。友達にならない?」


 カレンの全身から光が溢れだし、ヴァンダーは目を細めた。カレンの全身からこの瞬間を待っていたと言わんばかりの好奇心がマナとなって発散されている。


「カレン、いい加減に……っ」


 ヴァンダーが制止の声をかけたが、耳をラビオリに閉じられて無視された。


「ふんふんっふんふんっ。それでそれで? この辺の米って陸稲なの?」


「ううん。水稲だって父さんがいってた」


「お父さん、なんの仕事?」


「パヴィアの水門官吏。ポー川の」


「たしかにパヴィアは米の生産地だが、どうしてノヴェッリはわざわざクレモナの学校に?」


 ヴァンダーがわがまま農業王子の滞留を嫌って口を挿む。


「この町にお祖父ちゃんとお祖母ちゃんが暮らしてるんです。お母さんが学校に入れたいからって。本当は王都の学校を希望してたんだけど、定員がどこもいっぱいで、こっちに」


「ノヴェッリは今」


「十三です。来年になったら、王都の魔法学校を再受験する予定です」


 マコトと同じ年頃か。二年前のことなのに記憶が薄れ始めているのが寂しい。


 そんなヴァンダーの感慨をよそに、カレンは手のひらの種籾たねもみを砂金でも眺めるみたいにうっとりとしている。


「ノヴェッリは栽培方法とか知ってるの」


「ううん、全然。でも米なら湿地帯に撒いたら、あとは何もしないでいいから」


「は? あんた。百姓、舐めてんの?」


 カレンが急に人が変わったみたいにノヴェッリに凄みを利かして迫る。


「え、ヒャクショウって? でも本当にそれだけだって父さんが。たぶん、みんなどう手間を育てていいか誰も知らないんだと思う。だから僕も、父さんから聞きかじったなりにコメの育て方を試してみようって思ってて」


「それで、花壇を泥にして植えてみようとしてたわけか。ふぅん、農業の意気は買うけど、水稲の意味が違うのよね。それで、レオナルドってやつに因縁つけられたのは?」


「去年、この花壇にポモドーロとココメロとズッキーニの連作実験してて」


「ココメロは六斎市で見たわ。スイカのことよね。ちゃんと収穫できたの?」


「うん……でも収穫直前に、レオナルドに見つかって、奪られた」


 ブチッ。カレンの後背から妙な音が聞こえて、ヴァンダーは目をしばたたいた。


「よぉし、わかった。後でぶっ殺しとく。収穫泥棒は死罪って農業全書にも書いてあるから」


 農業の教典は悪を許さない過激な信仰なのか。ヴァンダーもノヴェッリも引いた。


「あいつら相手にしないほうがいいよ。チェーザリ家は大金持ちだし、荒っぽい大人もいるから」


「関係ない。わたしがあんなのに負けるはずないんだから。後で吠え面かかせてやるわ」


 食い物の怨みなのか。農作物の怨みなのか。ヴァンダーにはカレンの闘志の方向性がよくわからなかった。



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